5 邸宅
「あれ」
「うわ」
「まあ」
阿蘇が次に藤田と柊と顔を合わせたのは、とある邸宅の前だった。
「これで全員集まっちゃったわね。なんて偶然かしら」
「ここまで来りゃもう必然だろ。ゴミ人間と囁き男とフラフラ女……全員この家に入っていったのか」
「どういう繋がりなんだろうね」
一見したところ、それは見事な豪邸だった。だが手入れされなくなってから久しいのか、塗装が剥がれたり雑草が伸び放題だったりとあちこちにガタが来ている。とても人が住んでいるようには見えないが――。
「今、カーテンが揺れた」
家を覗いていた藤田が呟く。彼の言うには人影も見たとのことである。しかも二人三人ではなく、少なくとも十人以上はいたらしい。
阿蘇も窓に目を凝らしてみる。閉め切られたカーテンの向こうで、ゆらりと薄い影が揺れた。
「池賀さんは、ここに来る途中もしきりにゴミを漁っては服に突っ込んでたよ」思わず声を潜めながら、阿蘇は言う。
「柊、フラフラ女のほうは?」
「こっちはゴミを集めてる感じは無かったわね。まっすぐここに来てたわよ」
「囁き男のほうも同じ。でさ、阿蘇が来る前にちょっと調べてたんだけど」
そう前置きして、藤田は阿蘇にスマートフォンを突きつけた。そこに表示されていたのは、なんとも胡散臭いネット記事。
「何これ。『生ゴミハウスに近隣住民大迷惑』?」
「三週間ぐらい前の記事なんだけどさ。放置されている空き家に、ある日を境にぞくぞくと生ゴミを持ってくる人が現れ始めたんだって」
「……生ゴミをね」
「そう。で、ご近所さんと自治体と、ついでに家の権利者から目も当てられないぐらい怒られて、全員あえなく追い出されたってオチ」
その記事には、一枚だけ写真がついていた。顔こそ加工で隠されているが、五、六人が人目を避けるようにしてうつむき歩いている。その内、真ん中にいる一人は青いポリバケツを抱えていた。
「じゃあなんだ。この記事の奴らがここにいる奴らだと?」
「だとしたら、彼らはここを追い出されてもまた新しい根城を見つけてゴミを集め続けるだろうね」
「しかも怪しげなやり方で人をおびき寄せて……か」
無論、現段階では推測に推測を重ねているに過ぎない。とはいえ論理に破綻も無いのだ。ここに更に確かな裏付けを与えたいのなら、方法は一つだろう。
「俺、行って見てくるわ」
「あら、危ないんじゃない?」
「変に手をこまねいてるよりゃいい。警察の立場を利用して、近所から苦情が入ってるってカマをかけてみる」
「じゃあオレも……」
「お前は来るな、藤田」
「なんでさ」
「なんでも何も、あっちにゃ元“手足”の教団員がいるだろ。元“後継者”のお前が行ったら、色々面倒事を招きかねねぇ」
そうは言ったものの、元教団員だったはずの池賀の様子からしてその危険は少ないだろうと阿蘇は考えていた。記憶を改ざんされているのか、はたまた別の原因か。そちらはそちらで不可解だったが、いずれにせよ直接踏み込んで聞けばいい話である。
「……わかったわ」柊は神妙な顔で頷いた。
「でもアンタの身に何か起きてごらんなさい。すぐにボクらが突撃して、ペンペン草も生えないぐらい大暴れしてあげるから」
「焦土にする気かよ。爆発物かお前は」
「柊ちゃんは存在自体が眩いから焼夷弾かな」
「絶対止めろよ。これフリとかじゃねぇからな」
しっかり言い聞かせておいて、阿蘇は邸宅へと向かう。インターフォンを押してみるが、電気が通っていないのか反応が無い。仕方なく、ゴンゴンとドアを叩いた。
「すいませーん! 警察の者ですが!」
数秒、そのまま待たされ。やがて重たそうなドアを軋ませて、気の優しそうな女性が顔を覗かせた。
「け、警察の方? 何の御用で……?」
彼女はゴミを纏っていないようである。だが、背後から漂ってきたゴミの臭いが、この家に秘められた異様を何より証明していた。
「失礼します。こちらにお住まいの方ですか?」
「いえ、私はその……一時的に留守を預かっている者です」
「そうですか。居住者はどちらに?」
「旅行に行っています。戻るのは三日後になるかと」
いやにはっきりと返されたものである。つまりここで引き下がったら、三日以内に邸宅はもぬけの殻になってしまうのだろう。
「実は最近、こちらにゴミを纏った方が出入りしていると伺いまして」
「はあ」
「何か事情がおありとは思いますが、一度詳しい話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「……」
女性は浮かぬ顔である。けれど、意を決したように一度深呼吸をすると口を開いた。
「お断りします。これって強制じゃありませんよね? どうしても調べたいと言うなら、礼状を取ってきてください」
「おっしゃる通りです。しかし、何も中を見せろと言うわけではありません。不可解な行動を取られる理由を教えてほしいと申し上げているだけです」
「お答えする必要はありません」
頑なである。まるで池賀の時と同じ対応に、阿蘇はますます背後にある統一された組織への確信を抱いた。
「……わかりました。それでは、明日礼状を取って出直します」
だから彼は、賭けに出ることにしたのである。
「今回私が来たのは最終通告の為でした。あなた方は“ゴミ神様”を信仰する方たちですね? 違法に空き家を占拠し、訴えられればまた別の空き家に移り同じことを繰り返している。これは当然、住居侵入罪にあたります。礼状を取ることは容易い」
「……」
「ですが、今の所あなた方が人に危害を加えているわけでもないのです。事情を聞かせてもらえれば勘案しようかとも思いましたが……そう素気無くされるのであれば、話は別です」
阿蘇は一歩下がる。引き攣った表情の女性を注意深く観察しながら、一礼した。
「また明日、お邪魔します」
しかし次の瞬間、ドアの中から男の手が突き出てきた。それは阿蘇の腕を掴むと有無を言わさず引き倒し、中へ連れ込んだ。
「ああ、やっぱりあの時の警官だ」
むっと鼻につく臭いがする。恍惚とした声が耳に落ちる。
「こうなっては仕方ありません。あなたも、ゴミ神様の“候補”となっていただきましょう」
阿蘇の腕を握っていたのは、池賀だった。





