6 夜の会合
あくる朝になって、曽根崎さんは僕とゲンマさんに向かって言った。
「品之丞氏から連絡が届いた。本日23時、私は単独で重元氏へのもとへ向かう」
「単独? 僕は待機ですか?」
「君は死んだことになっている」
「そういやあんたに殺されていましたね」
「加えて相手は非常に疑り深い。信頼を得るまでは私一人で行動したほうがいいと判断した」
それはそうかもしれない。でもそうなると懸念点が出てくる。
「相手はこどもをなくそうとか言ってるだいぶ過激な思想の持ち主ですよ。曽根崎さん一人じゃ危険じゃないですか? それに、品之丞先生が協力してくれた条件はゲンマさんにこの事件の顛末を見てもらうことです。僕はともかく、ゲンマさんは同行させたほうがいいと思うんですが」
「君は随分と彼を信用しているな……。まあ言いたいことはわかるよ。まず一点目。今回の依頼人を調べてみたが、重元氏自身の直接的な加害性はさほど高くないとわかった」
「彼〝自身〟の? 重元さんの他はそうじゃないんですか?」
「そこの対処法も用意してあるから心配しなくていい。二点目。品之丞氏が置いていった彼は相当人に威圧感を与える風体をしている。君の件もあるし、これ以上向こうを刺激するのは避けておきたい。なに、こっちもリアルタイムで情報を得られる手段は用意してある」
「うーん……」
まだ不安はあるけれど、ここまで言われては引き下がらざるをえなかった。ゲンマさんを見上げると、彼も納得したのかじっと曽根崎さんを見つめている。
「……わかりました。夜に重元さんと会うまでに僕にできる準備はありますか?」
「君たちには約束の時刻より前に現場に向かってもらわねばならない。そのためにはまず彼の身なりを整える必要がある」
「あ、そっか。着替えを買いに行かなきゃいけませんね」
「世話は君に任せたぞ。私は別行動を取って準備を進める」
「はい。あと、家のケチャップが切れてたんでついでに買ってきてもいいですか?」
「好きにしろ」
「アンタの食事でもあるんですが」
「よろしくお願いします」
そういう経緯で、僕と曽根崎さんは一時的に別行動を取ることになった。と、ここでゲンマさんに腕をつっつかれる。どうやら少し遅れて曽根崎さんの身が心配になってきたらしい。僕はしっかり笑顔を作って請け負った。
「大丈夫ですよ。確かに曽根崎さんの腕っぷしは強くありませんが、弱いほうでもありません。得意技は不意打ちです」
「……」
「それに考えなしに計画を立てる人でもありません。僕らは曽根崎さんに言われたとおり買い物に行きましょう」
それでやっとゲンマさんは動き始めた。曽根崎さんからはちょっと邪険にされているけれど、ゲンマさんのほうは気にかけてくれているようで僕は嬉しく思っていた。
夜が訪れる。僕とゲンマさんはとあるビルを訪れていた。
厳密に言うと、ビルの天井裏に潜んでいた。
「……」
狭い、とゲンマさんの目が訴えている。そりゃ僕でさえ狭いんだからこの人なら尚更だろう。でも僕にはどうすることもできない。空間をどうこうできる力はない。
そんな不便を押してまで僕らがここにいるのは訳があった。曽根崎さんと重元さんの会合を秘密裏に見届けるためである。
格子状になった通気口の隙間から真下を確認すると、ちょうどソファで待つ曽根崎さんが見えた。天井にいる僕らを気にする様子もなく、正面を向いている。いいなぁ、思いきり伸びができそうな広さで。
だが羨ましがっていても仕方ない。僕とゲンマさんは根気強くその時が来るのを待った。
――それから数十分ほど待っただろうか。約束した時間から十五分も過ぎたあと、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
全身が跳ねるような緊張が走り、思わずゲンマさんに目をやる。ゲンマさんも同じだったらしく、見開かれた目と視線がぶつかった。
「どうぞ」
落ち着き払った低い声が下方から聞こえる。僕とゲンマさんは慌てて通気口にへばりついた。
「失礼します……」
ドアが開く音と共に入ってきたのは、あの日廃屋で聞いた声だ。だけど姿はまだ僕らの視界には入らない。ドアの前にいるらしい弁爾さんは、震える声で挨拶をする。
「その折は申し訳ございませんでした……。突然のことに驚いてしまいまして」
「気にしていませんよ。相手が人間ではないとはいえ目の前で殺害が行われたのです。動揺なさるのは当然です」
「そ、それにしても、あなたがかの大先生と懇意であるとは思いもよりませんでした。私の依頼人もますます信頼を深めています」
「光栄です」
「ですが、警戒を怠りたくはないとのお達しでして……恐れ入りますが、本人を紹介させていただく前にまずこの部屋を調査させてもらってもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
ごそごそと物音がしたあと、ピーピーと甲高い機械音が響いた。埃っぽい唾を飲んで通気口から身を離す。電波を探って、盗聴器などの機器を探しているのだ――曽根崎さんはこれを見越して、監視カメラを用意せず直接僕らをここに潜ませたのである。
「問題なさそうですね」
ホッとした様子で弁爾さんは大きく息を吐いて言った。小柄で人の良さそうな中年男性が僕らの視界に入り、ソファに沈む。しかし一息ついたのも束の間、すぐに鞄から大きな電子端末を取り出した。
今回の依頼に関する資料として使うのだろうか。だがそんな僕の予想は大外れだとすぐにわかった。
「では、曽根崎様に早速ご紹介させていただきます。彼が私の依頼主である――重元川太郎先生です」
まさかのリモート会議形式である。僕とゲンマさんは顔を見合わせた。





