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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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4 石を探す

「黒い石というのは、これのことか?」

 曽根崎さんは、迷いなくあの石を取り出してみせた。対するヒデナちゃんは一瞬だけ目を輝かせたものの、すぐ思案に眉をひそめた。

「わ、わかんない。私、見たことないから……。でも、多分そうだと思う」

「我々もこれを探しているんだが、場所に心当たりは?」

「……ご、ごめんなさい」

「そうか。ならばこれにて尋問は終了だ。柊ちゃん、光坂さん、引き取っていいぞ」

「アンタってほんと繊細なレディーの扱いがなっちゃないわね!」

 曽根崎さんの無神経に柊ちゃんがぷりぷりと怒っている。が、本人はシレッと聞き流していた。

 一方ヒデナちゃんは、不安そうな顔で服の裾をぐしゃぐしゃにしながら大人たちを見上げている。

「……」

 本当は、黒い石を手に入れてから帰りたいのだろう。せっかくここまで勇気を出して来たのに、良識的な大人のお節介で無理矢理戻されてはたまらない。僕らは大きな危険から彼女を守れたことに満足するだろうけど、ヒデナちゃん自身は何一つ問題など解決していないままなのだ。

 何か、本当の意味でこの子の力になれないだろうか。僕は、彼女の近くでこっそりと提案してみた。

「……一緒に来る?」

 ヒデナちゃんの色素の薄い目が、大きく見開かれて僕に向いた。それに応えて、大きく頷く。

「僕も黒い石探しを手伝うよ。二人で探したら、すぐ見つかると思わない?」

「おい、景清君――」

「いいじゃないですか。このまま帰したところで、ヒデナちゃんはきっと後でまたここに来ますよ。そっちのほうが危ないでしょう」

 それから不満気な曽根崎さんの元へ行き、ヒデナちゃんから見えないよう壁になる。彼の耳に口を近づけ、声を落とした。

「あと、例の黒い石をヒデナちゃんが見つけて持ってったら大変ですよ。だったら、ここで別の石を探して、納得して帰ってもらうほうが良くないですか?」

「そうかもしれんが、我々がそこまでする義理は無い」

「ですが、放ってもおけません」

 ヒデナちゃんに目をやる。……今、この子の目には”黒い石を見つけて仲間に入れてもらう“という、たった一つの道しか映っていない。一人ぼっちの寄る辺の無い心細さは、簡単に人を盲目にすると僕は知っていた。

 だから僕は、叶うならこの子にとって優しい思い出になりたかったのだ。今はそうは思われなくても、誰かに手を差し伸べてもらえた記憶はきっと彼女の中に残り続ける。そしてそれは、辛い時に何度も取り出しては眺められるものに変わるのだ。

 ――僕の叔父にあたる人の優しい笑顔を思い返す。あの人にしてもらえたほど上手にはできなくても、真似事ぐらいならできるだろうか。

「かげきよさん……本当にいいの?」

 おどおどと袖が引っ張られる。

「一緒に探してくれるってほんと? 黒い石……」

「うん、いいよ。こう見えて僕、探しものが得意なんだ」

「迷惑じゃない?」

「全然。むしろヒデナちゃんは僕と一緒で嫌じゃない?」

 少女は、急いで首を横に振った。あんまりすごい勢いだったので、僕は少し吹き出してしまった。

「良かった。すいません、柊ちゃん、光坂さん。そういうわけで、僕は別行動してヒデナちゃんと一緒に石を探そうと思うんですが、かまいませんか?」

「ええ、いいわよ! でも三時をタイムリミットにしておきましょうね。あんまり遅くなっちゃうと、山道は危ないから」

「景清君、いつでも電話を取れるようにしておいてください。私達のほうでも石を見つけたら連絡しますので」

「ありがとうございます」

 察しが早い二人の後押しを受けながら、最後の砦である我が雇用主に目をやる。未だ苦虫を噛み潰したような顔をしていた曽根崎さんだったけど、まったく同じ顔でにらめっこすること数十秒。とうとう彼は肩を落とした。

「……わかったよ。だが期限は三時までだ。それと、いつでも電話に出られるよう、スマートフォンの呼び出しには気を払っておけ」

「さっき柊ちゃんと光坂さんから、全く同じ注意を受けたばかりなんですが」

「大事なことだ。何度でも聞け」

「アンタだ、話を聞かなきゃいけないのは」

 コイツ、まさか考え事して聞いてなかったな? でもそれを突っ込む前に、左手に温かいものが触れる。見ると、ヒデナちゃんが僕の人差し指を掴んでいた。

「あら、景清! アンタったらとっても懐かれちゃったみたいね!」

「こうして見ると本当の兄妹のようですねー」

 うふふと女性陣が笑っている。ヒデナちゃんは恥ずかしそうに頬を赤らめていたけど、手を離そうとはしなかった。

 一人っ子の僕だけど、妹がいたらこんな感じだったんだろうか。彼女にわかるように手を握り返して、そんなことを思った。




 そうして、僕は曽根崎さん達と別行動を取った。別行動と言っても、限られた区域のことだ。その気になればすぐ合流はできるけれど。

「かげきよさんは、優しいのね」

 手を繋いだままのヒデナちゃんが、僕を見上げて言う。

「ふつう、私みたいなのを助けようって思わないと思う」

「そんなことないよ。大人なら当たり前だよ」

「……私のまわりの人は、そうじゃないから」

 沈んだ声だった。僕は落ち葉を踏む音で彼女の声を聞き漏らさぬよう、注意を傾ける。

「おとうさん、いないし。おかあさんは、私より男の友達のほうが好きみたい。先生も私が近づくと嫌そうにするし……。私、家でも学校でもじゃま者なの」

「そう思うの?」

「うん」

「……それは辛いね」

 主観的な視点での情報しか得られない以上、簡単に否定や肯定はできない。でも、この子の感じる辛さを想像し、寄り添うことならできる。

「どこにも居場所が無いしんどさは、なんとなくわかるよ。僕も自分がいないほうがいいんじゃないかって、何度も考えたことがあるから」

「かげきよさんも?」

「うん。びっくりした?」

 あまり重い話にしたくなくて、軽い調子で笑ってみる。だけどヒデミちゃんは笑い返さず、ぎゅっと僕の足に抱きついた。

「……私たち、一緒ね」

「そうだね。そうなのかも」

「……ねぇかげきよさん、私――」

 ヒデナちゃんが何か言いかける。けれど僕はそれを遮り、彼女を庇って全身で振り返った。

 ――何か、聞こえる。

 ともすれば葉のさざめきに紛れ込んでしまいそうな微細な音。だけど自然の中にあるにしては、あまりにも異様な――

「か、かげきよさん?」

「ごめん、ヒデナちゃん。少しだけ何も喋らないで」

 そして極限まで張り詰めた僕の神経は、間違いなくそれを感知したのだ。


 ――キィィと引っ掻くような、不自然に甲高い音を。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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