1 癒しまくりツアー、開幕
『曽根崎慎司癒しまくりスペシャル豪華ツアー』――僕こと竹田景清が、雇用主である曽根崎慎司の疲労回復を目指して組んだ旅行プランである。曽根崎さんを癒し倒すことに特化しており、ゆえにこのツアーが終わった暁にはそれはそれはツヤッツヤした彼が見られるに違いないと確信していたのだが……。
「ドクターフィッシュに群がられてはしゃがない人、初めて見ました……」
「別にいいだろ、どんなテンションでドクフィと接しても」
「アンタこのお魚のこと、そう呼んでるんですか?」
いまいち曽根崎さんの反応は、薄かった。
(うーん、ドクターフィッシュはダメだったのかなー。角質と一緒に、曽根崎さんの疲労も食べ取ってくれるかと思ったんだけど……)
温泉街近くの土産物屋通りにて。僕は私服姿の曽根崎さんと並んでぶらぶらと歩きながら、考えていた。
(まあ曽根崎さんの疲労とかすごく食当たり起こしそうだしな。その辺ドクフィも気づいたのかも)
「おい、景清君」
(でもツンツンしてきて可愛かったなぁ。飼いたいけど、曽根崎さんの事務所に勝手に置いたら怒られるよね……)
「景清君!」
「あ、はい!」
「どうした? なんだか上の空だが」
「そんなことないですよ!」
訝しげな視線を、慌てて両手を振って否定する。……ダメだ、変に考えこんでたりしたら曽根崎さんに気を遣わせてしまう。ここは僕が先導して、曽根崎さんを癒し尽くさねば。
「曽根崎さん、こちら! こちら見てください!」
「なんだなんだ」
「温泉まんじゅうです!」
メモを握りしめ、いかにも老舗なお店の前にてふふんと胸を張る。僕だって、ちゃんと下調べはしてきているのだ。なんでもこのお店の温泉まんじゅうは絶品で、テレビで紹介された日には全国から注文が殺到したという。これなら味覚の鈍い曽根崎さんでも、胃袋がひっくり返るぐらい癒されるに違いない。
けれど予想に反し、曽根崎さんはキョトンと首を傾げるだけだった。
「なんだよ。食べたいのか?」
「あ、いえ! そういうわけでは!」
「すいません、これ二つください。……はい、すぐに食べます」
「あー! ぼ、僕が! 僕が払います!」
「これぐらいいいよ。ほら」
「うわああ、ふかふか……え、本当にいいんですか?」
「うん。あったかい内に食えばいい」
「あ、ありがとうございます!」
一応奢られることへの抵抗はあったけど、おまんじゅうの温もりには抗えなかった。近くにあったベンチに腰を下ろし、「いただきます」と一口かじる。ふんわりと広がる甘い餡子の味に、思わず顔がほころんだ。
「美味しい……美味しいです! 元々の美味しさもそうですけど、できたてを食べることでますます美味しいというか!」
「とにかく美味しいんだな。良かった」
「本当に美味しい……口が嬉しい……ずっと食べていたい……。曽根崎さん、これお土産にしませんか? 阿蘇さんや柊ちゃんにも食べてもらいたいです。あ、柊ちゃんに買ってくなら光坂さんのも必須ですよね。大江ちゃんもおまんじゅう好きかな。三条にも……」
「君が土産を選ぶとなると、ちょっとしたバーゲン並みの量になりそうだな」
「藤田さん好みのピリ辛まんじゅうって無いですかね」
「それはもはやまんじゅうなのか?」
曽根崎さんはというと、ぽいと口の中に放り込んで一口で食べてしまった。信じられない雑さだ。もっと味わってほしい。
「茶がうまい」
「流しこんでません?」
「そういやそろそろ三時か。晩飯はどうする? 旅館に戻ってもいいが、この辺りで食べてもいいよ」
「旅館のご懇意で、滞在を伸ばしていただきましたからね……。けど、夕食までお願いするのも申し訳ないような」
「事前に言っときゃ大丈夫だよ。金は多めに払ってんだ。引き換えに与えられるサービスなら、心置きなく享受すべきだろう」
「うーん……」
確かに旅館の夕食は魅力的である。かく言う僕も、昨晩はしっかり舌鼓を打ったし。あれだけ疲れていたら胃が受け付けないんじゃないかと思ったけど、御膳を前にした僕のお腹はしっかり空腹を訴えた。残さず食べました。
でも、今日はどうしようかな。僕はポケットに忍ばせていたメモを取り出し、おずおずと曽根崎さんを見上げた。
「えっと……僕、調べてきたんですけど」
「うん」
「ここ、すごく美味しい湯葉のお店があるみたいで……あと、焼き鳥屋にも絶対寄るべきって聞いて……地元の方々に人気の餃子店もあるらしくて……」
「……」
「食べきれなかったら、持ち帰り用に包んでもらいませんか!?」
「一通り食べ歩きするのは前提ってことだな。分かった」
「やったー!」
食べ歩きコース決定である。よかった、曽根崎さんに断られたらどうしようかと思ってたのだ。どこから行こうかな、やっぱ湯葉から始めて、焼き鳥で〆るべきだろうか……。
……いや、これ曽根崎さん癒しまくりツアーだったな。僕が癒されてどうすんだ。でも、しっかり動いてしっかり食べて、温泉に入ってしっかり眠る。これがツアーの大目標なので、食べ歩き自体は何も問題無いはすだ。……無い、よね?
「どーもー! そこのお兄さん方、人力車はどうですかー!?」
悶々と考えていると、元気あふれる声が僕らを引き止めた。曽根崎さんは無視して行こうとしたけれど、僕はつい立ち止まって振り返る。半纏を着たガタイのいいお兄さんが、日に焼けた顔いっぱいに笑顔を広げてぶんぶんと手を振っていた。
「人力車いいですよー! この辺りのおすすめスポットを、たった三十分でまるっと見られます! 今日は天気もいいし、写真映えしますよー!」
「おすすめスポット……」
「おい、行くぞ景清君。おすすめスポットは君が知ってるんだろうが」
「隠れ名所もお教えできます! ものすごく癒されるって評判ですよ!」
「ものすごく癒される隠れ名所……」
「何揺らいでんだ。早く行こう」
「でも、せっかくあんなに声かけてくださってますし。無視するのは悪いような」
「いいんだよ、向こうはそれが仕事だから」
「……」
「まだ何かあるのか?」
「……その……僕、人力車とか乗ったことなくて……」
「……」
「いくらですか」
「ありがとうございます!」
気づいたら曽根崎さんが車夫さんの所にいた。でも支払っていたのは一人分だったので、慌てて横から曽根崎さんの分も足す。ものすごい顔で見られたけど、未だにあの表情の意味が分からない僕である。うっかり一人分しか払ってなかったのを見られて、恥ずかしかったのかな?
「それじゃ行きますねー! 寒かったり暑かったりしませんか!? 気になることがあったら、何でも言ってくださいね!」
「はい! お願いします!」
「いいから早く出してくれ……」
案外高い視線にワクワクする。なんでか曽根崎さんは大変大人しかったけど、僕はもう人力車という非日常にそれどころじゃなかったのだ。





