88.殴る
「……キャロラインの婚約者だと?」
俺がそう言ったのを気になったのか、俺とキャロを何度も見比べる。すると
「ギャハハ! こりゃあ面白え! まさか、こんな仮面を付けた陰気な女に婚約者が出来るなんてよぉ! ギャハハハハ!」
俺の発言がそれほど可笑しかったのか、腹を抱えて笑うガルレイク。後ろではギリッ! と歯をくいしばる音が聞こえる……。
「はぁ、はぁ、可笑しすぎるぜ。それで、その陰気な女のこんや……ぐはっ!」
「ひゃあ!」
「こんな綺麗な女のどこが陰気だって言うだよ?」
俺はあまりの怒りに、ガルレイクを殴り飛ばしていた。ガルレイクの隣にいた女が、おれの殺気に当てられて座り込んで漏らしているが、どうでもいい。今はあの野郎を。
「痛。てめぇ、よくもやりやがったな!」
ガルレイク自身も殴られた事にキレて向かってくる。両手に魔力を纏わせて殴りかかってくる。
「おらぉ!」
確かに動きは速いし、あの魔力を纏った拳を受けたらひとたまりもないだろう。だけど
「なっ! くそっ!」
俺には当たらない。ガルレイクは殴りかかってくるが、俺が手で逸らしたり、避けたりするからだ。
右手で殴りかかってくれば、左手で逸らし、左フックで殴ってくれば、しゃがんで避けたりと、全く当たらない。その他にも蹴りなどもしてくるが、当たることはない。
「はぁ、はぁ、くそがぁ!」
「お前体力なさ過ぎるだろ。今までサボっていたツケだな」
まだ初めて10分も経っていないのに、ガルレイクはもう息が上がっている。全く訓練なんかはしていないんだろう。ずっと殴りかかってきているとはいえ、この程度で息が上がるんだから。
まあ、それでも、周りが言うほど強いのだから実際に才能はあるのだろうが。その才能に甘えて訓練をしてこなかったツケが今来ているだけだ。
「く、くそぉ! ちょこまかと! 逃げてばかりいないで来やがれ!」
ならお言葉に甘えて攻めさせてもらおう。多分手加減は出来ないがな。
「なら、いくぞ」
俺は一歩踏み出すと、ガルレイクの前に出る。10メートルほどの距離なら一歩で潰せる。突然目の前に現れた俺に驚いたのだろう、ガルレイクが一歩下がるが、逃がさない。
俺はガルレイクの首元を掴み逃さないようにする。そして、殴りまくる。
腹を思いっきり殴っては、腹を抱えるように悶えるところを顔面に膝蹴りをかます。その勢いで上がってきた顔を何度も何度も殴る。ガルレイクは逃げようとするが、俺が服を掴んでいるため逃げられない。
「ぐうっ! くそ、がぁっ! て、てめぇ、がはっ! ちょっ、や、やめ、ぐひゃあ!」
ガルレイクが何かを言ったようだが、俺には聞こえない。顔面の形が少し変わってきたような気もするが気にしない。
おれが延々と殴り、ガルレイクは少しでも離れようと、少しずつ後ろに下がっていたため、気が付けば壁際まで来ていた。
ガルレイクは足を生まれたての子鹿みたいにガクガクと震えさせ、顔は血や涙、鼻水など、色々な液体でぐちゃぐちゃになっている。何かを呟いているが、前歯が無いので聞こえない。
「これで終わりだ」
俺がそう言いガルレイクの襟元を右手で掴みながら、左手を思いっきり振り上げるのを見て、ガルレイクは首を思いっきり振るが、そんなのは無視だ。
ガリアンさんの頼みだからとかはもうどうでもいい。あんなに可愛いキャロを侮辱したこいつが許せない。
俺がそのまま殴りかかると、ガルレイクは涙を流しながら叫んでいる。そして俺は
ズドン!
ガルレイクの顔の横を通り過ぎ壁を殴る。俺の腕は壁にめり込んでしまった。……やべ、他人の家に穴を開けてしまった。怒られるかな?
いつの間にか俺は襟元を離していたようで、ガルレイクが、壁に背を預けてズルズルと座り込む。そしてジョロジョロと何かを漏らす。顔を見ていると、悲惨な顔で気を失っているようだ。
俺は無言のままみんなの元へ戻り、アレクシアから順に抱き締めていく。ふぅ〜、怒りに身を任せて、荒んでいた心が落ち着く。
そして最後にキャロを抱きしめた時に
「キャロは陰気な女じゃ無いからな。気にするなよ」
「……うん。レイにそう言ってもらえるだけで嬉しい」
ちゃんと違うって言ってあげないとな。あの言葉にキャロは傷つけられたのだから。
俺は1番長くキャロを抱きしめ、落ち着いてから離れる。アレクシアたちは少し不満気味で、キャロが少し勝ち誇っているが気にしない。触らぬ神に祟りなしだ。
「ガリアンさん、少しやり過ぎたような気もしますが、約束通り叩きのめしましたが」
「あ、ああ。ここまで圧倒的とは思わなかった。だが、ありがとう。これで少しは変わってくれたらいいのだが。後は私たちの力でなんとしていかなければな」
「はい、あなた」
そう言い寄り添うガリアンさんたち。こんな良い祖父母を持っているのになんであんなに反抗するのかがわからん。……あいつにしかわからない事もあるのだろうが。
「傷の方は気にしなくて良い。私の兵士にも水魔法が使えるものがおるからな。誰かおらぬか!」
ガリアンさんがそう言うと、外から兵士が入ってくる。俺たちの暴れていた音が聞こえていたのだろう。結構な人数が入ってくる。そして壁で気を失っているガルレイクを見て、みんなギョッとしているが。
「すぐにそいつらを連れて行け。女は外に出し、ガルレイクは治療をした後に部屋に軟禁していろ。目が覚めても、絶対に外へ出すな!」
「はっ!」
そして、素早く女とガルレイクを回収していく兵士たち。顔は色々な液体でぐちゃぐちゃで漏らしているガルレイクを見た兵士たちは少し顔を引き攣っていたが気にしない。
「今回は面倒事に巻き込んで済まなかった」
俺が連れ去られていくガルレイクたちを見ていると、ガリアンさんが謝ってくる。
「いや、気にしなくても良いですよ。俺もあいつの発言に頭にきていましたから」
「ああ、お前のような男がキャロラインの婚約者でよかった。これからもキャロラインをよろしく頼むぞ」
「はい、ガリアン枢機卿」
「くくっ、もう、私とお前はそんな間柄ではなかろう。普通に呼ぶが良い」
「わかりました。これからもよろしくお願いします、ガリアンさん」
そうして俺とガリアンさんは握手をした。今度は力を入れた握り合いではなく、本当に心から祝福してくれているように、自然とした握手に。
……ただ、話がこれで終わりではなかった。
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