18 頼もしい
外はもう日が落ちかかっている。まともな街灯が無いこの島では、今から人を探索するなど不可能だろう。
「よくねぇことが起こってる気がする」
阿蘇さんは、そわそわと手を揉んだ。
「俺らは兄さんに言われたとおり、例のプレハブ小屋を調べた。その帰りだ。俺のあとに続いていた藤田が、ここに戻る途中忽然といなくなった」
「気づかなかったのか?」
「集落に入ってからは会話をしないようにしていた。何口走るかわかったもんじゃなかったからさ」阿蘇さんは吐き捨てる。「なんせ、人モドキの中身がゴミ溜めと知ったあとだ」
「え? どういうことですか、阿蘇さん」
「言ったまんまだよ。人モドキの正体はゴミを固めたもんだ。そんでどういう理屈かはわかんねぇが、シスターが持っているラッパの音を聞くと体が崩れゴミに戻る。……証拠もあるよ。ゴミ山とそれに覆いかぶさる死体、それから死体が生前に書いたであろうノートをプレハブ小屋で見つけた」
そして阿蘇さんは、自分が見たものの詳細を僕らに説明してくれた。ゴミ山に倒れた死体に起きたこと、人モドキは一定時間観測されないと人形のように動きを止めてしまうこと──。
それらの話を聞いた僕は、もういてもたってもいられなくなっていた。頭の中に教会の地下で見た手術台が鮮明に蘇る。少し時間を遡り、教会から走り出てきた若い女性の屈託のない笑顔もそうだ。
指し示す答えは一つだ。一つしか考えられなかった。
「曽根崎さん、つまりこういうことですか? 人モドキは、他でもないシスターの手によって教会で作られていたと……」
「ああ、まず間違いないだろう」
「あ? なんでそうなるんだよ」
「ふむ、教えてやれ景清君」
「はい」
次は僕が阿蘇さんに情報を伝える番だった。彼は固唾をのんで僕の拙い説明を聞いていたけど、話が終わるやいなや立ち上がった。
「探してくる」
言わずもがな藤田さんのことだ。
「藤田がいなくなったのは集落に入ってからだ。じゃあどこかの家に囚われているか、教会の地下に連れて行かれたか。いずれにせよ早く連れ戻さねぇと」
「ぼ、僕も行きます! 曽根崎さんも行きますよね!?」
「いや、私は座間氏宅でご相伴にあずかる予定だから」
「はぁ!?」
淡々としたオッサンの一言にひっくり返りかけた。なんでだよ!
「優先順位おかしいだろ!」
「食事は大事だから」
「普段忘れてるだろうが! っていうか息子担当の僕が出かけるんですから相伴も何も在りませんよ!」
「いや、君もスミレさんと食事をしておくべきだ」
「でもそれどころじゃ……!」
「もし藤田君の次に狙われる可能性が高いのは君だと言ったら?」
落ち着き払った曽根崎さんの言葉に、僕は反論を飲み込んだ。不安が毒のようにじわじわと僕を蝕んでいく。
「なぜ藤田君が狙われたか考えてみろ。口封じのためじゃない。なぜなら忠助はさらわれていないからだ。原因は行動や思惑じゃない」
「じゃあ、どうして……」
「忠助をおびき寄せるためだ」
そしてその不安は、曽根崎さんの一言によって深くナイフを突き立てられた。
「この島は、ペアで構成される。親子、夫婦、恋人、友人――。しかしそのいずれも片方は人じゃない。忠助の言うところの人モドキだ。しかもそれはシスターによって作られたもの。言うなればシスターの意思が介入している。これが何を意図するかわかるか?」
「な、何を……」
「人質だよ」
曽根崎さんの声に熱がこもる。反するように僕の体からは温度が失われていた。
「シスターは人質を取って人をこの島に縛りつけている。おかげさまで効果はてきめんだ。全員薄ら寒いお花畑の笑みを貼りつけて、悠々とパートナーとの日々を過ごしている。誰一人逃げようともせずにな」
「で、でも……僕らは違います。全員人のままです」
「だから藤田君がさらわれたんだ。藤田君をさらい、人モドキにする。それから彼を介して忠助をこの島に留めるよう説得する。うまくいったら次は景清君だ。なぜなら私は君以外に島にいる理由はないからな」
「う……!」
「これでわかったろ。君が奴らの元に行くというのは、鴨が自ら鍋に入るようなもんなんだ」
曽根崎さんの推論のナイフは、僕の胸の内を抉り抜いた。そして彼は、阿蘇さんに体を向ける。
「そういうわけで、今晩は君一人で動け」
冷たく突き放した声だった。
「君ならむしろさらわれたほうが好都合だ。敵の内情を知れるからな。うまくいけば藤田君と力を合わせて逃げられるだろう。さらわれる前提で準備をし、動くといい」
「呆れたもんだな。半分でも血の繋がった兄の言うことかよ」
「もとより湿っぽい情は無いだろう? 君とて景清君を危険な目に遭わせるのは本意じゃないはずだ」
「……わかったよ」既に靴を履いていた阿蘇さんが、トントンと爪先で地面を叩く。
「そんじゃ藤田が見つかったら報告しにくるわ。お前は景清君といろ。警戒を怠るんじゃねぇぞ」
「不眠症を舐めるな」
「舐めちゃいねぇけど」
「ま、待ってください!」
だけどどうして阿蘇さんを丸腰で送り出すことなどできよう。僕はカバンの中に隠してあったあるものを手に取り、彼に差し出した。
「持っていってください。これ、教会の地下で見つけたラッパです」
「……!」
「多分、阿蘇さんの言ってたラッパと同じものだと思います。だからもし藤田さんが沢山の人に捕らえられていたら……この楽器を盾にすれば、うまく助け出せるかもしれません」
「……いいのか?」
「よくな」
「いいです!」
曽根崎さんのことは無視した。
「こんなことしかできなくてすいません。でも、何か役に立ちたくて……!」
「……」
「……ふ、藤田さんをお願いします」
「……わかった」
阿蘇さんはラッパを無造作に掴み、頷いた。それから口元だけでニィと笑い、僕の耳元に口を近づける。
「ありがとう、よくやってくれた。君が本当に頼もしいよ」
その言葉にぶわっと顔が赤くなる。だけど阿蘇さんは颯爽と出ていったから、僕の変化には気づかなかっただろう。そうであれ。
「……」
そんな僕の隣に来た曽根崎さんが、面白くなさそうに腕を組んだ。
「こんなことならトランペットの音声ファイルが入った音楽プレーヤを持ってきたらよかった」
「何する気ですか」
「拡声器で島中に流してやる」
「嫌がらせですよ!」
八つ当たりしないでください、と言いかけて、「何の八つ当たりだ?」と首を傾げる。だけど答えを出す前に、ドアをノックする音と「ご飯にしましょう」と僕らを呼ぶ優しい声が聞こえた。





