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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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13 立ち尽くすだけ

 何も喋らず突っ立ったままの曽根崎を見かね、隣にいた阿蘇が肘で小突いた。「自己紹介」と小さく言われ、それでやっと曽根崎は我に返る。

「……私は、曽根崎慎司。君をアルバイトとして雇っている者だ」

「あ……はい。話は聞いています。僕、以前は曽根崎さんっていう人のところで働いてたって」

「……」

「……すいません。僕、記憶がなくなってるみたいで。できることとできないことがあって、皆さんにご迷惑を……」

「だから気にしなくていいって。君のせいじゃないんだから」

 申し訳無さそうに言う景清に、すかさず阿蘇がフォローを入れる。自分も何か言うべきだと曽根崎は思ったが、なぜかうまく口が動かず立ち尽くすだけだった。

 景清というと、そんな曽根崎に怯えと疑問の混ざった目を向けている。

「気にすんな、景清君。コイツ、相当な捻くれモンでさ」

 景清の表情に気がついた阿蘇が、あえて明るい声で言う。

「楽しくもねぇのに笑ったり、怒ってもねぇのに不機嫌そうな顔したりするんだよ。そういうヤツなんだ。怖がらないでやってくれ」

「す、すいません」

「謝らなくていい。それより柊と藤田は? さっき見舞いにきてたろ」

「あ、あの二人なら、おやつを買いに出ていきましたよ。すぐ戻るって……」

 同時に、曽根崎の後ろで勢いよくドアが開いた。放たれたのは、弾んだハスキーボイス。

「景清、おっまたせー! ボクいちおしの期間限定プリン! なかなか売ってなくてコンビニ三件回っちゃったわよ! すっごくおいしいんだから!」

「いやいやいやいや! オレのコンビニ限定ピリ辛ちくわだって負けてないんだからね! 最後の一個ギリギリ滑り込みセーフ! 景清、お願い! 後悔させないからこっちも食べてー!」

 絶世の美女の声に爽やかな声が重なる。二人とも阿蘇と曽根崎を押しのけて、我先にと景清に白いビニール袋を突きつけた。

「……ん?」だけど、藤田のほうが曽根崎を振り向いた。その顔に一瞬だけ影が差したのを曽根崎は見逃さなかったが、何も言わないことにした。

「曽根崎さん、正気に戻ったんですね。良かったです」

「ああ」

「え、シンジ!? ヤダ、とんだ髭面じゃない! どこの野蛮人かと思ったわ!」

「そこまで酷くはないだろうが。……あー、そういや三日間髭剃ってないのか」

「髭どころじゃないわよ! お風呂! お風呂行ってきなさい!」

 柊の指摘は一理あった。髭の刺さる顎に手をやり、曽根崎は病室の鏡を覗き込む。……疲れ切っていて、いつもの数倍不審な風貌。そんな男が、こちらを見つめ返していた。

「だとさ、兄さん。風呂行くぞ。景清君見られて満足したろ」

 阿蘇に腕を掴まれ、曽根崎の体はよろめいた。……どうやら、体力的にも阿蘇の都合的にも、現時点での面会はこれが限界らしい。

「景清君」

 けれど、やはり何か言わねばならないと思ったのだ。部屋を出る間際、曽根崎は景清に掠れた声を上げた。

 泣きぼくろのある大きな目が、曽根崎を捉える。さきほどとは違って、もうそこに怯えは含まれていなかった。

「……また来る」

 どうにかそれだけ絞り出して、返事も聞かずに背を向ける。景清は律儀にも何か答えたようだったが、既にドアは閉められたあとだった。




「……私が発狂したせいだろう」

 病室に戻る廊下で、曽根崎は切り出した。よほど特別な病棟なのか、ここには二人以外に人の気配がなくがらんとしている。

「景清君に呪文を施し続けた結果、狂気に陥った私は自身をコントロールできなくなった。……暴走した呪文は、景清君の記憶をまるごと覆い隠してしまった」

「……どうすれば治る?」

「彼の現状にもよる。私の呪文はあくまで記憶の忘却であり、それ自体に可逆性はない。景清君は精神科にかかり、適切な処置を受けるしかないだろう」

「……」

 阿蘇の表情は暗かった。罵倒するのは簡単だが、それはただの八つ当たりでしかない。そうわかっていたのだ。

「……柊から聞いたぞ。お前、種まき人が景清君を狙うだろうと予測してたんだってな」

 だから彼は別方向から曽根崎を理解し、その上で判断しようとしたのである。

「なんでそこまで知ってんだよ。そもそも、写坂秀菜が怪しいと思ったのはなぜだ? 俺に連絡を寄越した時、お前は最初から種まき人の被害者――二十年前の集団自殺者から洗えと言っていた。年齢についても、子供を探せなんて一言も言わなかった。

 ……そこまでわかっていながら、どうして景清君を一人にした?」

「一人にしたんじゃない。彼が自ら進んで彼女と二人になっただけだよ。保護者か飼い主でもあるまいし、四六時中見張れるか」

「発信機」

「……写坂秀菜のことは、君の指摘どおり最初から怪しんでいた」痛い部分を突かれた曽根崎は、大人しく種明かしした。

「ゆえに彼女の後をつけ、まずスマートフォンアプリを使ってモスキート音を流してみた。あれは加齢と共に、周波数の高いものは聞き取れなくなる傾向にある。すると景清君は反応したが、写坂秀菜はかなり周波数を下げても聞き取れなかった。決定的な論拠じゃなかったが、疑う余地は残るだろ? そして現時点で景清君に接触する不審な者がいるとしたら、種まき人だ。そういう理由で、私は年齢を限定せず、種まき人に絞って忠助に確認を取ったんだ」

「……へぇ。まあ百歩譲ってそこは納得してもいいよ。だが、集団自殺者から洗えと言った理由はなんだ? どうしてわざわざ、種まき人の中でも死んだ奴らを引っ張り出してきた?」

 この阿蘇の問いに、曽根崎は立ち止まった。おやと思ってそちらを向いた阿蘇が見たのは、力を込めた目で弟を睨みつける兄の姿。

「……俺を牽制しようたぁいい度胸だな」

「ここから先の情報は、私の推理によるものだ。私の想像が正しければ、聞くだけ今後の忠助にとって不利になるだろう」

「推理を聞いたら俺が不利に? 言ってる意味がわかんねぇ。今は聞くなってことか? それか首突っ込むなって言いてぇのか?」

「私からは教えられないということだよ。杞憂ならいいが、今のところ全てが私の想像した最も悪い方向に動いているから」

 謎かけのような曽根崎の回答だったが、どうやら不誠実な発言ではないらしい。阿蘇は、曇天の中の凪いだ海のようにものものしい感情で曽根崎から目を逸らさず、その真意を読み取ろうとしていた。

「……ひとつ聞くぞ」

「どーぞ」

「今の何も知らねぇ俺でも、最悪の事態を防ぐ手立てはあるか?」

 曽根崎の唇がひん曲がる。うまく皮肉めいた笑みを作ることのできた彼は、頷いた。

「君が私の正気を疑わずに全てを行えるなら、ある」

 曽根崎は親指を立てた右手を持ち上げると、自分の首を掻き切る仕草をした。

「種まき人に関わった全ての人間を、皆殺しにすることだ」

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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