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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第8章 それはされど幸福な
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2 集落への取っ掛かり

「妻が既に人じゃない……!?」

 衝撃の事実を伝えられた座間さんは、一気に五歳ぐらい老け込んだようだった。ソファに座っている体はますます小さくなり、虫の抜け殻みたいに乾いていく。

 それでもどうにか顔を持ち上げ、曽根崎さんに尋ねた。

「しかし、なぜそうとわかったのです? 一体どんな根拠があって妻の正体を見抜けたんですか?」

「正体というほどのものでは。ただ、うちには人かどうかを確実に判定できるエキスパートがいるのです」

「まさか、それがさっきの青年……!?」

 真剣な目で頷く曽根崎さんに、座間さんは信じられないといった表情で息を呑む。

 僕は、どういう顔をしていいかわからなかった。

「……わかりました。調査していただきありがとうございます。お陰で、私の腹も決まりました」

 しばらくののち、座間さんは蒼白な顔に決意をみなぎらせて言った。

「決めました。やはり私は、妻の言う定住先に行ってみようと思います。彼女が既に人じゃないとしても、私にとっては一挙一動が私の頭の中にある妻そのものなのです。たとえ幽霊だろうと妖怪だろうと……二度と彼女を失いたくありません」

「そうですか」

「はい。つきましては、追加でご依頼したいのですが」

「承知しています。定住先の調査ですね」

「はい」

 座間さんは上体を前のめりにして、声を潜めた。間違っても階下にいるスミレさんの耳に入らぬようにしているのだろう。

「その定住先には、通信機器を持って行けぬとのことなのです。もとより電波が完全に遮断された場所にあるので、あっても使えないと。加えて、その集落に行く方法も特殊で、一般の人には決して認知されないよう徹底されているそうです」

「かなり慎重ですね」

「妻は〝様々な事情があってひっそりと暮らしたい人を守るためだ〟と言っていました」

「場合によっては大規模な犯罪が関わっている可能性もあります。その際は警察に相談するなどの処置を取らせていただきたいのですが、よろしいですか?」

「……断ってもいいのですか?」

「座間様が望まれるのであれば」

「では、どうかご内密にお願いします。私は妻と静かに暮らしたいだけなんです。これ以上のトラブルは御免被りたい……」

「わかりました。ではそのように」

「ありがとうございます。その……曽根崎さんは合理的な方かと思っていましたが、人情的な面もお持ちなのですね。救われる心地です」

 すんなりと引き下がった曽根崎さんに、座間さんは口元を緩める。曽根崎さんが深く追及しなかった理由はおそらく〝別にどうでもいいから〟だろうことは、一生座間さんに伝わらないでほしいと思った。

「出発は、一週間後を予定しています」

 そして予想以上に短い猶予を、座間さんは口にした。

「実は近々、大きなイベントが開かれるとのことなんです。できればそれに合わせて私に移住してほしいと、妻に言われました」

「つまりそれまでに情報を集めればいいのですね。しかし万が一、先述したような犯罪が関わっていると判明した場合はどうされるおつもりですか?」

「その時は……無理にでも、妻を連れて逃げようと思います。逆にその、私が許容できる範囲の犯罪であれば、曽根崎さんにはお見逃しいただけますとありがたいです」

「承知しました」

「重ね重ね感謝します」

 また座間さんは深く頭を下げる。だけど彼の後頭部を見ながら、僕はもやもやとするものを抱えていた。そりゃ座間さんにとっては大事な奥さんで、彼女と一緒に平和に暮らすことが優先されるのだろう。けれどそのために、大きな犯罪が潜んでいたとしても見過ごすのは何だかなぁ。

それとも、僕の人生経験が浅いせいでそんなことを思うのだろうか。

「では、五日後に調査結果をお伝えします」

 ぐちゃぐちゃと考える僕をよそに、曽根崎さんは締めに入った。

「こちらのスマートフォンをお渡ししておきます。何かありましたらご連絡ください」

「は、はい。何から何までありがとうございます」

「お気になさらず。仕事ですので」

 まもなく藤田さんがスミレさんを連れて帰ってきた。座間さんの顔色に何か感じ取ったのだろうか、スミレさんは彼を見るなり駆け寄り、優しい手つきで彼の肩に触れて話しかけていた。そんな彼女に、座間さんは僅かに影が残るものの心底幸せそうに微笑んでいる。彼らは一見仲睦まじい夫婦で、片方が人じゃない何かだなんて僕には信じられなかった。

 ……今回の事件は、どんな決着を見せるのだろう。願わくば、座間さんが再び深く傷つくことがなければいいなと最後にそう思った。




 確かに曽根崎さんは、犯罪が関わっていても公表しないと座間さんに約束した。

 でも、最初の一歩で警察関係者に相談しないとは言っていない。

「相変わらず人使いが荒ぇよな」

 イライラと頭を掻くのは警察官の阿蘇さんである。曽根崎さんの弟である彼は非常に頼りになる人で、例によって調査に引っ張り出されたのだ。

「そもそも死んだはずの人が暮らす集落って何? 警察全然把握してねぇんだけど」

「巧妙に秘匿されているらしい。だがそうか。やはり君達も知らなかったんだな」

「上層部にまで確認は取ってねぇけどな。少なくとも、俺がアクセスできるデータベースには類似の案件はなかったよ」

 これはツクヨミ財団でも同様だ。つくづくどんな手を使って隠しきっているのかわからない。そして、取っ掛かりがなければ調査もできないわけで……。

「乗り込むか」

 長い脚を組んだ曽根崎さんは、ギイとイスを鳴らして天井を見上げた。

「実は座間氏にも言われていたんだ。もし期限までに情報を得られなければ、自分と集落まで同行してほしいと」

「え、僕らそこまでしなくちゃいけないんですか?」

「報酬は弾むそうだ」

「行きましょう」

「判断が早すぎる。とはいえ、忠助も放置してはおけないだろ?」

 曽根崎さんが阿蘇さんに水を向ける。対する彼は、軽くため息をついてじとっとした目を返した。

「まあな。つーか、そうするつもりで俺を巻き込んだろ」

「理解が早くて助かる」

「まーた業務に穴を開けるよ……。兄さんからツクヨミ財団を通して上司に言っといてくれよ。それぐらいはしろ」

「はいはい。で、こうなるともう一人協力を頼みたい者がいるんだが……」

 次に曽根崎さんの視線が動いた先は、阿蘇さんの膝を借りてごろごろしながらスマートフォンをいじっていた藤田さんだった。

「藤田君、今暇だろ? 金は出すからエキスパートとして同行してくれないか」

「オッケーまるまる牧場」

「正直どれぐらいの規模で〝人じゃない者〟がいるかわからない。君の能力が頼りだ」

「ういっす」

 軽いノリである。でも、今回はあらかじめある程度の怪異があるとわかっているのだ。わかっていれば事前に撤退の準備はしておける。そういう点で、藤田さんも快諾したのかもしれなかった。

「だけど曽根崎さん、その集落って、行方不明者の家族とか関係性が深い人しか行けないんですよね? どうごまかすんですか?」

「それは――」

 ここから先の展開は、実際の現場を見ていただくほうが早いだろう。場面は変わって、出発当日。一列に並んだ僕らは改めて、座間さんから奥さんにこう紹介された。

「事情を話すのが遅くなってすまないね。彼は景清君といって、このたび僕の養子に迎えた青年だ。実は先日の相談は、彼の兄である曽根崎君と直和君を説得するものだったんだよ。しかし景清君と離れ難かった二人は、僕たちと一緒に集落に住むことを選んだんだ。その際、直和君のパートナーである阿蘇君もついてきたがってね。家族は多いほうがいいだろう? かまわないかな、スミレ」

 盗み見た阿蘇さんの目は死んでいた。「俺と藤田が恋人関係!? こんなクソ馬鹿設定、通るわけねぇだろ!」と直前までブチ切れてたけど、どうなんだろう。

「まあ、そうだったのね。私は全然いいわよ」

 だがこんなクソ馬鹿設定がスミレさんに通ってしまったので、阿蘇さんは集落滞在中藤田さんのパートナーになることを余儀なくされたのだった。お気持ちお察しあまりある。


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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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