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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第8章 それはされど幸福な
209/285

23 わかる?

「どういうことだ……」

 知らぬ間に阿蘇の喉から言葉が落ちていた。しかし彼の声は女性の怒声にかき消された。

「やめろ! やめろ! 殺してやる! よくもあの人を……!」

「落ち着け! 君まで殺されるぞ!」

 今羽交締めにされている彼女は、藤田に刺されている男のパートナーなのだろう。顔は悲しみと憎しみに歪み、藤田への怨嗟を叫んでいた。

「大丈夫です、サユリさん。術は効いているはず……」

別の声がして、集団の中から一人の女が前に進み出た。よろよろとどこか意思薄弱な足取りは、集落中に蔓延していたラッパを探す人々を思わせた。

 だが彼女も藤田に手を伸ばした瞬間、腕を切り落とされた。

「ああ」女性の喉から声が漏れた。すかさず藤田はナイフを持ち直し、彼女の喉をかき切る。

「ああああああ!!!!」

 悲鳴を上げたのは女ではなく男だった。女の恋人だったのかもしれない。だが阿蘇の耳に届いたのは彼の悲痛ではなく、それに紛れるようにしてこぼれた藤田の言葉だった。

「……また、阿蘇の偽物か」

 藤田の唇には、虚しい笑みが広がっていた。


「だめだよ。偽物が阿蘇の顔しちゃ」


 悲鳴を上げた男が飛び出そうとした。が、即座に阿蘇は彼の腕を掴んで引き止める。阿蘇は気づいていた。最初に藤田に刺されていた男性も、また先ほど殺された女性も、一滴たりとて出血していなかったことを。

 ならばおそらく、彼らは人モドキだ。

 だったらパートナーであるこの男は正真正銘の人間である。藤田に加害される可能性がある以上、警察官として見過ごすわけにはいかなかった。

「俺は警察です。あなた方を助けに来ました。ここは危険ですから俺に任せてください」

 暴れる男に言い切って、他の者に引き渡す。突然登場した国家権力に数人がざわついたが、積極的に阿蘇を止める者はいなかった。

(そりゃそうだろな)

 至って冷静に阿蘇は胸中で吐き捨てる。

(藤田に何したか知らねぇが、こうなるとは思ってなかった以上適切な対処ができるはずもねぇ)

 一歩一歩藤田に近づいていく。藤田は人型のゴミの塊をナイフで突き崩しながら、嘲笑っていた。

「もうやめろ」

 声をかけるも蛮行は止まらない。阿蘇の頬にも汚らしい破片が飛び散った。

「……くだらねぇだろ。そんなこと」

 ゴミを親指で拭い、阿蘇は藤田の射程圏に踏み込んだ。藤田の肩に手を置く。藤田の上体がぐるんと動き阿蘇を捉える。

 狂気の色に染まったその目からは、幾筋もの涙が伝っていた。

「……」

 阿蘇の眉間に皺が寄る。しかしそれを確認できた者は、眼の前の狂人を除いてはいなかった。

 次の瞬間、阿蘇は藤田の体を自分に引き寄せていた。傍目には抱きしめたように見えたかもしれない。だが阿蘇は、そのまま近くにあった壁に藤田を強く叩きつけた。

「がっ……!」

 背中への衝撃で呼吸ができなくなる藤田に、更に阿蘇は彼の手首を壁に張りつけにした。ダンと鈍い音がし、カランとナイフが床に落ちる。

「にせものが……!」

 藤田の目に宿る激情はまだ冷めない。

「見てろ……今その皮を裂いて中身を出してやる! 阿蘇の、あいつの顔を剥ぎ取って、偽物だって証明を――!」

「ふーん、偽物」

 対する阿蘇は挑発的に笑うと、もう片方の手で空いていた藤田の手首を掴んだ。これも勢いよく壁に押しつける。標本のように壁にとめられた藤田に、阿蘇は顔を近づけた。

「……なあ。どこを見て、そう思った?」

 阿蘇が掴む藤田の手に、骨が軋まんばかりの強さが加わっていく。

「藤田。お前が俺を偽物と思った理由を話してみろよ。顔? 声? それともこいつらに狂わされた思考のせい?」

「……ッ」

「生憎と俺はそんなに心が広かねぇから先に言うけどさ」

 藤田の息は未だ荒く、阿蘇の拘束を逃れようともがいている。しかしそれを上回る力で阿蘇は藤田を押さえつけていた。

「俺は本物の阿蘇忠助だよ」

 触れれば爛れそうな熱を帯びた声で、阿蘇は言う。その目には、藤田以上の重く濃い何かが滲んでいた。

「わかる?」

「……」

 藤田の動きが止まった。

 周囲の時間も止まったかのようだった。だがやがて、藤田はへにゃりと笑み崩れると――

「――ただくん」

 そう呟き、気を失ったのだった。


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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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