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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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番外編 景清のスマートフォンの話

「まさか、またここに来ることになるなんて……」

 かつては住宅街だった面影を残す廃墟群を前に、緊張した面持ちで佳乃が言う。きっと今、ボクも同じ顔をしているんだろう。

 けれど、それを声には出したくなかった。虚勢だとバレないよう、ボクは胸を張る。

「ええ。だけど大丈夫よ。これまでボクと佳乃が力を合わせてできなかったことなんてなかったでしょ?」

「柊ちゃん……」

「それに、今のボクらにはコレがあるもの」

 佳乃が背負った、ゴテゴテに金属が絡まったオブジェクトを撫でる。ボクと佳乃が、お酒と深夜のノリで作ったアーティファクト――巨大ダウジングマシンである。

「さあ、行くわよ! とっとと景清のスマホを見つけて帰って、記憶を取り戻させてあげましょ!」

「うん、柊ちゃん!」

 佳乃がダウジングマシンのスイッチをオンにする。途端にブイブイ音を立て始めた超イケてる装置に勇気をもらい、ボクは一歩を踏み出した。




 発端は、一日前。しわくちゃの女の人に襲われていた景清を助け出したボクらは、彼を車に乗せて病院へと飛び込んだ。

「誰も近づくな!」

 だけど、景清を助けるために呪文を唱え続けていたシンジの精神は、見る影もなく壊れてしまっていた。後部座席で景清を守るように抱きしめて、ボクらに敵意を剥き出しにして。指の一本でも伸ばそうものなら、錯乱したシンジの無駄に長い足に蹴っ飛ばされていただろう。

 結局、ボクがシンジを引き付けている隙にタダスケが反対側のドアから入ることで、どうにか事なきをえたのだ。打たれた鎮静剤が効くまで、ずっとシンジは暴れていた。不気味な言葉の羅列を叫ぶ中に、景清の名前を交ぜながら。

 そして、一晩経って目を覚ました景清は、記憶を失ってしまっていた。

「多分、ヒデナちゃんに抵抗していた時にスマホを落としたんだよね」

 辺りを探索しつつ、佳乃はダウジングマシンの唸り声に重ねて言う。

「早く見つけてあげようね。写真とか使ってたアプリを見てもらえれば、景清君の記憶を戻す手助けになるかもしれないし」

「あら、手助けどころかあっという間に記憶が戻っちゃうわよ! だってスマホって個人情報の塊じゃない? 眺めてるだけで元の景清になっちゃうわ!」

「……! そうだよね! 私もそう思う!」

 とびっきりの笑顔を向けてくれた佳乃に、ボクの中にあった小さな不安はシャボン玉が弾けるようにパチッと消えた。彼女ならそうしてくれるとわかっていたけれど、返す言葉一つでこんなに勇気づけてくれるとは、なんて心強い人なのだろう。

「でも、ごめんなさいね。いくら景清を助けるためとはいえ、佳乃の大事な車をボコボコにしちゃって……」

「それは大丈夫! 車は直せるけど、景清君の体や心はそうじゃないから!」

「ありがとう。佳乃ったらホントに素敵な女の子ね」

「へへ、柊ちゃんに言われると照れちゃうなー」

「でもシンジが弁償代を渋ったらすぐ言いなさいね。アイツのお尻、ウィジャボードでひっぱたきにいくから」

「ダメだよ! ウィジャボード割れちゃうよ!」

 そこでシンジのお尻よりウィジャボードを心配する佳乃が大好きである。そんな話をしているうちに、いつの間にかボクらは怪異の出た丘の近くまで来ていた。

「……ざっと見てきたけど、ここまででスマホは落ちてなかったね。一番可能性があるのは、あの場所だけど……」

 壊れた廃屋の向こう側を見て、佳乃はごくりとつばを飲み込む。ボクも、じわじわと手に汗をかくのを感じていた。

 ――あの時、この先で見たのは写坂ヒデナの怪異だけじゃない。丘の上でのたうち苦しんでいた半透明の老人――。ボクらは、幽霊を目撃してしまったのだ。もしあれが噂に聞く〝代替わりする幽霊〟だったとしたら、ボクらはまた遭遇してしまうかもしれない。

 加えて、代替わりする幽霊がボクらを引き込んでしまう可能性だって、なくはない。

「……」

「……」

 だけど、ボクらは視線を交わして互いの心を確かめた。決意をもってここまで来たのだ。だとしたら、することは一つしかない。

「行くわよ、佳乃! ビデオカメラの準備はばっちりかしら!」

「予備も含めて完了してるよ!」

「よーし、じゃあ行くわよ! 今度こそ幽霊の姿を収めてやるんだから!」

「ビデオに映らなくてもカメラに写れば万々歳! 『月間ウー』の表紙巻頭10ページぶち抜き大特集を組んでやろうね!」

 ビデオとカメラと録音機と通販で買ったゴーストレーダーを握りしめ、ボクらはせーので飛び出した。目的は、景清のスマホ探し。そして――

 幽霊実在の、決定的証拠である。




「――でも残念ながら、幽霊は見つからなかったと」

「そうなのよー! なんっなの、あの幽霊!」

 その日の夕方。ボクは、景清の部屋でナオカズに愚痴を吐き出していた。

「ほんっとありえないったら! 絶世の美女ことボクと、あんなにかわいい佳乃が来てたのよ!? 気分じゃなくても首ぐらい出すのがスジでしょ!」

「逆に恥ずかしくなったのかもね。女性に慣れてなかったのかも」

「幽霊の身で今更何を恥じるってのよ!」

「幽霊でも寄り添ってあげる優しさは必要だよ」

「むー!」

 のんびりと宥めてくれるナオカズに免じて、怒るのはこれぐらいにしておこう。その代わり、ベッドの近くにいる佳乃と景清に目をやった。二人は、一台のスマートフォンを挟んで楽しそうにやりとりしている。

「……景清のスマホを見つけてくれて、ありがとう」

 優しい視線を甥に送るナオカズが、小さな声で言う。

「すごく助かったよ。曽根崎さんが大変なことになってる以上、柊ちゃん達にしか頼めなかったから」

「でも、パスワードがわかんないからスマホの中は見られないのよね。記憶を取り戻す助けになればと思ったんだけど……」

「十分だよ。幸い電源も入るし、破損してるところもない。土だらけにはなってると思ったのに」

「それがね」

 ボクは自分のほっぺたに指先をあてて、あることを思い出す。同時に浮かんだのは、景清の後ろに隠れていた幼い女の子の所在なげな表情。

「……景清のスマホ、薄桃色のハンカチにくるまれて、石の上にあったのよ」

 不思議そうに首を傾げるナオカズに、ボクはこの話を切り上げたくて片手を振る。――これ以上、思い悩むだけ無駄なのだ。だって怪異に心があったとして、どうやってそれを証明できる?

 重たい感情を振り切りたくて、佳乃達の元へ向かう。彼女と一緒にいる何も知らない景清は、ボクを見上げてどこか儚く微笑んだのだった。

 


 番外編 景清のスマートフォンの話・完

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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