4 怪しげな行動
何から聞くべきか。阿蘇は怪しまれないよう、慎重に切り出した。
「ゴミ神様とは、あなたの信仰する神ですか?」
「信仰する神……ええ、いいえ、確かに信仰していますが、あの方は人ですので」
「人――では、あなたはゴミ神様という個人になりたくて、そのような格好をしているのですか?」
「なりたい、ではなく、なるのです」
強い口調に阿蘇は不審に思ったが、男は屈託無く笑っている。
「失礼ですが、お名前は?」
「池賀作郎といいます。職業は……今は派遣社員ですね」
「今日はお休みですか」
「シフト制なもので」
男――池賀が頭を掻いた拍子に、ゴミが落ちる。拾ってやろうと身を屈めた阿蘇だったが、池賀は異様な素早さでそれを回収した。
「どうされました?」
シャツの胸ポケットに押し込みながら、池賀は首を傾げる。まだ水分が残っていたのか、生地にじわりと染みが滲んだ。
「……あなたは以前、別の神を信仰していましたよね」阿蘇は、とうとう踏み込むことにした。
「教祖は行方不明になり、既に教団は解体されましたが。中には名前を変えて同信仰を続ける人もいるようです。あなたの場合は……」
「何のことですか?」
しかし池賀は。不思議そうな顔で阿蘇を見つめ返した。
「私は以前よりゴミ神様を信仰してきました。それだけではありません、両親も敬虔なゴミ神様の信徒です」
「では、生ける炎の手足教団という名を聞いたことも」
「ありません。人違いではないでしょうか」
……彼は嘘を言っていない。直感的に阿蘇はそう思った。
だがそうなると、兄のまとめた資料が間違っていたのか? いや、他にも元教団信者が関わっていることを考えれば、疑わしいのはこちらだろう。
聞きたいことはまだあったが、長く相手を拘束するのも剣呑である。ここは一旦引き下がることにした。
「念の為、ご連絡先を聞いても構いませんか? 最近似た事例が増えているのです」
「ああ、構いませんよ。えーと、060の……」
「ありがとうございます。これで質問は以上になりますが……」
「まだ何か?」
「ゴミを纏って歩けば、当然臭いを撒き散らすものです。ゴミ神様になる為とのことですが、公衆の場では周りの方への配慮をした行動をご協力できませんか?」
阿蘇としては警察としての念押しのつもりだった。しかし彼の言葉に、途端池賀の目の色が変わった。
「ですがそれは命令ではありませんよね!?」
突如大声を上げた男に少々驚くも、これぐらいなら職務質問の日常茶飯事である。阿蘇は頷いた。
「ええ、警察が強制することはありません。あくまでお願いです」
「ならば私が聞く義理はありませんよね!?」
「はい。ご考慮いただけたらとは思いますが」
「お断りします! ではこれで! 私は忙しいので!」
そう言い捨てると、池賀は人を押しのけるようにして大股で去っていった。といっても、実際は野次馬が進んで彼を避けていたのだが。
「……」
残された阿蘇は、奇妙な男の背中が見えなくなるまで目で追っていた。そこでようやく、自分のスマートフォンにメッセージが入っているのに気づいたのである。
阿蘇が池賀に職務質問をするのを少し遠くで見ながら、藤田と柊は自販機で買ったばかりのジュースを消費していた。
「うえー、ここからでもアセロラちゃんの味が変わっちゃいそう。なんで二人ともあのゴミの匂いが平気なのよ」
「嗅覚は他の器官に比べて順応が早いからね。慣れたんじゃない?」
「ヤダァ、ボク絶対お鼻にそんな可哀想なことできない。曲がっちゃったらどうしてくれんの」
そう言いながらジュースを飲む柊の背後に、近づいてくる影があった。
「――」
「え?」
振り返る。しかし影は既に野次馬に紛れようとしており、かろうじて緑色の上着の裾が見えたぐらいだった。
「……」
「どしたの、柊ちゃん」
「なんか……変な人が変なこと言ってきたわ」
「変なこと? なんて?」
「わかんない。でも……」
柊は耳元で呟かれた音を思い出す。形の良い目が、ぎゅっと縮まった。
「――あの男の言葉、シンジが使う呪文に似てた」
「……!」
急いで藤田は辺りを見回す。柊は彼の腕を掴み、黙って男の消えた人ごみへと誘導した。目立つ格好ではないが、特徴的な緑の上着ならすぐに見つけられると踏んだのである。
かくして発見した男は、また別の人の背後にいた。だがその人が怪訝な顔で振り返った頃には、男はまたも人の群れの中に消えようとしていた。
「……あの人か」
「ええ」
「柊ちゃん、体に異変は無い? 頭がふわふわするとか、体が重いとか」
「元気いっぱい」
「いっぱいか、良かった。じゃあただのいたずらなのかな……」
だが怪しみ観察する二人の前で、まさに“異変”が起こったのである。男が四人目の女性の背後で何かを囁いた時。女性は一度がくんとうつむいたかと思うと、ゆっくりと首を上げた。そして、ふらふらとどこかに向かって歩き出したのである。
柊はすぐさま藤田の服の裾を掴んだ。
「ちょっ……今の見た!? 何よあれ、絶対おかしいわよね!?」
「うん。偶然にして妙な挙動だったね。慎重に考えてみる必要が――」
「追うわ!」
「ちょっと待ってちょっと待って」
「なんでよ、早くしないと見失っちゃうじゃない!」
じれったそうにする柊を今度は逆に抑えつつ、藤田はじっと考えていた。――果たして、これは今自分たちが追っている事件と関係があるのか? だけど呪文のような言葉を人に囁く男と、何かを囁かれたタイミングで様子がおかしくなった女性。無視するにはあまりにも大きな違和感だ。
「ですがそれは命令ではありませんよね!?」
突然、大声が割り込んでくる。そちらを見ようとした藤田だったが、またしても柊が引き止めた。
「見て」
彼女が指差した先には、例の緑の上着の男。野次馬だけでなく道行く人すら足を止めてゴミ人間を見る中、なおも変わらず人の背後にピッタリとついていた。
「……アイツ、さっきの大声にチラともゴミ人間を見なかったわよ。おかしくない?」
「そうだね。普通は驚いて目が行きそうなものだけど」
「前もって知ってたんじゃないの? アイツがここで騒動を起こすって」
「え。つまり柊ちゃんは、緑の服の人とあの人は元々グルだって言いたいの?」
柊は自信満々にグーサインを作った。流石に少し論が飛躍しているように思わないではなかったが、もし本当に呪文や怪異が絡んでいるとすればありえない話じゃない。藤田は結論を出した。
「だったら突き止めよう。柊ちゃんは囁かれた人の後を追って。オレは緑の服の人を追うから」
「わかったわ。タダスケは?」
「メッセージを送っておこう。気づかれないよう、ゴミ人間を追ってって」
「タダスケの圧で尾行なんかできるかしら」
「無理かもしれねぇ……」
だがモタモタしていると見失ってしまう。阿蘇のスマートフォンにメッセージを残すと、二人はそれぞれのターゲットに向け急いだ。





