7 説得
『このような形でお会いする無礼をお詫びします。しかしあの手紙を読んだあなたならおわかりでしょう。私は例の集団にとって高いターゲットレベルにあり、それゆえ命を狙われています。居場所を知られるとただちに我が身に危険が及ぶのです』
そう熱っぽく語る重元さんの顔は僕らの位置からは見えない。……ターゲットレベルって何だろう? 一方曽根崎さんは疑問をおくびにも出さず鷹揚に頷く。
「承知しております。私も例の集団にはほとほと手を焼いていますから」
『実際、身内にスパイがいても気づかなかった。この失態をどうお考えで?』
「返す言葉もございません。重元様にご指摘いただかなければどうなっていたか、想像するだけで背筋が凍る思いです」
僕が銀の脳であること前提で話が進んでいる。少し不安になって隣にいるゲンマさんを見ると、大丈夫と言わんばかりに首を横に振られた。
実はここに来る直前、曽根崎さんに「僕の脳、本当に銀色の脳になっていませんよね?」と尋ねていた。すると返ってきたのは、呆れたようなため息と「あのテストは重元氏の妄想だ」との断言。
つまり曽根崎さんは、重元さんの妄想に付き合って話をしている。ひとえに、重元さんの信頼を勝ち取るために。
「脳が銀色の球体に変えられているか否かを外から判断することは、非常に困難です。それは重元様もご理解くださっているかと存じます」曽根崎さんは噛んで含めるようにして重元さんに言う。
「だからこそ重元様の画期的な装置には驚かされました。もっとも、私も信用している相手だったからこそ目を曇らされていたのでしょうが」
『いやいや、驚かされたのはこちらですよ。まさか銀の脳相手とはいえ、人間の形をしたものをあれほど躊躇いなく殺すなんて』
「例の集団の危険性を知っているからこそです。銀の脳を殺したことで、私もまたターゲットレベルが上がりましたがね。事実こうしてここに来るために、かなり強引な手段を用いる必要がありました」
『なんと。あなたもターゲットレベルが……』
だから何だよ、そのターゲットレベルってのは。どう考えても辞書にない単語にじりじりしたが、二人はまったく気にせず会話を続ける。
『正直に申し上げますと、品乃丞先生の斡旋でなければこの話は受けていませんでした』重元さんが言う。『意外でしたよ。特に知名度もない一介のオカルトライターが、品乃丞先生のようなベテラン政治家と繋がりがあるなんて』
「彼女とは以前、カルト団体が引き起こした事件を通して知り合いましてね。また、大学時代に私がお世話になった蒲生教授とも親しくされているとのことで話が盛り上がりまして。以後懇意にさせていただいております」
『なるほどなるほど……』
そんな話を聞きながら、僕は曽根崎さんがある晩に教えてくれた話を思い出していた。
『手っ取り早く信頼関係を築こうと思えば、客観的な情報やメディアが有効だ。肩書きだったり、信頼のおける他者からの評価だったり……』
『ハロー効果というやつだな。一個の評価がその人全体に効果を及ぼすんだ。詐欺師をするなら基本のキ、覚えておけ』
どう考えても寝る前にする話じゃねぇだろ。曽根崎さんは、話すだけ話すと満足してリビングに戻っていった。そしてその晩、僕は元カノにロマンス詐欺をされて苦しむ夢を見た。
どうでもいい記憶まで掘り起こされてしまったけれど、今の曽根崎さんがやっているのがまさしくこの手法なのだろう。最初に比べると、重元さんの態度も随分親しげになっている気がする。
『しかし、やはり銀の脳を見分けられない者に私の護衛を任せるのはいささか不安ですな』
だけど最初の失敗は相当大きかったようだ。重元さんの苦々しい声に僕の手は緊張で汗ばみ始めていた。
曽根崎さんはあえて数秒の沈黙を置いたのだと思う。やがて重たく息を吐くと、心なしか声をひそめた。
「では今からその不安を払拭いたしましょう。重元様、あなたのおかげで最後のピースが嵌まったのですよ」
重元さんには何のことかわからなかっただろう。それは、彼の目の前に〝あるもの〟が差し出された時も変わらなかったに違いない。
「これは、私の部下の形をしていたものの頭部から摘出されたものです」
息をのむ音が部屋に響く。曽根崎さんが手にしていたのは、透明なケースに入った銀色の脳そのものだった。
「脳幹だけを残し、本来脳があるべきはずの部分に収まっていました。……銀の脳。これこそ、私が例の組織の存在を知ってからずっと欲していたものです」
『それは……ほ、本物なのか』
「ええ、彼を殺したあと、その場で解体し摘出したものになります。……ご安心を。既に無力化には成功しています。いえ、この脳を手に入れたからこそそれが可能になったのです」
コトッと存外軽い音がして、銀色の脳がテーブルに置かれる。曽根崎さんが次に鞄から取り出したのは、簡易的なリモコン。
機器の先端が銀色の脳に向けられる。次の瞬間、軽い爆発音と共に火花が散った。
「……これが、無力化です」
ガラスケースの中に残ったのは、砕け散った銀色の破片だけ。ここからでは見えないけれど、曽根崎さんはニヤリと不気味な笑みを浮かべたんじゃないかと思う。
「さて、これで証明できたでしょう。私――怪異の掃除人であれば、あなたを例の集団から完全にお守りすることができます」





