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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
特別編2 神はポリバケツの中にいる
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9 とある店での会話

「――烏丸君の調査の結果、あの銀色の楕円体は別の事件で発見された物と同一だと判明した」

 難しい顔をした中年男性が言う。彼の名は六屋実成ろくやさねなり。植物学を専攻する准教授だったが、ある事件によってツクヨミ財団お抱えの研究者兼理事長付き秘書になった稀有な経歴の持ち主である。

「信者の人たちは財団で保護しているよ。といっても当時の記憶はイマイチ無いようだがね。一応カウンセリングは施すが、全員数日中には日常に戻れるだろう」

「ありがとうございます」

「いや、礼を言わなければならないのはこちらのほうだよ。極力彼らを傷つけないよう尽力してくれたのだろう?」

 労いの言葉に阿蘇は黙って頭を下げた。この短期間で、すっかりツクヨミ財団職員として板についた六屋である。真面目で堅い人柄ながら、環境に適応できる柔軟さを持ち合わせていたということだろう。

 それとも単に大学よりも水が合ったのか。つらつらと考える阿蘇の隣で、じれったそうに柊は身を乗り出した。

「で、六屋のオジサマ。結局あの銀色って何だったの?」

「ええと、阿蘇君。彼女にも話していいのかな?」

「どうぞ。柊はあのミートイーターを素手で引きちぎり、銀色の楕円体をコンクリにめり込ませた張本人です」

「なんという」

「そ! 遠慮なく言っちゃいなさいな!」

「そういうことなら……。もっとも、俄かには信じがたい話だがね」一息ついて、六屋は言う。

「烏丸君の言うには、あの銀色の楕円体はかつて人間の脳としての代わりを果たしていた可能性が高いそうだ」

「えっ……つまり脳があるはずの場所にあの銀色が入ってたってこと!?」

「ああ。それを踏まえた上で藤田君が得た情報――外見的特徴と名前から絞り込んでみた所、技井えだいワタルという契約社員に行きついた。しかし彼の勤める会社に問い合わせた所、海外に長期出張しているとの一点張りでね。確かな生存の裏付けは取れなかった」

「会社名は?」

「幸山バイオ研究所だったかな」

「ん? その名前……」

 ふと阿蘇の脳裏に白い箱のような外観の建物が蘇る。以前、兄である曽根崎が怪異案件として調査した無数の小指を生やしたバケモノ。あれを作っていたのも同じ会社じゃなかったか?

「技井君のご年齢は?」手元のグラスに口をつけ、更に藤田が問う。

「二十五歳と言ってたよ。君達が調査していた連続ゴミ人間事件の彼らと同じ年齢だ」

「つまり枝井君は、元の自分と似た姿の人を狙っていたんですね」

「ああ、烏丸君も同じ考察をしていた」

「んー、それにしたってなんで生ゴミを体に纏ってたんだろう」

 不思議そうな顔をする藤田に、六屋は言いにくさをごまかすようにテーブルを拭きながら答えた。

「……ポリバケツの中で一番多かったのは肉物だったと聞いたのだが」

「はい、間違ってないです」

「もし本当にあの物体が元人間なんだとしたら、だがね。偽物だろうが腐っていようが、肉を纏うことは本人にとってある種の気休めになってたのかもしれない。私はそう思うんだ」

「……だとしたら可哀想ね。他の人を利用したことは許せないけど、どんな気持ちでポリバケツの中にいたのかしら」

 柊は美麗な顔に確かな憂いを滲ませて息を吐いた。たとえ自分に危害を加えられかけていようが、彼女はこうして心を寄せるのである。

 だがこの話に同調しても発展性は無い。阿蘇はまた六屋に向き直った。

「ところで六屋さん、あの緑の服の男は何者だったんですか?」

「それが大変言いにくいんだが……逃げられてしまって」

「え!?」

 驚いた一同に、六屋は自分に全ての非があるかのように肩をすぼめる。

「彼の乗る護送車が事故に遭ったんだ。幸い怪我人は出なかったが、一瞬のスキを突かれ逃亡された。もっとも、あくまであの場にいた者達への名目は“保護”。わざわざその場で警察が追うほどの理由は無い」

「しかしそれは表向きの話です。逃げたとなれば尚更事件の重要参考人として見るべきでは?」

「無論。財団は引き続き、男の行方と背景を探るよう手配しているよ」

「でしたら現状できることは無さそうですね」

「そうなるな。懸命に事件を止めてくれた君達に対し、不甲斐ない結果となってしまったが……」

「いえ、男は妙な力を持っていると分かっていました。運転手に何か術がかけられた可能性も考えれば、俺がもっと注意喚起しておくべきだったと思います。むしろ誰にも怪我が無くて幸いでした」

 真摯に反省する阿蘇に、六屋は新鮮な驚きを感じたのか目をぱちぱちとさせた。

「……この歳になると、ついうぬぼれがちになるのだが」テーブルに置かれたメニュー表を端に寄せ、彼は呟く。

「あたかも自分は思慮深く、この世界の大抵を知っているのだと勘違いしてしまうんだ。それが財団に来てからというもの、常識そのものが根底からひっくり返されてばかりだよ。人知を超えた存在に、既存の知識では太刀打ちできないエネルギー……自分の存在が殊更矮小なものだと突きつけられている」

「お察しします」

「それでもできることなら、私はこんな事件に君達を巻き込みたくないと考えているんだ」

 真剣な言葉だった。六屋の良識は、阿蘇達が事件に関わることを心から憂いていたのである。

「……ご配慮感謝します、ですが、オレ達は大丈夫ですよ」

 彼のグラスに水を注ぎ微笑んだのは、藤田だった。

「こう見えて自分で選んできた道です。オレ達はオレ達の為に事件の解決を望み、必要とあらば関わることも厭いません。それが誰かを助けられるならもっといい」

「藤田君……」

「まあ今回みたいに記憶を寝取られかけるのはさすがに勘弁ですけどね」

「え、ねと……?」

「はい。阿蘇を寝取られかけまして」

「ほう……?」

「六屋さんの前だからって俺に成敗されねぇと思うなよ、ゲロ田」

「服にダイレクトアタックしてごめんね」

「ゲロのほうじゃねぇ、誤解を招く物言いをやめろっつってんだよ」

 いつもの調子の阿蘇と藤田である。明るくなってきた流れに乗ろうと思ったのだろう。六屋はポンと手を叩いた。

「そうだ藤田君、信者の人から聞いたよ。君、機転をきかせてゴミ神様の信者達を鎮静化したんだって?」

「え?」

 藤田の表情が固まる。けれど六屋は気づかず嬉しそうに続けた。

「元後継者に“なりきって”事態を落ち着かせたと。状況を鑑みるに、それが無ければパニックになってもおかしくはなかった。よくやったね」

「あー……いえ、そんな大したことじゃないですよ。洗脳には洗脳で対抗できるかなと思っただけです」

 藤田は目を伏せる。長い前髪のせいで表情は隠れて見えなくなった。

「一度精神の深い場所に穴を開けられてたりヒビを入れられた人ってのは脆いですから。オレはそこに付け込んだだけですよ。……決して褒められたことじゃありません」

「……藤田君?」

 六屋が思わず藤田に体を向ける。だが何かフォローしようとする前に、その瞬間は訪れた。

「お待たせしましたー! 牛タン五人前、特上カルビ四人前、ハラミ四人前、ホルモン二人前、ハツ二人前、ライス四人前です!」

 全員の視線が肉に釘付けになる。――そう、ここは焼き肉屋。威勢のいい声の店員の持つ大きな皿には、素晴らしい質の肉の数々が山盛りになっている。彼らの憂慮だったり何だったりは、一瞬のうちにかき消された。

「よーし肉が来ましたよ、六屋さん! じゃんじゃん焼きましょう! 食いましょう!」

「そうねナオカズ、せっかくのあぶく銭だもの! パーッと使わなきゃ損よぉ!」

「や、私はここでお暇を……」

「何をおっしゃいます、六屋さん。せっかくなので食べてってください」

「しかし阿蘇君……」

「大丈夫ですよ、お釣りが来るぐらい稼がせてもらいましたから。それでも気になるのでしたら、今後の兄に関する手間賃ってことでお願いします。焼肉程度じゃ割に合いませんが」

「ええええ」

「そうよそうよ! なんたってオジサマの分までライス頼んじゃってるんだから今更途中抜けはナシ! はい、ビール!」

「いや、そんな……! というか君達、あんな事件のあとでよく焼肉が食べられるね!?」

「あれは可哀想なお肉。こっちは嬉しいお肉」

「嬉しいお肉とはなんだろうか、藤田君!?」

 こうして、思う存分焼肉を楽しんだ四人だったのである。やはり最後は図太い神経がものをいうのだ。柊と藤田はごく自然な流れでべろんべろんになり、六屋のお腹をぽよぽよし始めた所で阿蘇によって鉄拳制裁された。

「よかったらまた飲みましょうね、六屋さん」

「ううむ……考えておこう」

 こうして、一つの曽根崎案件は一応の幕を降ろしたのだった。



 特別編2 神はポリバケツの中にいる 完

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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