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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
特別編1 僕とあなたの小旅行
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5 間の話

 晴れ渡る空に教会の鐘が鳴る。きっちりとしたスーツに身を包んだ僕は、結婚式に参列していた。

 ……誰の? 分からないけど、僕にとって親しい人には違いないだろう。

「知ってるか、景清君」

 隣に座る曽根崎さんが、微笑んで言う。

「ご祝儀の相場は、三万円なんだ」

 え、高くない? そう思った所で、パチッと目が覚めた。

「……夢?」

 見慣れぬ天井と壁の色。そうだ、僕曽根崎さんと旅行に来てたんだっけ。

 ぐいと伸びをする。案外スッキリと目覚めたものだが、まだ夢が続いている気がする。その理由ははっきりしていた。窓の外から、明るい鐘の音が聞こえるのだ。

 あれのせいで結婚式の夢を見たんだろう。結局花嫁花婿の姿は確認できずじまいだったけど、三条と大江ちゃんだったらいいな。正夢になれ。

 部屋を見回したけど、曽根崎さんはいない。多分、温泉か散歩だ。彼のスマートフォンが残されているのを確認して、手早く着替える。なんとなく、鐘の音の出どころを知りたいと思ったのだ。

 旅館の外に出ると、冷たく澄んだ空気が僕を迎えた。空はやっと明るみ始めたぐらいで、反対側には紫色の有明の月が浮かんでいる。

 鐘の音はかなり弱くなっていたけど、まだ耳に届いてはいた。えーと、多分こっちからだと思うけど……。

「うわっ」

「おや」

 けれど場所を突き止める前に、曽根崎さんとばったり会った。

「何してたんですか?」

「ちょっと散歩にな。あと、カップルで鳴らすと永遠に結ばれる鐘を見つけたからおもむろに鳴らすなど」

「カップルで鳴らすやつをアンタ一人で!?」

「一人でもそれなりに幸せになれるらしいから……。君も行ってくるか?」

「行きませんよ。っていうか、朝はやめません? おかげで僕、結婚式の夢見ましたよ」

「ハッピーそうな夢で何より。誰の結婚式だったんだ?」

「さあ。あ、でも曽根崎さんは出てきましたよ。僕の隣で微笑んでました」

「なんだその役」

「それで、ご祝儀の相場を教えてくれて」

「ふーん」

 曽根崎さんは、いつも通り淡々としていた。

「恐らくだが、本当に意味の無い夢を見たんだな」

 そんなことを話しながら、僕らは部屋に帰ってきたのである。さあ、スーツケースに荷物とお土産を押し込んだら、タクシーを手配してレンタカーショップに行かねばならない。今日も曽根崎さんを癒すため、僕は一肌脱いでやるのだ。




「♪ Alas, my love, you do me wrong,To cast me off discourteously……」

 気持ちよく走る車の中、全開の窓に腕を引っ掛けて曽根崎さんが歌っている。なんだっけ。グリーンスリーブスっていったっけか。

「歌詞が風に消されて聞き取れないんですけど、英語の歌ですよね。どういう意味なんです? 豊穣を願うとか?」

「いや、自分をフッた相手に未練たらたらで嘆き倒す歌」

「暗ァッ! なんでそんなの歌ってるんですか!」

「メロディが好き」

「ああ、ありますよね……わかります」

 たとえ歌詞が好みじゃなくても、メロディが好きならつい歌ってしまう。僕にも覚えがあることだ。

 涼しげな風を受けて、僕は軽くアクセルを踏み込む。知らない道だけど、僕らの他に車も無いので気軽に運転できるのだ。

「♪Greensleeves was all my joy.Greensleeves was my delight……」

 隣から流れてくる歌は、プロかと思うほどのいい声である。上手いんだよな、この人。聞き入っていると、ふいにぴたりと歌が止んだ。

「よし、ご要望にお応えして、グリーンスリーブスを君の母国語で歌ってやるとしよう」

「和訳って言ってくださいよ。一緒だろ、母国」

「♪おのーれーフりおってーからー、いてこーましーたるわーワレー」

「おっかない口調やめろ! もっと感情移入できる感じにしてください!」

「分かった。じゃあ…… ♪ずっとずっと愛してーいたー。そばにーいるだけで幸せーだったー」

「いきなりJ-POPみたいになった……。そういう情緒が安定しない所が、フラれる遠因になったのではないでしょうか」

「いてこましたるぞ」

「ひぇー(棒読み)」

 そして目的地に到着した。見渡す限りの高原にて、大小様々な牛たちがのんびりと草を食んでいる。山の空気はほのかに冷たく、いっそう爽やかだ。そう、ここは牧場である。

 僕は手入れの行き届いた芝生を踏み、曽根崎さんを振り返った。

「曽根崎さん、牛乳は好きですか?」

「そういう質問は来る前にするべきだと思う。まあ嫌いじゃないよ」

「じゃあソフトクリームは? すごく濃厚で、牛乳が直接殴ってくるレベルで美味しいらしいですよ! 牛乳っていうか、もう牛が!」

「牛が殴ってきたら大惨事だろうが。はいはい、楽しみにしてるなら早く行こうか」

「でも先に牛を見に行きましょうね! 牛見てのんびりした気持ちになって、アイス食べてステーキ食べて帰る!」

「君の一言に凝縮された人の業を見た」

 曽根崎さんを連れて、柵ギリギリまで近寄り牛を眺める。牛たちは、僕らや他の観光客のことなんかてんで気にせずはむはむと草を食べていた。パンフレットによると、少し向こうに行ってみれば馬やニワトリも見られるらしい。

「曽根崎さん。乳搾り体験と乗馬体験だったら、どっちがいいですか?」

「どっちか選ばなきゃいけないのか?」

「あ、そうですよね。できたらどっちもやりたいですよね……」

「断るという選択肢は無いんだな。なら、乗馬」

「え、意外です。曽根崎さんって乳搾り側の人間じゃなかったんだ」

「この選択で人類を二分するには、あまりにも大味過ぎやしないか?」

「世界は未曾有の危機により北半球と南半球に分断された。乳搾りしたい人類、そして乗馬体験をしたい人類に……!」

「全員勝手にすればいいだろ。つーかテンション高ぇな。もしかして酔ってんのか、君?」

 そういうわけで、次回は『曽根崎慎司、乗馬初体験レポート〜嘘だろ、あの暴れ馬が淑女のように!?〜』をお送りします。ご期待ください!

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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