11 踏み込む
――僕らがシャッター前にいた二人を尋問した結果、倉庫内に種まき人の司祭がいるとわかっていた。加えて五人が銃を持っていることも。
ざっと目視で構成員は十五人ほど。いずれも若い男女ばかりで、みんな顔を露わにしている。この人達はギロさんに顔を覚えられるリスクを恐れていない――。それが何を意味するか、胸糞悪い想像ばかりが膨らんだ。
その中央にいたギロさんが、曽根崎さんを見て逃げるよう叫んだ。多分だけど、司祭はそこでやっと曽根崎さんの存在に気づいたのだと思う。
「変更はありません。まずは全体の無力化からお願いします」
ゲームの指示かと思うような言葉と共に、開いたシャッターの前に立つ曽根崎さんは指を鳴らした。同時に、彼の背後から武装した財団職員部隊が数十名飛び出す。
「なんだアレ……!?」
「ちょっと、誰か何とかしてよ!」
構成員たちは目に見えて混乱していた。中には逃げる人もいたけど、逃げ場は全て先回りした財団員によって塞がれている。間もなく彼らは、冬眠から起こされた虫の如く倉庫の中央に身を寄せ合う形になった。
『踏み込んだのが警察であれば、「まず殺されはしないだろう」という余裕を相手に与えてしまいかねない』
死角に隠れる僕は、曽根崎さんに聞かされた作戦を思い返していた。
『そこを揺るがすんだ。「大人しくしておかねば殺されるかも」。そう思わせることで、奴らの半分は動きを封じられる』
その推察は正しかった。顔に不穏な三日月の描かれた覆面集団に囲まれた種まき人は、殆どがすっかり怯えて萎縮していたのである。
「クソッ、俺らは種まき人だぞ! わかってるのか、下層共!」
『すると当然、思い上がった馬鹿が銃を向けることもあるでしょう』
銃声が倉庫の壁に反響する。数秒の沈黙の後、男の絶叫が続いた。
『構成員が銃を構えた瞬間、撃ってください。可能ならば致命傷部位は避けてもらえると助かります。主に治療にあたる私の弟が』
『人をセーフティネットにするんじゃねぇ』
阿蘇さんは曽根崎さんの呪文を一つ肩代わりしており、強力な治癒の呪文を操れるのである。かといってリスクが無いわけじゃないので、アテにされる彼の立場は本当に不憫だったのだが。
そして曽根崎さんの指示通り、財団員は銃を構えた種まき人に発砲した。幸い足を掠めただけみたいだったけど、彼らの戦意を削ぐには十分だった。
「とうさ――ギロさん!」
「忠助……!」
この隙に阿蘇さんがギロさんの元に走り寄る。手際よく縄を外す間に一人の構成員が襲いかかったが、すぐにツクヨミ財団員に粛清された。
「どこか怪我は?」
「腹を蹴られた。まだ痛むし痣になってるにちげぇねぇ。クソッ、ぜってぇ週刊誌に売ってやる」
「動物愛護の名目ならギリギリ枠内かもな」
「父さんは蹴られた猫と同じ扱いなのか?」
「石はどうした?」
「ああ、それは……」
迫力あるギロさんの両目が、モーニングコートを着た小太りの男へと動く。彼は今、曽根崎さんと田中さんの二人に牽制されてぎゅっと首を縮めていた。
「司祭」
まず、曽根崎さんが踏み込んだ。
「既に警察は倉庫を囲んでいます。まもなくあなた達は、監禁罪の現行犯として逮捕されるでしょう」
「……」
「加えて私は、あなたの部下があの小汚い男を拉致する瞬間を撮影しています。言い逃れは難しいかと」
いつの間にそんな証拠を、と思ったけど、そういや曽根崎さんはあの時丸々姿を消してたっけな。抜け目の無い人である。
「とはいえ、君が連行される前にいくつか聞いておきたいことがある」
曽根崎さんの言葉を継いだのは、司祭のこめかみに銃口を押し当てる田中さんだ。
「我々は、君達が“ナイ様”と呼ぶ男に会った」
「……!」
反応したのは司祭でなく周囲の種まき人だった。さざ波のようにどよめきが広がっていく。羨望、嫉妬、驚嘆、興味――。
「素晴らしい!」その波紋を断ち切ったのは、突如大仰に両腕を広げた司祭だった。
「あなたはナイ様に選ばれました! 彼は公の場でめったに見られません!」
曽根崎さんと田中さんは、ギョッと目を見開いた。だが互いに疑問を確認し合う真似はしない。曽根崎さんは声に力をこめて尋ねた。
「ナイは、我々にいくつか情報をよこしました。ですがどれも不十分なものでして、ぜひあなたに補完していただきたいのです」
「質問したいですか? なんでも答えます」
「それでは、一つ目。種まき人は、石に描かれた秘術を巨大な目的のために使うとのこと。巨大な目的とは一体何ですか?」
「私はそれについてあなたに話すことはできません。すみません」
司祭はまた亀のように首を縮める。――そんな彼に、僕はずっと妙な違和感を抱いていた。話し方も、声の抑揚も、挙動も、二世代前の安いロボットみたいにわざとらしいのだ。
「……困りますね。あなたは先程なんでも答えると言ったはずですが」
「私は話すのが好きですが、すべてについて話すことはできません。特に巨大な目的のためにそれは不可能です。邪魔するから」
「心外ですね。種まき人は社会奉仕の団体でしょう? 巨大な目的とやらが人類繁栄に繋がるのなら私共も協力させていただきますよ」
「不可能。下層のあなたが我々に与えられる享楽は、受け身のものでしかない」
司祭は石を取り出し、高く掲げて見せる。種まき人の構成員から感嘆の声が上がった。
「したがってこの秘石は、あの方に譲渡されます」
大きく口が開いた。――大きくなんてもんじゃない。明らかに元の質量を超えて開いたその口は、無数の歯がまばらに散らばっていた。不潔な赤黒い空間の隅には、人の指に似た肉片が覗いている。
「貴様……!」
しかしやっと明るみになった司祭の首には、僕らの知るタトゥーは無かった。
「やはり、司祭じゃないな!」
だぶついた二重あごの上にあるひび割れた唇から、黒い男にも似た嘲笑が起こった。





