14 丘の上の幽霊
絶句する阿蘇に、曽根崎は容赦なくたたみかけた。
「勿論、私や君自身も含めてだ。たった一人とて見逃してはならない。種まき人が働いているのなら職場の者も殺せ。家族がいるのなら親戚の赤子も殺せ。そこまでしてようやく……人は、種まき人の〝巨大な目的〟と対峙できる」
「巨大な、目的……?」
「種まき人の到達点だ。まだ仮説の段階だが……もし私の推測が正しければ、このままだと人類は……」
突然、曽根崎の頭部を鈍い衝撃が襲った。一瞬殴られたのかと勘繰った曽根崎だが、景色の違和感にすぐ認識を正す。思ったよりも体力を失っていた自分の身体は、バランスを崩して冷たい床にひっくり返っていた。
「兄さん、大丈夫か!」
ぐわんぐわんとがなり、回る視界。そこに阿蘇の大きな手が差し出される。しかし曽根崎はそれを拒否し、自力で上体を起こした。
「し……思考を中断できてよかった。お陰で、重要なことを思い出せた……」
「あ? 何が」
「忠助、至急田中さんに連絡を取ってくれ。内容は、黒い石が見つかった場所の調査依頼。詳しく調べる時間はなかったが、あの一帯だけ他では見ない珍しい形の植物が生えていた。それら植物群の本来の自生地の特定を急ぎ、並行して……」
頭を押さえ、曽根崎は目を閉じる。あの時見た光景を脳裏に映し、確信と共に告げた。
「――現場と、植物本来の自生地近辺。その両方で、片田博士の捜索を」
「片田博士? ってぇと、人魚のミイラに入ってた巻物を調べてて行方不明になった言語学者だよな? なんでその人の名前が……」
「黒い石に囲まれた丘の上に幽霊がいた。それが、片田博士だった」
耳を疑う発言に、阿蘇は再び言葉を失う。だが曽根崎は、なおも強い口調で言い切った。
「間違いない。酷く痩せて半透明状態になっていたが、あの場所にいたのは片田博士だった。私が黒い石を取り去って消えたところを見るに、石が関与しているのは確かだろう。ならば、石を求めていた種まき人もあると見て――いや、そこまで断言するには早いか。
だが、〝代替わりする幽霊〟。この怪異に、あの黒い石が絡んでいる可能性は高い。そして、博士が何らかの理由でそこに取り込まれてしまった可能性も」
「な、なんかいっぺんに言われてワケわかんねぇけど……つまり、片田博士の幽霊が丘の上にいたってことだよな? じゃあ、博士はもう死んでるのか?」
「わからん。というか、それを突き止めるためにツクヨミ財団を頼るわけだが」
阿蘇は、曽根崎の言ったことが飲み込みきれず混乱していた。が、曽根崎のほうは用件を伝えて満足した。よっこいしょと立ち上がると、阿蘇の背中を叩く。
「ま、頼んだぞ。とりあえず今は早く風呂に案内してくれ」
「は、風呂? それより俺は田中さんに電話を……」
「電話なら私が入浴している間でもできるだろ」
「お前さっき、このままでは人類が云々って言ってなかったか? 何? お前の優先順位、人類より風呂なの?」
「替えの服と髭剃りもよろしく」
「俺に電話かけさせろっつってんだよ!」
「そう青筋を立てるな。ほら、千円やるから」
「その文言で動くの、お前周りじゃ景清君だけだからな!?」
口に出してから、阿蘇は自分の言葉にバツの悪い顔をした。しかし肝心の曽根崎は表情ひとつ変えることなく、歩き出した阿蘇のあとを黙ってついていくのだった。
「――でね。オレと景清は、昔からずっと仲のいい叔父と甥だったんだ」
病室にて。景清の肩を抱いた藤田は、自分の頬を景清の髪に寄せて囁いていた。
「景清が悲しい時はオレが慰めて、オレが辛い時は景清がそばにいてくれてさ。暑い夏は扇風機を分け合い、寒い冬は一缶のコンポタで手を温め……ほんと周りも羨む仲良しっぷりで」
「あら! 仲良しっぷりならボクと景清だって負けないわよ!」そこに首を突っ込んできたのは柊である。
「ね、景清? アンタとボクとタダスケってば、ラブラブ♡スイーツクラブに入ってるんだから!」
「え、何そのラブラブクラブ!? オレも入る!」
「アンタ甘いの苦手じゃない」
「ただの財布として見做してくれていいから!」
「どんだけ必死なのよ。流石に悪いからそんなことしないわよ」
「ぐぬぬ……! 柊ちゃんのここぞという時の良識が今は憎い……!」
一方景清はというと、この騒がしい二人を少し困った顔で交互に眺めていた。とはいえその感情は、自分が話題についていけない申し訳なさゆえだったのだが。
「邪魔するぞ」
そして何の前触れもなく、ドアが開いた。すらりと立つ長身の男は、集まった三人分の視線を払うように片手を振る。それからカツカツと革靴の踵を鳴らし、景清の前までやってきた。
「やあ、景清君。宣言どおり、また来たぞ」
ぎこちなく笑ってみせる曽根崎につられて、景清も愛想笑いを返そうとする。だが、彼の次の言葉にそれも吹き飛んだ。
「さて、今日中に退院の準備をしておいてくれ。明朝、君はここを出て私と暮らすことになる」
「……え?」
景清は、まじまじと曽根崎を見上げる。曽根崎は笑って安心させようとしたようだが、頬が引き攣ってしまい、却って不自然な表情になっていた。





