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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第8章 それはされど幸福な
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28 人形遊び

 恐ろしいほどに統一された静寂が訪れた。こっそり周囲を盗み見る。描かれた絵のように無感情無表情の人々に混ざり、戸惑い首を傾げる人が数名。残りは、真っ青な顔で息を呑んだ人達だ。地下室での出来事を見た人にとって、曽根崎さんの放った一言は効果的な打撃だったのだろう。

 そしてそれは、彼も例外でなかったはずなのだが。

「行こう、忠助」

 すっきりと整った顔に優しげな笑みを浮かべて、藤田さんが手を取る。彼の隣にいる、阿蘇さんの。

「なんで?」

 阿蘇さんは訝しげに眉をひそめた。

「まさかお前、あんな言葉を疑ってんじゃねぇだろうな? 愛する人が同一……同じじゃないかもって」

「……」

「お前は俺を疑ってんのか? 冗談じゃねぇ。俺はここにいる他の人と違って一度も死んでねぇだろうが」

「そうだね」

 阿蘇さんに詰められても藤田さんの表情は変わらない。依然貼りつけたような笑顔のままだ。

「だったら、怯える必要もないと思うけど」

 阿蘇さんの手を引き、藤田さんは曽根崎さんの元へ行く。観衆の視線が一斉に二人に集まる。けれど藤田さんのほうは気にしていないようだった。

 教会の入り口にまで来た藤田さんは、僕らを振り返った。眉目秀麗の彼がそこに立つと、まるで演台のようだ。

「ご存じのかたもいらっしゃるでしょう。僕のパートナーである阿蘇忠助は、教会の地下で曽根崎慎司に殺されました」

「……!」

 途端に人々はざわめき出した。心当たりのない人は周りに真偽を確認し、現場を見た人はうつむいて沈黙するか、食い入るように藤田さんを見つめている。

 それら反応を確かめつつ、藤田さんは続けた。

「死因は、手斧で傷つけられたことによる失血死。出血の量からして、助からないのは誰の目にも明らかでした。もっとも、情けないことに当時の僕は気絶していたのですが……」

「待て! 何の話だ? 俺にそんな覚えは――!」

「無いだろうね。阿蘇忠助の骨の一片から生成された偽物に、不都合な記憶は不要だから」

 藤田さんの有無を言わさぬ口調に、阿蘇さんは思わず身を引いた。その顔から徐々に色が失せていく。至極理にかなった驚愕と恐怖の反応だ。

 だけど藤田さんは、彼を偽物と言い切った。そう知っていたのだ。

 ――僕と同様に。

「適当言うんじゃねぇ」

 偽物の阿蘇さんは、己のアイデンティティを守ろうとするように自分の胸元を握りしめた。

「俺は俺だ。阿蘇忠助だ。幼稚園の頃にお前に会ってから、ずっと一緒だった。そうだろ?」

「それは本物のほうだね。オレと君とはつい昨日会ったばかりだよ」

「馬鹿言うな! どうしてそんなことを……!」

「だって生きてるもん。本物」

 軽く言ってのけた藤田さんに、偽物の阿蘇さんの顔色はいよいよ凄まじいことになった。同時に人波の一部から悲鳴が上がる。背が高くがっしりとした男性が、人を押しのけ歩いてきていた。

「〝阿蘇〟」

 それを見た藤田さんは、心底嬉しそうに微笑んだ。隣にいる偽物の阿蘇さんは、絶句している。

 ――あの時。地下で曽根崎さんが手斧を阿蘇さんに振り下ろすより前。僕は、阿蘇さんの口元が小さく動くのを見ていた。

 黒い男との契約と代償を一部引き受けた末に得た異能。唱えるだけで身体の損傷を治癒する呪文。

 だから僕は殊更喚いたのである。コンクリートで囲まれた空間なら、そうすることで反響音により誰も阿蘇さんの声を聞き取れないと思ったから。

「なんで俺がいる……!? 誰だ、お前は!」

 偽物の阿蘇さんは藤田さんを庇うように前に立ち、本物の阿蘇さんを睨んでいる。本物の阿蘇さんはというと、鬱陶しそうに目を細めた。

「俺、外から見るとこんな感じなのか。ガラわりぃな」

「今更だね。オレだってお前と幼馴染じゃなかったら二日に一回供物を捧げてるところだよ」

「祀られるほどの凶相?」

 いつものやりとりをする二人を前に、偽物の阿蘇さんはどんどん平常心を失っていく。

「ありえない……!」

 ぶんぶんと頭を振る。

「俺が阿蘇忠助だ! こいつが本物だという証拠がどこにある!? 記憶も感情もあるのに、どういう根拠で俺が偽物でなきゃならねぇ!」

「根拠ならあるよ」

 そう言うと、藤田さんが偽物の阿蘇さんに両手を伸ばした。顔を包み、背伸びをして耳に唇を近づける。

 何かを、囁いた。

 瞬間、偽物の阿蘇さんの顔から全ての感情が消失した。腕はだらりと下がり、虚ろな目は何も映さない。

「……どうしたの? 何か言ってよ」

 優しく聞こえる声で藤田さんが言う。

「本物なんだろ?」

 けれど僕には、それが恐ろしく冷たい声に聞こえたのだ。

 無反応の偽物に藤田さんはため息をつく。それから再び僕らに体を向けた。

「先程僕が彼に言ったのは、呪文でもなんでもない、ありふれた言葉です。でも、彼は動かなくなってしまった。その理由は皆さんにおわかりでしょうか」

 誰も何も答えない。震えている人すらいる。

「なんてことはありません。ここにいるのは、オレの記憶を投影したものなのです」そしてついに、世にも残酷な真実が藤田さんの口から告げられた。

「各々の記憶の投影。名を呼べば応える。ああすればこう反応する、こう言えばそう答える。だから、僕が想定できないものは反映させられないのです。たとえば……ずっと秘密にしていて、伝えたことがない言葉だとかね」

 藤田さんが偽物の阿蘇さんから手を離す。どさりとそれは倒れた。悪臭が広がっていく。服の裾から覗くのは、不潔な緑色の液体を伴った生ゴミだ。

「つまるところ、ここにいる全員が自分の思い出と一人遊びをしていたのです。……こんな、ゴミで作られた人形に向かって」

 藤田さんの手には、いつの間にかナイフが握られていた。


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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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