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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第1章 人喰いスナック
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11 苦しい結果?

 やがて、烏丸先生と夕菊さんの約束の時間が迫ってきた。僕と曽根崎さんはというと、あらかじめ部屋に入りベッドの下に潜んでおく手筈だったが……。

「私一人で行く」

 直前になって、曽根崎さんがそんなことを言い出したのだ。

「なんとなく彼女のカラクリが見えてきた。そしてこの推測が正しければ、君にこの案件は不向きだと思う」

「なっ……なんですか、それ!」

「いいから聞け。これ以上君が関われば、苦しい結果に終わるかもしれない」

 なんだそりゃ。僕は思いっきり唇をひん曲げて遺憾の意を表明してやったが、奴は動じなかった。

「とにかく、君はここで私と烏丸先生が出てくるまで待ってなさい。それかもっかい食堂行くか? 金は出してやるから、パフェでも食べてろ」

「女子高生か!」

「生クリーム足していいから」

「だから女子高生か! つーか僕がいなきゃ、幽霊を見逃す可能性だってあるくせに!」

「問題無い。彼女の容姿や個人情報は全て頭に叩き込んだ」

「それで解決するんですか!?」

 だが、こうなって譲る男でもないのである。とうとう「千円やるから」「千二百円」「二千円」「三千円」と金に物を言わせ始め、僕の良心が痛んで折れることとなった。

「……苦しい結果って、何なんですか」

 もらった五千円を大切に財布にしまいながら問いかけると、曽根崎さんは悲しそうな顔をした。困っているのだ。

「逆に聞くが、君はこの事件における最良の結末はどんなものだと思ってる?」

「結末? それは……人喰いスナックはただの噂で、行方不明の人は全員無事に見つかって、臓器泥棒も難無く逮捕されるって感じだと思いますが」

「……」

 曽根崎さんの眉間に皺が寄る。そうなったのが、「臓器泥棒も逮捕される」の部分だったのが気になった。

「……君の力が不要なわけじゃない。ただ、今回に限っては裏目に出てしまう。それだけだ」

「裏目に?」

「ああ。君は人が良過ぎるからな」

「はいぃー?」

「ま、そういうことだ。いい子にしてろよ」

 大きな手を雑に振り、曽根崎さんは部屋に入ってしまう。不可解な言葉と共に残された僕は、別に空いてもいないお腹を撫でてみた。

 五千円は貯金する気だった。なので、何をすることもない僕は、壁にもたれてぼーっと絵を眺めて彼の言葉の意味を考えることにしたのである。

 奇しくも、それは昨日見た青い魚の絵だった。

(……曽根崎さんは、また僕を巻き込むまいとしてるのかな)

 でも、それだけなら以前も何度かあったことだ。そもそもあの時の僕は何も知らなくて、弱くて、覚悟の一つもできていない中途半端な人間だったし。

 けれど今は違う。曽根崎さんの隣に並び、不可解な事件に立ち向かい、可能なら彼の不足を補えたらと思っているのだ。そしてそれは曽根崎さんも承知してくれていて、その上で僕という人間を扱ってくれている……と思っていた。

(でも、だとしたら僕がいることで苦しい結果に終わる事件って何だ?)

 曽根崎さんは、「裏目に出てしまう」と言い切った。殆どがまだ不確定の事象だというのに、まるでそれだけは確信しているかのように。

 根拠があるのか? いや、現時点でそこまで証拠が揃っているとは……。

「……ううーん」

 深緑色の鱗を眺めて首を捻るも、何も思い浮かばない。ともすれば昨夜の悪夢がよぎってしまいそうになり、僕はブンブンと頭を振った。

 すると、その視線の先に。

「……夕菊さん?」

「え?」

 廊下を通り過ぎようとした見覚えのある姿に、つい名を呼んでしまった。重そうなカートを押していた彼女は、パッと手を離して目を見開く。

「な、なんで私を……! ど、どなたですか?」

「あ、えーと、すいません、僕は――」

「……あ。もしかして、昨日烏丸先生を訪ねてこられたお客様です?」

 覚えられていたらしい。一瞬ごまかすべきかとも思ったが、嘘も演技も苦手な僕は素直に肯定した。

「はい、そうです。竹田と申します」

「た、竹田さんですね。すいません、何か御用ですか? というか何故私の名前を……」

「その、書いてましたから。そこに」

「……? ああ」

 僕が指差した胸元のネームプレートに気づいた彼女は、すんなり頷いてくれる。その目からは、さっきまでの警戒は消えている様に見えた。

「本日はどうされました?」

「あの、実は烏丸先生に会いに来たんですけど……」

「あら。ですが、先生はさきほど別の先生に呼ばれて喫煙所に向かわれたばかりですよ」

「そうなんですか? 僕もさっき来た所なんですけど、すれ違っちゃったかな……」

 でも、もうすぐ夕菊さんとの約束の時間である。それまでには帰ってくることだろうし、なんなら実際に用があるのはその後だ。ここは怪しまれないよう、食堂で待機した方がいいのかもしれない。

 けれどそう思って歩き出そうとしたら、今度は夕菊さんに引き止められた。

「ええと……良かったら、烏丸先生の元へご案内しましようか?」

「え、いいんですか?」

「はい」

「でも、夕菊さんもお仕事中なんじゃ……」

「構いませんよ、リネン室なら喫煙所の先にありますから」

 薄い化粧の彼女は、控えめに微笑んだ。……こうなると、断ってしまうのは逆に不自然かもしれない。まさか、夕菊さんとの話し合いが終わった後の烏丸先生に会いたいなんて、とても言えないからだ。

「……分かりました。では、お願いします」

 僕がそう言うと、夕菊さんは笑みを深くした。あまり人と接するのが得意でない僕はそれが気恥ずかしくて、何気無くカートに目を落とす。

 中は、白いシーツがぐちゃぐちゃになって押し込まれていた。これだと運ぶのは大変だろうなと思った僕は、手を伸ばしてカートの持ち手を掴む。

「手伝いますよ」

「そんな、悪いです」

「先生の所に案内してくださるお礼です。気にしないでください」

「そうですか。では……」

 すんなり譲ってくれたのでホッとする。けれど改めて両手で持ち手を握り直した、その刹那。


 僕は、背後で夕菊さんが何か呟くのを聞いた。


「……」

 振り返ってみたけど、静かに笑う彼女と目が合うだけで。

「すいません。お願いしますね、竹田さん」

「……」

 はい、と返事をする。カートを押す手に目線を戻し、力を込めた。シーツがぎゅうぎゅうに詰まったそれは、やけにずっしりと重たかった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] 待って景清君。そのカートのシーツの下って多分あれだから! 絶対シーツ捲ったりしないでよ!? カートを何かにぶつけたりしちゃうのも駄目だからね!? 危ないから! 既に危ないけど! これターゲッ…
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