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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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7 恋人

 自分から言い出したはずなのに、僕が一番その提案にびっくりしていた。――いくらなんでも無責任すぎじゃないか? 住んでいる場所は全然違うし、僕には学業やバイトだってある。できることといえば、せいぜいたまに会って話をする程度だろう。とても四六時中一緒にいられる関係にはなれない。

 がっかりさせる前に撤回しなければ! でも僕が行動するより先に、ヒデナちゃんは全身を使って抱きついてきた。

「かげきよさん、本当!?」

 心からの喜びが滲んだ声と表情に、僕は言葉を飲み込んでしまった。

「嬉しい……! 私、ずっとかげきよさんみたいな人が恋人だったらいいなって思ってたの!」

「あ、いや、恋人っていうのはちょっと……!」

「なんで? ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」

 無邪気な問いに、どう返せばいいかわからなくて目を泳がせる。……ずっと一緒にいるなら恋人。間違った認識じゃないと思うけど、遠距離恋愛だってあることも考えれば――いやいや、論点はそこじゃない。

「ごめん。友達じゃだめかな」

 一旦ヒデナちゃんの体を僕から離し、しゃがみこむ。

「僕の電話番号とかなら教えられるから。嫌なことや辛いことがあったら、いつでもかけてきていいよ。そばにはいられないけど、話ぐらいなら聞けると思う」

「イヤ。私はずっと一緒にいて、かげきよさんに抱き締めてもらったり頭を撫でてもらいたいの。恋人になりたいのよ」

「でも……」

「じゃあ、私が先に黒い石を見つけたら恋人になってくれる?」

 薄い茶色の目が僕を見据える。なんだか試されているようで、胸の内がざわめいた。

「ね、約束。だってかげきよさんは、私の周りにいる他の人と同じじゃないもの。裏切ったりしないもの」

 迷う僕の手を引っ張り、ヒデナちゃんは先に進む。思わぬ力の強さに、僕の足はたたらを踏んだ。

「ちょ、ちょっとヒデナちゃん?」

「急がなきゃ。もうあまり時間が無い」

「なんで? 三時になるまで、まだ一時間以上あるよ」

「お腹が空いてきたのよ」

 ほんの十分前なら、かわいらしい理由だと思っただろう。でも今の僕は、彼女の物言いに得体の知れない不気味さを感じ始めていた。

「さっき食べたんだけどな。あれじゃ足りなかったみたい」

「ヒデナちゃん……?」

「お腹が空いたらイライラしちゃう。かげきよさんの前ではかわいくいたいから、早く終わらせてご飯食べに行きたいわ」

 艶かしく僕の腕に体をすり寄せ、上目遣いを送る。その仕草は年齢に不釣り合いで、僕と同年代かそれ以上のものに見えた。

「行きましょう、景清さん」

 けれども長い睫毛の下から覗くのは確かに子供の瞳で、子供の輪郭で、子供の手足なのだ。……やっぱり、考え過ぎかな。女の子はちよっとマセているものだって聞くし、小学生ぐらいならこれぐらい当たり前かも。

 ――それに、彼女の助けになりたいと思った僕の気持ちは本当なのだ。

 足元の缶を軽く蹴飛ばして、不穏な想像を振り切ろうとする。それでも粘着質な泥のような違和感は、いつまでも心の隅にこびりついて消えなかった。




 廃墟の町を進んでいく。ヒデナちゃん曰く、隣町の人々からは“おばけまち”と呼ばれている場所だ。相変わらず、ひょっこりゾンビでも出てきそうな不穏さである。

「ねぇ、あれ」

 軽くぶつかられて体が揺れる。そういや昔付き合ってた女の子も、僕を引き止めたい時はこうしてたな。

「あそこになら、黒い石がありそうじゃない?」

 ヒデナちゃんの指差す先に目をやる。崩れた壁の向こうに、開けた空間が広がっていた。錆びたシーソーが草に埋まっている所を見るに、かつては公園だった場所かもしれない。

 少なくとも住宅地よりは可能性がありそうだ。実際、本物の黒い石が見つからなくても、ヒデナちゃんが納得してくれる石さえあればいいのである。この時の僕はそう考え、ヒデナちゃんが通りやすいよう率先して板を動かしてやった。

 人の手を離れてから長い年月が経ったはずの公園は、意外にもそこまで荒れていなかった。赤茶色に変色したすべり台の横を通った先には、運動場を連想させる広場。昔は幾人かの子供たちが走り回っていたのだろうけど、今は名前も知らない雑草がまばらに生えていた。

 ふと足を止める。砂の色、奥に茂る木々、少し丘陵のある地形――。強烈なデジャヴに心臓が高鳴っていく。いつの間にか、手にじんわり汗をかいていた。

 光坂さんに見せてもらった映像が蘇る。僕は、この風景を見たことがあった。

「……ヒデナちゃん」

「なぁに?」

「やっぱ行くのやめない? 家があった所に戻ろうよ」

「なんで?」

 ヒデナちゃんの声が鋭く僕を刺す。少し怯んだけど、負けじと声に力を込めて返した。

「君はおばけまちの黒い石を探しに来たんだろ? だったらここはおばけまちじゃないから意味が無いよ。帰ろう」

「そんなことわからないわ。むしろ石っていうくらいだし、こういうところのほうが見つかりそうよ。大体、さっきまで景清さんも調べる気満々だったじゃない? 行動と発言が矛盾してるわ」

「……」

「とにかく私は調べたいの。恋人なら私の言うことを聞いてくれなくちゃ。嫌われたくなかったら努力してよ」

 ……。

 ……あー。

 なんか懐かしいな、この感覚。そうそう、こんな感じだったわ〝恋人〟って。

 このところ曽根崎さんの世話ばっかりで、すっかり彼女という存在に縁遠くなっていた僕である。たとえ女の子から告白されても、時給が出るという一点において「まあオッサンにしとくか……」と断っていた。判断基準がお金。つくづく愛だの恋だの向いていない身だと思う。

 なんて考えている間に、ヒデナちゃんは探索を再開していた。そして僕が止める間もなく、声を上げたのである。

「あ! これってもしかして!」

 慌てて彼女に追いつき、ギョッとする。少し先にあったのは、ギロさんの映画に映っていたのとそっくりな黒い石。

 だけど何より、僕の心臓を縮まらせたのが――

「ここにある石って、モジャ助さんの持ってたこれと同じじゃない!?」

 なぜかヒデナちゃんの手に、曽根崎さんが持っていたはずの石があったことだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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