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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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9 同じ、同じ、黒い石

 僕とヒデナちゃんは、恋人のように寄り添って広い野原に立っていた。勿論デートのためじゃない。黒い石を選別するためである。

 ――彼女の目的は、まだわからない。種まき人の可能性はあるけれど、それなら曽根崎さんから黒い石を奪えた時点で姿をくらましても良かったはずだ。わざわざ僕と恋人になるだなんて言って拘束し、一緒に黒い石を探す理由は何だ?

(……もしかして、僕を生かして帰す気はないとか? だから、今のうちにできるだけ利用しておこうとか……)

 我ながら嫌な想像に身震いする。だけど、ヒデナちゃんは弾んだ声で僕の手を引っ張った。

「ねえ見て見て。あちこちに同じような石が落ちてる」

 そう言って笑いかける今の彼女は、高校生ぐらいの見た目になっている。……怖くてツッコめないけど、それを悟られるともっと怖いことが起きそうな気がするな。僕は無理矢理笑顔を作った。

「そうだね。あんなにあったんじゃ、どれにしようか迷っちゃう」

「んー……景清君との記念になるんだし、せっかくなら一番キレイなのを選びたいわ」

「……だったら、手分けして探してみない?」

「手分け?」

 不審げにするヒデナちゃんに頷いてみせ、僕は声を潜める。

「ここ、広いし。それに、あんまり時間をかけて曽根崎さん達が来てもイヤじゃない?」

 その言葉に、ヒデナちゃんは明らかに迷う素振りを見せた。……そんな顔をするということは、彼女自身も容姿の変化を自覚しているのかもしれない。自覚した上で何も言わないのは、ますますどういうつもりなのかわからないけど。

「……わかった。それじゃ、早く石を見つけて二人で帰りましょう」

 繋がれていた手が、するりと解かれる。

「私、あっちに行ってみるわ。でも、絶対私から見えない場所に行かないで。約束を破ったら承知しないから」

「うん、勿論」

 正直、ちょっと考えないでもなかったけど、釘を刺されたからには行動に移すわけにはいかない。今まで僕が出会ってきた怪異のことを思えば、彼女も十メートル離れた先から一瞬で僕の背中をぶっ刺してもおかしくなかったからだ。ほんとロクな経験してきてねぇな、僕。

 そして、やっとヒデナちゃんが遠ざかっていく。ほっとした僕は、自然と地面に目を落としていた。視線の先に落ちていたのは、黒い石。

 何も考えず、屈んで手に取ってみる。つやつやとしたどこか人工的な鉱物。けれど宝石と呼ぶにはどうにも無骨な代物。

 曽根崎さんの持っていた、黒い石を取り出す。見比べてみたけど、質感や色合い、形などまで全く同じもののように思えた。――間違いない。ギロさんが灯子さんにプレゼントした石は、ここから持ち帰られたものだ。

「……」

 ――それにしても、黒い石のプレゼントか。やっぱり血は争えないのかな。僕の場合は加工されてアンクレットになってたけど。

「すごくそっくりなのね」

 いつの間にかヒデナちゃんが戻ってきていた。指に髪をくるくると巻きつけて、片手に載せた黒い石を差し出す。

「ほら、これ。あっちのほうで見つけた石だけど、綺麗な楕円体だったわ。景清君が見つけたのも同じ。モジャ助さんのとまるっきり一緒の形をしてる」

「そう……だね」

「普通、こんなふうになるかしら」

 ヒデナちゃんの疑問は、もっともだった。これら石には、自然にできた物特有の無作為性がないのである。

 誰かがわざと石を同じように加工して置いたのか? 誰が? 何のために?

 考え込む僕は、ふと石が落ちていた場所にまだ何かがあるのに気がついた。はっきりと石の形に窪んでいるのは当然だけど、決定的に奇妙な点がある。

「これ、何? 金属でできてるみたいだけど……」

 腰をかがめて、トントンと指先でソレを叩いてみる。石と同じく自然でできたものとはとても思えない、あたかもあらかじめ石を置くために作られたような灰色の器。それが、地面に埋まって太陽の光を鈍く反射していた。

 試しに拾った石を置いてみる。少し収まりが悪かったけど、角度を調整してみればすっぽりと嵌った。

 もしかして、他の石もそうなのか?

「こっちにもあるわ」

 一メートルほど離れた場所でしゃがむヒデナちゃんが、黒い石を持ち上げて頷く。足下には、彼女の言うとおり灰色の台座が置かれていた。

 立ち上がり、ぐるりと見回して点在する石の位置を確認する。黒い石は、丘のように中心が盛り上がった広場を点々と囲んでいた。少なくとも、出鱈目には並べられていない――何か一定の法則があるようだ。

「……」

 ヒデナちゃんにバレないよう、ギロさんが拾った石を握る。……僕の想像が正しければ、この石にもぴったり嵌まる台座があるはずだ。

「景清君?」

「ごめん、ちょっと確かめたいことがある」

 並ぶ黒い石を追って、僕は走り出す。ヒデナちゃんもついてきたけど、構う余裕はなかった。

 確かめなければならないと思った。三人から聞いた代替わりする幽霊の話が、頭の中で反響する。老婆、若い女性、男性――。その話と関係あるのかはわからなかったけど、調べておく価値はあるだろう。

 それに――

(……役に立たないと。怪異退治まではできなくても、せめて情報収集ぐらいはできるようになりたい)

 間違っても、僕が曽根崎さんに庇護される対象であってはならないのだ。足手纏いになってしまえば、その分あの人に負担が向かってしまう。

 全く同じ形をした黒い石を追っていく。ちょうど丘の反対側に来たところだろうか。僕は、ひとつぽっかりと場所を空けた台座を見つけた。

「……これだ」

 知らぬ間に息が乱れていた。いや、緊張で息が荒くなっているだけだろうか。たかが一時的に盗まれた石を、台座に戻すだけなのに。

 手に持った石を確かめる。どれほど握っていても冷たいままの、僕の熱を奪うだけの鉱物を。ぎゅっと握って、おそるおそる台座に置いた。

 手は震えていたのに、さっきと違って一度でうまく嵌った。

 瞬間、周囲の草木がざわめいた。地震でも突風でもない。うまく言えないけれど、空間そのものが揺れたように感じた。

 その中で顔を上げる。目に映ったのは、丘の上に立つ白い影。

 ――一人の男が、この世ならざる苦しみに顔を歪ませて、のたうち回っていた。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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