2 思うようにはいかないもので
嫌な胸騒ぎがした。教祖を潰し、忌まわしきあの教団は滅んだはずだ。なのに何故、今になって痕跡が見つかるのか。
一刻も早く答えが知りたかった。だから丹波と別れた阿蘇は、はやる気持ちのまま兄に電話したのである。彼の雇っているアルバイトは、教団と無視できない繋がりがある。今は確固たる裏付けが無くとも、なるべく早く情報を共有し対策を練りたかった。
しかし。
『――おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』
「クソ兄ーっ!」
そうだよな! アイツが休暇と決めた日に仕事の電話なんか取るわけなかったわな! 分かっていたとはいえ、阿蘇は床にスマートフォンを叩きつけたい衝動を堪えるのに苦労した。
「……」
しかし、こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。彼は深呼吸をすると、頭の中で手早く今の自分の業務についてまとめながら大股で歩き出した。曽根崎案件ということであれば多くの仕事がパスできる。それが良いことか悪いことかは、さておき。
(また色んな奴に借りができるが、仕方ねぇ)
こぼしかけたため息を飲み込む。それから阿蘇はスマートフォンに表示された直属の上司の名前を確認し、通話ボタンを押したのだった。
数時間後、阿蘇は曽根崎の持ちビルの真下に来ていた。
(とりあえず、俺一人でも動かねぇと)
拳を握り固める彼の頭には、一つの懸念事項が占めていた。幼馴染であり、生ける炎の手足教団の正式な後継者であった藤田直和のこと。一応破門されており既に資格は失っているのだが、彼の精神には未だ信仰の深い根が張っていることを阿蘇は知っていた。
(何故教団の元信者が複数人関わっている? 他にもいるのか? もしあいつらの目的が教団に繋がっていたら……まあ何にせよ)
――先手を打って叩いておけば、何も問題は無い。
幸い曽根崎の事務所には教団関係の資料もある。それらと照らし合わせればら騒ぎの元凶を追えるのでは考えていたのだ。
……考えて“いた”。残念ながら、その考えは事務所のドアノブを回した時点で脆くも打ち砕かれることとなる。
「あらぁ、タダスケじゃないの!」
ドアを開けた瞬間飛んできたのは、溌剌としたハスキーボイスだった。
「依頼かしら? 依頼ね! だって見ての通りの凶相がみじめったらしく歪んじゃってるもの。きっと陰気な事件を持ってきたに違いないわ!」
「……柊。なんでここに」
「今日はアンタんちで鮭のアルミホイル焼き練習させてくれるって話だったじゃない。忘れたの?」
「覚えてた。覚えてたけど仕事入ったって連絡したろ」
「あらやだ、メッセージ未読!」
賑やかな美女である。彼女との約束をドタキャンするのは申し訳なかったが、やはり今は事件優先だ。阿蘇はシッシと片手を振った。
「わりぃけど俺には仕事があるんだ。終わったら連絡するから、今日は帰れ」
「あら、ホントに曽根崎案件? なら手伝ってあげてもいいわよ。ボクってとってもお役に立つんだから!」
「えー」
「早く終わらせて、ボクに鮭のアルミホイル焼きを伝授する! ついでにシンジに払い込まれるはずだった報酬で焼き肉を食べに行く! ね、どう? 最高のプランじゃない?」
堂々と展望を語る柊に、阿蘇は腕組みをして考えていた。――案外、悪くないかもしれない。なんだかんだで怪異絡みの事件の経験も豊富だし、度胸はお墨付きである。共に行動できるなら心強い相手だ。
「……分かった。それじゃすまねぇけど協力してほしい」
「ガッテン承知! ボクに任せなさい!」
「でも一つ頼みてぇことがあるんだ。今回の件だけど、他の奴――特に藤田には秘密に」
「あれれぇ〜? おっかしいぞぉ〜?」
しかし背後から聞こえたよく知った声に、阿蘇は思わず両手で顔を覆った。
「これが新しい曽根崎案件? でもおかしいなぁ、どこか見たことがある人がいるぞぉ。なんでかなぁ?」
「……藤田」
「それとなになに……え!? ゴミ神様!? おいおいおいおいあの教団は他と掛け持ちアウトだぜぇ〜? もしやモグリかニワカかな!?」
「藤田ァッ!!」
勝手に資料を眺め回す藤田に、阿蘇は飛びかかる。だが爽やかなイケメンはするりと躱すと、距離をとってニィと笑った。
「こんな大変な案件持ち帰ってどうしたんだよ。曽根崎さんもいねぇのにさ」
「お前にゃ関係ねぇだろ」
「どうせまた一人で抱え込もうとしてたんじゃねぇの?」
口をつぐむ阿蘇に、藤田はやれやれと首を振った。
「マジでそういうのやめろってば。よく言うだろ? 一人なら恋人でも三人ならセフレって」
「何の話?」
「ごめん、何の話だろう。とにかくお前は一人じゃねぇってことだ」
藤田は、どんと自分の胸を叩いた。
「目を開けてみろ。周りに見えるだろ? 頼りになる仲間がな」
「仲間……」
「ちったあアテにしろよ。自分だけで頑張らねぇでさ」
「……そうだな。すまねぇ、俺としたことがつい忘れてたみてぇだ」
阿蘇は頷くと、藤田に微笑んだ。
「俺には頼れる仲間がいる――そうだな、柊!」
「オレは!?」
こうして、阿蘇の葛藤虚しく藤田含めた三人で調査することとなったのである。
「つーか柊、お前なんで鮭のアルミホイル焼きとか作りたいわけ?」
「あのね……佳乃がね、好きって言ってたの……」
「ああ……」
「てもボクが家で作ってみても……なんか鮭の火葬みたいにしかならなくて……」
「火加減から学んでいこうな……」
佳乃とは、柊が親しくしている女性である。





