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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第7章 のたうつ霊の嘆きを聞け
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3 現場捜査

 茂柳さんの元を後にした僕らは、事件現場へと来ていた。

「おー、来たか」

 出迎えてくれたのは、阿蘇さんという名の警察官である。曽根崎さんの実の弟でもある彼は、以前からこうして捜査に協力してくれているらしい。

「景清君、昨日の晩飯どうだった?」

「あ、すごく美味しかったです! 半熟卵までありがとうございます!」

「いいよ。言うほど手間でもねぇし」

 そして彼は、家事ができない曽根崎さんと僕のヘルパー的存在でもあった。料理がとても上手で、掃除洗濯なんでもござれのすごい人である。

「阿蘇さん、あの半熟卵、家でも作れるようになりたいです。よかったら今度作り方を教えてくれませんか?」

「勿論。なんならうちに泊まりにきても……」

「忠助、現場の説明を頼む」

「はいはい。んだよお前、また過保護具合が増してねぇか」

 呆れたように言う阿蘇さんに、曽根崎さんは「やるべきことの優先順位を思い出してもらっただけだ」と素知らぬ顔である。でも、僕も曽根崎さんはちょっと心配しすぎなんじゃないかと感じていた。

「大丈夫ですよ、曽根崎さん。最近はパニックになることも減ったじゃないですか。そんなに過敏にならなくても」

「ほーん、パニックが減ったねぇ? 昨日カラスに驚いて腰抜かしかけたのは誰だったかな?」

「あれは飛び出してきたカラスも悪いっていうか」

「何にせよ、君に単独での外出はまだ早い。いいから調査するぞ」

「はーい」

 まあ、僕自身も今の生活に不満があるわけじゃないのだ。衣食住を保証された、居心地のいい空間に収まる日々。やっぱりまだ、僕にとって外の世界は怖いものだった。特に一人ぼっちで曽根崎さんの家にいる時は、見えない不安に押し潰されそうな気持ちになった。

 鉄の扉一枚隔てた先の別世界。見えないだけで、もしかしてずっとそこに立っているナニカがいるんじゃないか。そんなありえない妄想に、僕は何度毛布を被って震えたかしれない。

 そういえば、曽根崎さんが留守の間に、一度だけ誰かが訪ねてきたことがあったっけ――

「おや、ゴミが落ちてる」

 低い声に振り返ると、曽根崎さんが床に向かって長い体を折り曲げていた。白い手袋をはめた手は小さなものを摘んでいるけど、僕の場所からじゃ何を持っているかわからない。

「何拾ったんだ、兄さん?」

「透明なゴミだ。粘着質だから、テープ類の切れ端だろう。見逃していたな、警察諸君」

「つーかどこにあったんだよ」

「カーペットと壁の隙間」

「性格の悪い姑か?」

「しかし、テープにはまだ粘着性が残っている。長く落ちていたならこうはならないだろう。つい最近のものと見ていい」

「つまり事件と関連性があると?」

「そこまでは言わんが……」

 曽根崎さんは顎に手を当てている。これは彼の特徴的な癖の一つで、考え込む時にはいつもそうするのだ。

「忠助、被害者が持っていた遺書は今どこにある?」

「警察署だな」

「今すぐここに持ってきてくれ」

「諸々の手続きを考えれば、自分で警察署に行ったほうが早いぜ」

「仕方ない。ならば写真を見せろ」

 ふんぞり返った曽根崎さんは、手の平を上にして阿蘇さんに突き出している。それに慣れた様子で、阿蘇さんは近くのテーブルに置いてあった分厚いファイルを渡した。パラパラとファイルをめくる曽根崎さんは、あるページで手を止める。

「これが遺書か。酷く皺になってるが、握りしめていたせいか?」

「そうそう。握ったまま飛び降りたんだな」

「サイズはA4用紙ぐらいか。内容は……血液で見にくいが、文章ソフトを使って書かれている?」

「おう。原本は千代川さんのパソコンから見つかったぜ」

「作成日は?」

「事件前日の夕方」

「じゃあやはり、被害者は幽霊を見て死んだとは考えにくい」

 曽根崎さんは怒ったような顔を作って見せる。唇の端が引き攣っているので、多分笑おうとしたのだろう。それに阿蘇さんは、眉をひそめた。

「幽霊を見て死んだんじゃない? 根拠は?」

「噂の筋書きはこうだったはずだ。〝パワハラで自殺に追い込んだ社員の幽霊を見た千代川氏が、自らの罪を悔いて自殺した〟。もしそれが本当なら、自殺は衝動的なもののはずだろう。しかし、実際彼は夕方に遺書を書いて印刷し、午前二時まで後生大事に持っていた」

「それは……幽霊の噂に、常日頃から精神的に追い詰められていたからじゃ?」

「もともと計画的な自殺だったと? 考えにくいな。事件の前日、千代川氏は『幽霊の尻尾を掴んで引きずり出してやる!』と意気込んでいたんだぞ。強がりだったとしても、これから自殺をする者の言葉だとは思えない」

「つまり、兄さんはしっかり幽霊を否定する立場なんだな。じゃ、社員二人が聞いたっていう幽霊の嘆き声はどう説明すんの?」

「単純に虚言じゃないか?」

「社員二人が嘘をつく理由は?」

「知るか。というか、そこを調べるのは警察の領分だろ」

「お前の領分でもあるだろうが……まあいいや。当時の通話音声記録を書き出した資料がそこに入ってる。気になるなら読んでみろよ」

「書き出しか……。直接現物を聞けるのが一番なんだが」

「諸々の手続きを考えると、自分で警察署に行ったほうが早いぜ」

「さっきと同じセリフじゃねぇか。RPGのNPCか?」

 RPG? NPC? 曽根崎さんはすぐ難しい言葉を使うので、時々会話に追いつけなくなる。僕が新品のスマートフォンを使ってせっせと意味を調べている間に、曽根崎さんはファイルの別のページを開いていた。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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