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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
233/285

8 主張

『――素晴らしい!』

 音割れした拍手の音が僕の耳に届いた。重元さんはよっぽど興奮しているようだ。

『まさかこんな物を作ることができるとは! はは、はははっ! やっぱり俺の直感は間違っていなかった! これで多くの非人どもを駆除できる!』

「何よりでございます。して、その例の組織でございますが……」

『ああ、ここまで来たらもう名を伏す必要はないな。おい、お前のほうから言ってみろ』


「ええ。〝こどもの希望を守り続ける会〟ですね」


 思いもよらぬ名前につい「え」と声が漏れそうになった。こどもの希望を守る会? 例の組織とは、種まき人のことじゃなかったのか?

『ああ、そのとおりだ』だけどモニターの向こうの重元さんは、満足げに答えた。『俺は……失礼。私は、以前からそのNPO法人について調査を続けておりましてね。その活動を問題視していました』

「存じております。例の会は、表向きは子供らしい自由と権利を主張しておりますね」

『馬鹿馬鹿しい。それがいかに人間ないし社会を衰えさせるか、わかっていないんだ』

 吐き捨てるように重元さんは言う。

『中世ヨーロッパには子供などというくだらない概念はなかった。7歳にもなれば仕事を任され、大人同然に扱われた。それでよかったんだ。早くから社会の一員となることで国への帰属意識が芽生え、社会奉仕の精神と自立性を育める上に労働力として経済活動に組み込める。

 それが今じゃどうだ? 素晴らしい教育を積んだところで社会の一員である自覚もアイデンティティも薄く、挙句の果てに自ら命を絶ったり子孫を残すことすらせず終わりを迎える始末だ。今のままでは日本は衰退の一途をたどるのみ。俺は革命を起こし、この危機的状況を打破せねばならない!』

 ……ここまでは、同意はできないまでもひとつの考え方として認められなくはないと思う。だけど僕が彼の思想を嫌う理由は、この続きにあった。

 否定されないのをいいことに、ますます重元さんの舌は回る。

『そもそも子供という言葉自体、子を供物とするという意味なんだよ。この供物とは誰の供物を指すかわかるかな? ――そう、大人の供物だ。子供という蔑称は、教育や子供支援で甘い汁を吸う汚い大人たちが日本国民を洗脳するために作り出した言葉なんだ!』

『まったく、この子供という概念にどれほどの財源が注ぎ込まれているか! 子供という概念をなくし、社会の一員に組み込むだけで、少子高齢化、長時間労働、介護問題、人材不足、財源問題が解決するというのに! それをしないのは、ただ政治家どもが子育て教育支援を盾に自らの私腹を肥やしたいからに他ならない!』

『その代表的な悪玉が〝こどもの希望を守り続ける会〟だ! あのNPOは寄付や支援という名目で政府から多大な裏金を受け取っている! 俺はずっとそう訴え、批判を続けてきた! どうして額に汗して働く大人の金が搾り取られ、政治家と十分働けるはずのガキ共に配分される!? 子供ばかりが優遇される社会は不平等だ!』

『俺は必ず悪のNPO法人〝こどもの希望を守り続ける会〟を潰し、それに関わった全員の顔と名前と住所と家族を晒し上げ永遠に責め立ててやる! そのためにはどんな手段も使うぞ! 俺のもとには、俺自身が手を汚さずとも煽るだけで勝手に動いてくれる忠実な支持者が大勢いるからな……!』

 ……こんな調子だ。まったく、聞いているだけでげんなりする主張である。曽根崎さんも止めてくれればいいのに。

 だって、徹頭徹尾めちゃくちゃな話だ。もっともらしい理由をつけてはいるけれど、結局は〝守られるこども達〟へのやっかみである。あと、寄付や支援という形ならそれはもう裏金じゃないだろ。

 更にこの人が厄介なのは、SNSや動画配信、ブログを通じて徹底的に敵を痛めつけるよう呼びかける点にあった。その対象は芸能人だけでなく一般人にも及ぶ。しかも本人が言ったとおり、彼の支持者もそれを正義として燃え上がり対象に酷い誹謗中傷を繰り広げる過激な人が多く、被害者の中には自ら命を絶った人もいると聞くほどだった。

 だけどそんな重元さんが曲がりなりにも政治家として活動できているということは、彼の主張に賛同する人は一定数いるのだろう。そう思うと胃の底が重たくなるようだった。

「……」

 隣にいるゲンマさんも頭を抱えて苦しそうだ。母親代わりである品乃丞先生とはまったく違う思想だろうし、理解しにくいのかもしれない。

 そういえば、重元さんの部下である弁爾さんもやはり同じ考えなのだろうか。そう思いこっそり天井から覗いてみたけれど、残念ながら弁爾さんの表情は見えなかった。

「ですが、その先鋭的かつ革命的な施策がそのNPO法人の怒りを買ってしまったと」

 ここで曽根崎さんが軽く息を吐き、優雅に足を組みかえた。お前、いつのまにそんな不遜な態度に。

『そのとおり。あいつらは俺を小汚い施設に呼び出しやがった』重元さんは答える。『本当なら弁爾一人を行かせるところだが、俺本人じゃないと取引ができないと抜かしやがってな。やむなく俺も向かうことになった』

「取引?」

『あ……いや、なんでもない。とにかくそこで俺はリアルタイムに配信をしながら建物へ入ったんだ。が、電波が悪くて途中で切れてな。これだから金をかけてない組織はダメなんだよ。なあ?』

「記録ができなかったのは残念でしたね。このあとあなたの身に起こったことを考えれば尚更」

『まったくだ。あの部屋……ヤツらにとって致命的な証拠を掴むために階段を降りた先で……あ、あんな、ものを……見るなんて……!』

 嗚咽にも似た音が聞こえる。次に発された重元さんの声は、今にもすがりつかんばかりの恐怖に歪んでいた。

『あ、あいつらは頭がおかしい! おい、わかるか! 銀の脳、銀の脳だぞ!? あいつらの腕は動いていた! 足も、痙攣するように……! それを縛りつけて、開頭して、クリーム色をしたぶよぶよの塊を取り出して……ぎ、銀色の、シワ一つない球体を、持ってきて……! そ、そいつらが一斉に、一斉に、俺を、見て……! おい、弁爾! 弁爾、いるか!』

「はい、おります」返事をする弁爾さんに、重元さんの割れた声が重なる。

『ここから先はお前が説明しろ! この回線はたった今〝こどもの希望を守り続ける会〟にキャッチされた! お前のせいだ! お前のせいだからな!!』

「も、申し訳ございません! では曽根崎様の件は……」

『必ず俺を守れ! 金ならいくらでも出す! どんな犠牲を払ってもいい、俺を銀色の脳にさせるな!』

「承りました」

 錯乱した重元さんとは対象的に、曽根崎さんは冷静だった。

「この怪異の掃除人が、必ずあなたを守ってみせましょう」

 返答はなかった。重元さんはとっくにネットワーク回線を切ってしまっていた。


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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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