4 拉致
窃盗犯(実父)と集団拉致犯(緑の服の男含め五名)と銃刀法違反者(約二名)。現役警察官である阿蘇さんの心労が偲ばれる状況に、僕は一人茂みに隠れたまま震えていた。
「すいません、丹波刑事ですか? えっと、今みどりのまち公園に阿蘇さんと曽根崎さんと一緒にいるんですが、銃撃戦になるかもしれなくて……何なら既にちょっとなってて……いえ、内一人はツクヨミ財団の理事長なんですが……」
つっかえつっかえの通報だったけど、丹波刑事は理解してくれた。すぐに事情を知る警察官を配置し、いざとなれば応援に行けるよう手配するとの返答を貰う。ありがたさに頭の下がる思いだったけど、そもそもギロさんが田中さんの財布と石を盗まなきゃ良かったんだよな。曽根崎さんと阿蘇さんからすると身内のヤラカシである。
「さて、何から教えてやるとしようか」
銃を構えたままの田中さんは、唖然とする阿蘇さんの横で不敵に笑う。
「やはりまずは年上の権力者に対する礼儀からかな。いいかい? 基礎も基礎だが、名乗る代わりに発砲するのはご法度だよ。なぜなら相手も銃を持っているとは限らないからね」
「……」
「返事は『はい』」
「うわっ!」
だんまりを通すつもりだったらしいマスクの集団は、田中さんの不躾な銃弾に飛び上がった。めちゃくちゃである。
「何をする!?」
「何って、道理を知らない若者に教育を施そうとだね」
「何者だ!」
「さっきから何々煩わしいなあ。僕に聞くより、お手持ちのスマートフォンに搭載されたAIに聞いてもらったほうがまだ熱のある返答が聞けるんじゃないかい?」
「教えてやるとか言ったのはそっちなのに何を……!」
「お、また何って言ったね。君が小説家なら間違いなく減点対象だよ。それはそうと、僕の正体か……」
彼は銀縁眼鏡にかかる前髪をサッと払うと、拳銃を持ち直した。
「やっぱり君達から名乗るべきじゃないかな。種まき人のナニガシ達よ」
この一言に真っ先に反応したのは緑の服の男だった。そこでようやく阿蘇さんの顔に見覚えがあると気づいたらしい。慌てて車へ走り逃げようとする。
「逃がすか!」
だけどそうは問屋が卸さない。即座に反応した阿蘇さんが男に飛びつき後ろ手にすると、地面に組み伏せた。
まずかったのは、その一連の出来事に田中さんの注意が一瞬引きつけられてしまったことだ。
「ぐっ!?」
べちゃっという粘着質な破裂音と共に田中さんのくぐもった声がする。見ると、彼の顔面から真っ赤な血が滴っていた。
「田中さん!?」
「問題無い、ペイント弾だ! 僕のことはいいからアイツらを追って……!」
僕が飛び出した時には手遅れだった。田中さんの目が離れた種まき人はギロさんを連れ、一目散に車に乗り込んでしまったのである。特徴の無い白いワンボックスカーは急発進し、あっという間に他の車に紛れて見えなくなった。
「ギロさん! あああ、どうしよう……!」
「何たるザマだ……僕としたことが」
「大丈夫ですか、田中さん!?」
「まったくもって大丈夫じゃないね。僕のガラスのハートは粉々さ」
そうふてぶてしく言いながら、彼はグレーのハンカチで顔を拭う。それを見て「曽根崎さんからのプレゼント、気に入ってるんだ……」と余計な考えがよぎったが、急いで頭を振って自分もハンカチを取り出した。
「すいません、僕も助けになれればよかったのですが」
「丸腰の君に出しゃばられても困るだけさ。気にしなくていい。それより石は……」
「石は取り返せませんでしたが、車のナンバーは押さえて発信機を設置してきましたよ」
悠々と現れたのは曽根崎さんである。そういやこの人、途中から姿が見えなかったな。
「加えて田中さんの財布もまだギロの懐の中です。奴が身ぐるみ引っぺがされて海に捨てられない限り、石の行方を追えるでしょう」
「そうかい。ならば今周辺に集まっている警察に指示を出して向かってもらうとしよう」
「え、どうして警察がいるのを知って……」
「おや、ガニメデ君なら呼んでくれていると踏んでいたんだが、違うかい?」
……正しい。正しいけど、こうも読まれていると逆に恥ずかしくなってくる。多分苦虫を噛み潰したような顔になっている僕を置いて、田中さんは顎をしゃくってみせた。
「それに、情報源となりそうな男もテイ良く見捨てられたようだしね」
「あ……」
「離せ! クソッ、どうしてこんなことに!」
緑の上着を着た男が口の周りを砂まみれにして暴れている。もっとも、それを押さえる阿蘇さんは微動だにしていなかったが。
「往生際の悪い。そんなヒョロヒョロで現役警察官に敵うかよ」
「警官なら一般人に暴力を振るっていいのか!」
「むしろ警官のほうが暴力振るっちゃダメだわな。それにお前は一般人じゃねぇ、拉致の現行犯だ。こってり絞ってやるから今の内に観念しておいた方がいい」
「くっ……」
男は、しきりに目をつぶったり何かを口の中で呟いたりしている。もしかして呪文を唱えてるんじゃないかと曽根崎さんを見上げたが、彼は首を横に振った。
「大丈夫、何か起こるならとっくに起こっているはずだ。それに口の動きからして、あれは呪文じゃなく単なる懇願だろう。何に祈っているのかは知らんがな」
「な……! お前、呪文を知ってるのか!?」
突然矛先を向けられ、曽根崎さんはビクッと体を揺らす。口角が上がっているから本気で驚いたのだろう。でもハッタリだけは流石で、余裕のある仕草で頷いた。
「無論。それどころか私は呪文保持者の一人だ。本気を出せば、人間一人骨の髄まで苦しめて真実を吐かせるなど容易い。後悔したくなければ……」
「わかった! 話す、話すよ!」
あっさり折れた男に全員が驚いた。男は阿蘇さんに取り押さえられたまま、ふてくされたように鼻を鳴らす。
「こんなの全然楽しくないし。呪文保持者がいるってのも、俺が“俯瞰した”時は見えなかったしさ。でもちゃんと話したらすぐ解放してくれるんだろうな!?」
「態度と内容によるが……ま、君の言葉を聞く限り色々と質問せにゃならんようだ」
曽根崎さんは鋭く男を睨んだ。
「とはいえあまり時間をかけてもいられない。手短に済ませて石を追うとしよう」
「ああ、石に何かあってはコトだからね」
「少しはギロさんも心配してあげてくださいよ」
ブレない曽根崎さんと田中さんにツッコむ。だけど何故かいまいち僕の肩の力は抜けなかった。
無力化されているはずの男を見る。彼を取り巻く得体の知れない不穏に、僕の胸は無性にざわついていたのだった。





