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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第7章 のたうつ霊の嘆きを聞け
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4 通話記録

【某月某日 一時四十九分 通話記録】

取引先「申し訳ありません、こんな深夜まで」

社員A「そういった内容の保守契約ですので。そちらに瑕疵はありませんよ」

取引先「ですが、一般的に二十四時間保守の契約だと別料金を払うのが普通でしょう? おたくは実に安価な契約で引き受けてくださって……うちは助かっているのですが」

社員B「社長の取ってきた案件ですからねー。お陰でうちの会社は無茶な仕事ばっか増えて、手が回らず逆に火の車っすよ」

社員A「おい!」

取引先「ああ、気になさらないでください。うちも似たようなものです。むしろこうしてご不満を口に出していただけると、私としても胸がすく思いです」

社員A「いやいや申し訳……ん?」

取引先「どうされました?」

社員B「なんか音がするっすね。ドタバタ暴れるみたいな。泥棒?」

取引先「見てこられますか?」

社員A「いえ、弊社に盗まれて困るものはないので」

取引先「ええ……」

社員A「まあそれは冗談として、恐らく社長が何かしているのでしょう。幽霊騒ぎの正体を突き止めるだのなんだの言ってましたから」

取引先「幽霊……ああ、稲岡さんの噂ですか。このたびはとんだご不幸で……」

社員A「恐れ入ります。……あれ? え?」

取引先「今度は何が?」

社員B「せっ、先輩! あれ稲岡の声じゃないっすか!?」

社員A「待て! 稲岡がここにいるはずが……!」

男の声『あああああ稲岡ああああああああ!!』

取引先「!? い、今の声は……!」

社員A「社長の声だ! 外から聞こえたぞ!」

社員B「でも社長は五階にいるんすよね!? なんで外から……」

社員A「……う、うわあああああああ!!」

社員B「何があったんすか、栗原さん!?」

社員A「こっちに来るな、三井! ……なんてことだ……! 私は五階を見てくる! お前は警察に連絡しろ! それと救急車も!」

社員B「ええ!? なんで……!」

社員A「いいから早くしろ! 僕が戻ってくるまで絶対外を見るなよ! いいな!?」

取引先「ふ、二人とも! 一体何が起こって……!」

 通話は、ここで途切れている。




「――以上が、該当時刻にやり取りされていた会話内容か」

 ひととおり読み終わった曽根崎さんは、ファイルを片手に持ったまま顎に手を当てた。また考えているのだ。

「これを読む限り、社員二人は社長の声を聞く前に、物音と稲岡さんの声を耳にしたらしい」

「ああ。二人とも口を揃えて『稲岡さんの嘆き声が聞こえた』っつってたぜ」

「嘆き声、な。いかにも幽霊がしそうなことだが、音声記録には残っていない」

「そりゃ幽霊だから」

「まさか忠助も信じているわけじゃなかろうな?」

「いや、個人的には思い込みによる聞き間違いか、真犯人の声だと思ってる。けど、監視カメラを三日前まで遡っても不審人物の出入りはなかった。かつ現場で自殺と判断された以上、前者と考えるしかねぇって感じかな」

 阿蘇さんは肩を竦めて鼻で笑ってみせた。もしかしたらこの人も、殺人事件の可能性が濃厚だと考えているのかもしれない。

 ふと、窓に目をやる。僕はあることを思いついた。

「曽根崎さん、監視カメラって窓にもつけられてるんですか?」

「窓にはないな。ドア付近だけだ」

「じゃあ、犯人が窓からやって来た可能性もあるんじゃ?」

「それはない」

 曽根崎さんは、あっさりと首を横に張った。

「見てのとおり、ここは五階だ。加えて、この窓は外にベランダなどがあるわけでもない、至ってシンプルなもの。侵入するには屋上からロープを使う必要があるが、見つかるリスクのほうが高いだろう。よって窓からの侵入はまずありえないと考えていい」

「窓から人が来るのは普通じゃないんですか?」

「普通じゃないよ」

「そうなんだ……」

 知らなかった。新たな知見である。

「……これが、千代川氏の死体写真と司法解剖の結果か」

 気を取り直した曽根崎さんは、また資料の文字を目で追っている。

「最悪の見た目だな。足から落ちたのか、下半身がぐちゃぐちゃになっている。頭部の破損が比較的少ないのは幸いかな。……ん? 左手の中指の爪が少し剥がれてる。忠助、この件については?」

「いや、何も聞いてねぇよ。落ちた時の衝撃じゃねぇか?」

「あと、被害者は酷く酒を飲んでおり、かつ生前頭部を打った形跡があると書かれているが」

「おう、現場には本人の指紋がべたべたついた酒缶が落ちてたよ。それも幽霊を見たきっかけになったんじゃねぇかな。で、打撲痕はせいぜいすっ転んで打ったぐらいのもんだ。致命傷には軽すぎる」

「そうか。……ふむ。音声記録に千代川氏の声だけが残っていたのは、その時だけ彼が窓を開けていたからだと警察は睨んでいるのか」

「ああ。飛び降り自殺をするために千代川さんが窓を開けた結果、悲鳴が六階にいる社員にまで聞こえたってわけだ」

「それは妙じゃないか? 罪悪感を抱いて死んだと考えるなら、千代川氏が悲鳴を上げるのは不自然だ」

「だから酔っ払った結果、稲岡さんの幽霊を見たと思い込んだんだよ。で、逃げようとして転落死した」

「しかし、それだと遺書を持っていた理由に説明がつかなくなる」

「う……」

「……やはり、単なる自殺で終わらせるには違和感が多い事件だな。残業をしていた社員にも話を聞きたいんだが、二人は?」

「今は休んでもらっているよ。一晩中駆り出されていたんだ、睡眠は必要だろ」

「睡眠が必要……?」

「不思議そうな顔すんな、お前も例外じゃねぇんだよ。まあ二人とも社内の休憩室で寝てるから、起きたら聞いてみるといいよ」

 曽根崎さんと阿蘇さんが話している間、僕はぽつんと手持ち無沙汰になっていた。……うーん、できることがない。でも、こんな僕でも以前は曽根崎さんの助手だったのだ。だったら、助手らしく辺りを見て回るのもありだろう。

 気になるのは、やっぱり窓だ。千代川さんが飛び降りた場所である。事件が起きた状態のままにされているのだろう。窓は開けっ放しで、外から入り込んだ風にブラインドの紐が揺れていた。

忍び足で近づいて、恐る恐る下を覗き込んでみる。

「……ッ」

 途端に身を強張らせた。僕の真下に見えたのは、人型に貼られた白いテープと、その周りに大きく広がる茶色いしみだった。

「こら、あちこち動き回るんじゃない」

 首根っこを掴まれて、窓から引き剥がされる。僕が後ろを向く前に、不健康そうな仏頂面が眼前に近づいた。

「まだ現場は調査中だ。あれこれ探ろうものなら、夢見が悪くなるようなものを見るぞ」

「す、すいません」

「じゃあ現場に連れてくるんじゃねぇよ、兄さん。景清君が大事なら鍵かけて家にしまっとけ。特に事件の時はそうしろっつったじゃねぇか」

 阿蘇さんがフォローしてくれる。でも曽根崎さんは毅然と言い放った。

「彼をずっと留守番させろと? 可哀想だろうが!」

「面倒くせぇよー。ここにモンスターペアレントがいるよー」

「景清君だって外の空気を吸いたいだろ?」

「空気なぁー。ここは淀んでんじゃねぇかなぁー。事件起きたてほやほやだしなぁー」

 曽根崎さんへの謝罪と庇ってくれた阿蘇さんへのお礼を込めて、頭を下げる。そうしながら、僕は自分の両手に目を落とした。窓枠に手をおいた時についたのか、灰色の埃で薄汚れてしまっている。

(しばらく掃除をしていなかったのかな?)

 それは、窓ガラスについても同様だった。風雨の跡がこびりつき、向こうに見える青空もうっすら茶色くなっている。

 でも、その中に少しだけ綺麗に青空が見える部分があった。そして、その綺麗さはなんだか不自然なもののように感じたのである。

「あの、曽根崎さん」

「ん?」

 僕は曽根崎さんの服の裾を引っ張って、気づいたことを伝えた。たどたどしくなってしまったけど、曽根崎さんはうんうんと頷きながら聞いてくれてホッとした。

 僕の言葉を聞いた彼はすぐに窓に近づくと、綺麗になっている部分をじっくり観察し始める。大体三センチ四方だろうか。そこだけが周りと違っていた。

 続いて曽根崎さんはファイルに飛びつく。急いでページをめくり、ある場所で手を止める。

「……よくやった、景清君。忠助、証拠を見つけたぞ」

 小声で呟いた曽根崎さんは笑っていた。いや、笑っているような表情をしていた。

「これで何もかも繋がった。あとは当初の計画どおり夜を待てばいい。その間、この部屋の外には見張りをおいて誰も通すんじゃないぞ」

 指示を受けた阿蘇さんは、具体的な推理を聞いたわけでもないのに、すんなりと首を縦に振った。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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