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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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3 ヒデナちゃん

 泣き腫らした目の女の子は、ガレキと一緒になってひっくり返る僕を見つめている。……あ、この枝が怖いのかな!? 慌てて遠くに投げ捨てた。

「ご、ごめんね! まさか誰かいると思わなかったから!」

「……!」

「えっと、僕は景清っていうんだ。君、迷子? もしかしてお父さんやお母さんとはぐれたのかな?」

 そうなら、一刻も早く下山して警察に行かなければならない。家族が彼女を探していると思うし、何よりこの子自身も体調を崩している可能性があるからだ。

 だけど僕の登場は、すっかり女の子を怖がらせてしまったらしい。口をつぐんでうつむく彼女に、僕は困り果ててしまった。

「なになに、どうしたの? あら、可愛い子!」

「迷子さんですか?」

 騒ぎを聞きつけて、柊ちゃんと光坂さんがやってきた。ホッと胸をなでおろす。多分僕よりも、彼女らのほうが話しやすいだろう。

「こんにちは。驚かせてごめんなさい」

 光坂さんが女の子の目線に合わせて座り、ゆっくりとした優しい声で言う。

「私はよしのといいます。ここに探検に来たの。あなたのお名前は?」

「……ひ、ヒデナ」

「ヒデナちゃんですね。もしも困ってることがあるなら、私達にお手伝いさせてもらえませんか? スマホも持ってるから、電話だってかけられますよ」

 しかしスマートフォンを取り出そうとした光坂さんの手は、小さな手に押さえられた。見ると、女の子――ヒデナちゃんが強張った顔で首を横に振っている。

「ど、どうしたんですか?」

「……」

「ちょっと、何か喋りなさいよ! 別にボクら、アナタをとって食べようなんて思ってないわ!」

「んもう、柊ちゃん。ヒデナちゃん、びっくりしちゃうよ」

 早くも痺れを切らした柊ちゃんを、光坂さんが嗜める。ヒデナちゃんはますます萎縮して、オロオロと目を泳がせていた。

 そういや曽根崎さんの姿が見えないな。身の程を弁えているのだろうか。

「と、友達に言われて……来たの」

 小さな背丈から、蚊の鳴くような声が漏れた。

「わ、私……弱虫だから。“おばけまち”に一人で肝試しに行けって……そしたら仲間に入れてあげるって、言われて」

「何よそれ! 友達になるのに条件つけてくるような子、友達って呼ばないわ!」

「でも、子供の時ってそんな感じあるよね。もっと大人になれば、いろんな選択肢も増えるけど……」

「とにかく、そんな子の言うことなんて聞く必要ゼロよ! 言ってやんなさい、欲しけりゃ自分で行けって!」

「う……」

「それでも、そうね。まだ何か嫌がらせしてくるようだったら実力行使しちゃいなさい! ほら、この録音機でこっそり声を取って証拠を残して……」

「柊ちゃん、だめだよ!」

「よ、佳乃……」

「私は録音より録画のほうがいいと思うな。なんたって証拠能力が段違いだもん。さ、ヒデナちゃん。このカメラを教室に仕込んで後で回収を」

「お二人ともー!!」

 完全に不穏な流れになっていたので、急遽ストップをかけた。この二人、見た目の方向性が違うだけで根っこは似た者同士なのである。基本的にブレーキとかそういう概念が無い。

 だけど僕が対応していたその隙に、一番通報されそうな奴が動いてしまっていた。

「君は、この山道を一人で来たのか?」

 いつの間にかヒデナちゃんの前に陣取っていたのは、長い体を折り畳んでしゃがむ曽根崎さんだった。

「どうやって? 靴も服も汚れている所を見るにかなり歩いてきたんだろうが、我々でさえ車を走らせてようやくたどり着いた場所だ。子供の足で来られるとは思えない。誰かに連れてきてもらったのか? それとも……」

「え、えっと、えと……!」

「ちょっと曽根崎さん、ヒデナちゃん怖がってますよ!」

「む?」

 曽根崎さんが僕を見上げる。……いつも通りの不審者面だ。初対面でこれが迫ってきたら、さぞかし怖いだろう。

「相手は子供なんですよ? 笑顔と優しい声で聞いてあげてください」

「……えー?」

「えー、じゃない。ちゃんと聞いたら話してくれる子なんですから」

 曽根崎さんは露骨に面倒くさそうだったが、顔をごしごしとし、無理矢理笑顔を作ってみせる。……実際は引き攣った怒り顔だったので、余計に迫力のある顔になってたけど。

「う、裏道から、です!」

 でも、情報を聞き出すことには成功した。

「おばけまち、町の裏道から来られるから……! 表の道は危ないから行っちゃだめだけど、裏道は子供でも行けて、みんなよく秘密基地とか作ったり遊んだりしてる……!」

「……町の裏道? 光坂さん、どういうことだ?」

「ほんとだ! すぐ裏に町がある!」

 地図アプリを確認した光坂さんが、あちゃーと額を叩いた。見せてもらうと、直線距離だと1キロメートルも無い場所にそこそこ大きな町が広がっていた。どうやら、三十数年経てば地理事情も変わってしまうらしい。

 事実を知った曽根崎さんは、憮然と腕を組んだ。

「なんだ、徒歩でも行けたのかよ」

「でもこの傾斜なら車だと無理でしょうね。っていうかコレ、道じゃなくない? ルート案内には対応してないし、殆ど獣道みたいなものだと思うわ」

「そうだよね。ねぇヒデナさん、本当はこの道もあまり通っちゃいけないんじゃない?」

 光坂さんの問いに、ヒデナちゃんは遠慮がちに頷いた。まあ、そうだろう。ここはもともと地盤が弱い土地みたいだし、それ以前に廃墟なんて事故の温床みたいなところだ。僕が彼女の親なら、間違いなく「遊びに行くな」と止めるだろう。

「ね、ヒデナちゃん。あなたはもうおうちに帰りなさいな」

 宥めるような口調で、柊ちゃんは女の子に言う。

「ここまで一人で来られたんだもの。あなたは弱虫じゃないってボクが保証してあげるわ。でも、これからはここに来ちゃダメ。廃墟にはおばけだけじゃなくて、危ない人だっているかもなんだから」

「え……で、でも」

「んー、そうねぇ。佳乃とボクがこの子を車で町まで送っていくのはどう? シンジと景清は黒い石の探索を続けて、後でボクらも合流を……」

「だめ! 私も探しものがあるの!」

 突然の大声に、柊ちゃんは言葉を飲み込んだ。少し乱れたヒデナちゃんの髪から、小さな枯れ葉が落ちる。集まった視線に本人はたじろいだものの、頭を振って両の拳を握り、懸命に続けた。

「わ、私……〝黒い石〟を、探しに来たの! さなちゃんに……お、おばけまちに行った証拠、持って帰らなきゃいけないから……!」

 そして僕らはというと、少女との思いもよらない目的の一致に、同時に顔を見合わせていたのである。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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