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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 霊は廃墟にてのたうつ
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1 黒い石の出どころは

『結論から申し上げますと、黒い石の採取場所は特定できませんでした』

 曽根崎さんの取る電話の向こうから聞こえるのは、ツクヨミ財団の六屋さんの声。

『服辺ギロさんの過去のロケ地については、失われている情報も多くてですね。財団にいる何人かにも手伝ってもらったんですが、ギロさんのファンが続出しただけで終わりました』

「最悪の被害ですね。どうお詫びすればいいか」

『いや、そこまででは』

 曽根崎さんのお父さんであるギロさんが、曽根崎さんのお母さんである灯子さんにプレゼントした黒い石。今はナイと名乗る黒い男曰く、石は種まき人の“巨大な目的”の遂行のために必要不可欠なシロモノらしい。だから曽根崎さんは、種まき人に先んじてこの出どころを探ろうと躍起になっていた。

 そりゃあ相手は、下層と見下す人々を貶めては愉しむ下衆の集団である。二十年前に起きた集団自殺事件のように、放置しておけばとんでもない事件に発展するかもしれない。でも僕は、他の事件をおいても黒い石の調査をする曽根崎さんに、どうにも拭い難い違和感を抱いていた。

「なんか珍しいですね」

 六屋さんとの電話を終えてまた資料の山に埋もれる曽根崎さんに、僕は味噌汁のおかわりを持ってきて言った。

「普段の曽根崎さんなら、解決しなくていい事件は絶対やらないのに。むしろ『別に何人死のうが、私一人安穏無事ならそれでいい』とか言うのに」

「なんだその酷い人間」

「至極いつも通りのアンタですよ」

「失礼な。私だってたまには世のため人のために働くさ」

 ということは、稀有な行動をしている自覚はあるのだろう。もっとも、種まき人は黒い男を崇拝する組織だ。ヤツとの因縁を考えれば、曽根崎さんがこうなるのも自然な流れなのかもしれない。

 ……でも、本当にそれだけかな? 何か大事なことを見逃してるような――

「遊びに来てあげたわよーっ!」

 思考に沈みそうな僕を現実の水上に引き上げたのは、ハイテンションなハスキーボイスである。誰もが振り返らざるを得ない絶世の美女、柊ちゃんだ。

「私もいまーす!」

 そして彼女の後ろから現れたふんわりした雰囲気の女性の名は、光坂佳乃さん。柊ちゃんのお友達の占い師で、温和な雰囲気の人だ。

「あらあらまあまあ、なんだかとっても陰気な雰囲気じゃないの! 換気しなきゃ! お日様当ててニトログリセリン作んなきゃ!」

「セロトニンな。柊ちゃん、悪いが私は今忙しくて」

「うっそー! だってボクからの依頼は無いわよぉ?」

 どうやら柊ちゃんは、自分が頼まないと曽根崎さんに仕事が無いと思っているらしい。あながち間違いではない。曽根崎さんの表向きの職業であるオカルトフリーライターは、彼女の勤める出版社との間でしか成り立っていないからだ。

「で、何の依頼なわけ? ボク今結構余裕あるから、手伝ってあげなくもないけど」

「だから余計なお世話――」

「あ、これもしかして服辺ギロさん関係の資料ですか!?」

 デスクに散らばる諸々を見るなり黄色い声を上げたのは、光坂さんである。まんまるになった目は、尋常じゃない輝きに満ちていた。

「すごーい! これって『ヤバめな刑事』のスネーク四浦をやった時の現場写真ですよね!? こっちは『アウトエイジ』でケチな麻薬密売人役をやった時のロケ地だ! この写真は、ゲーム『ドラゴンが如く』で中華マフィアを牛耳るトップとしてモデリングされた時の……!」

「光坂さん、詳しいですね」

「もっちろん! だって私、ギロさんの大ファンですから!」

 この一言に、その場にいた全員が固まった。実の父を忌み嫌う曽根崎さんは勿論、柊ちゃんまでわなわなとショックを受けている。「佳乃、ああいう小汚いのがタイプなの……?」とちっちゃい声が聞こえた。

 ……そういや光坂さん、曽根崎さんが"無名無実"という名前で書いてる小説の熱烈ファンだったな。あの血脈が持つ何かに惹かれる人なのだろうか。

「それじゃ、早速聞きたいんだが」しかし好機と考え直したのだろう。いち早く正気を取り戻した曽根崎さんは、例の物を取り出した。

「この石が転がってそうなロケ地に心当たりは無いか?」

「石? うーん……すいませんが、流石に石だけでロケ地を特定するのは難しいですね。他に情報はありませんか?」

「時期は三十年以上前、ギロが駆け出しの頃に撮影、もしくは演じた舞台の近辺で拾われたものだ」

「でしたらかなり絞れるかと。ちょっと待っててください」

 そう言うと光坂さんはタブレット機器を取り出し、操作を始めた。インターネットのクラウド領域に、ギロさんのインタビュー記事や出演情報などをまとめているそうだ。未知の生物を見る目の曽根崎さんと放心状態の柊ちゃんを背に黙々と作業していた光坂さんだったが、突然「あ!」と指を鳴らした。

「曽根崎さん、こちらなんてどうですか!? 低予算ホラー映画『死霊の臓物』に出演していた時のものです! エキストラに近い村人役だったんですが、最初に殺されるだけあって結構長い映り込みなんですよ!」

「ふむ、見せてもらおうか」

 曽根崎さんの後ろから、再生される映像を覗き込む。今より随分と若いギロさんが、ゾンビにお腹を食いちぎられて血と内蔵を撒き散らしながら、苦悶の表情で絶命していた。偽物だとわかっていても、時代を感じる荒い解像度が逆にリアルで気持ち悪い。見続けていられなくて、画面の奥の方に視線を移した。

 それで気付いた。血糊の飛んだ先に、黒っぽい石が映っていることを。

「……調べてみる価値はあるかもな」

 曽根崎さんも同じ所に目をつけたのだろう。顎に手を当てて小さく頷いた。

「光坂さん、具体的な場所はわかるか?」

「ええ、ここなら車で二時間ほどです。なんでしたらご案内しますよ?」

「いや、そこまで手を煩わせるわけにはいかない。タクシーを手配すればいいし、多少の山道でも車を借りて景清君に運転を頼めばいい」

「それが“多少の”山道ではないんです」

 光坂さんは困った顔をして言った。

「こちらの監督、リアルにこだわるためにわざわざ山奥にロケ地を構えたんですけどね。崖あり獣ありの悪路に撮影は難航。無事クランクアップされるも見計らったようにがけ崩れが起き、映画の聖地だというのに今では人一人近寄るものはいないほどなんです」

「なんだと。それならなぜ、君は案内などと……」

「私なら多分行けるかな、と」

 光坂さんは、穏やかに微笑みながら車のキーを翳した。

「愛車が、4WDなんで」

 ――数時間後、僕らは光坂さんの運転する四輪駆動自動車で山道を爆走していた。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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