65.借金

　俺はプリシアさんたちを庇うようにチャラい男の前に立つ。このまま引いてくれれば御の字なんだけど、そんなわけ無いよなぁ〜。

「おいガキ。邪魔するならタダじゃおかねえぞ？」

　そう言いナイフを構えるチャラい男。もう1人の男もナイフを構える。

「わ、私たちのことは良いので、逃げて下さい！」

　後ろでプリシアさんが叫ぶ。しかし、この状況を置いて逃げる訳にもいかないだろ。俺は顔だけプリシアさんたちへ向け笑顔で

「大丈夫だから下がってて」

　言う。でもプリシアさんは納得していないのか、何か言いたそうだ。そこへ

「痛い目をあわねえとわからねぇようだ、なぁ！」

　チャラい男がナイフを突き出してくる。だけどそんな遅い突きが当たるわけ無い。

　俺は、左側にずれるだけで躱し、左手でナイフを持つ右手の手首を掴み捻りあげる。

「ぐぅっ！　痛てててて！」

　チャラい男がナイフを離すまで捻りあげる。チャラい男の頭の位置ぐらいまで右手を捻りあげると、我慢出来なくなったのかナイフを落とす。そこで俺は手を離しチャラい男の腹を蹴り飛ばす。

「グヘェ！」

　そこへチャラい男と入れ替わるようにもう1人の男が迫る。この男はさっきのチャラい男より動きがいい。ナイフを振り下ろしては、横へ振り、すぐに手元へ戻しては突いてくる。

　動きは普通の人にしてはナイフを使い慣れているけど、やっぱり遅い。こっちは毎日最強の化け物(師匠)と訓練していたんだ。この程度遊びにもならない。

　俺はナイフを避けながら男の懐へ入り、顎を左手で打ち抜く。これで男は気絶する。

「な、何なんだよ、テメェは！」

「俺か？　俺はただの買い物客だ。それよりとっとと帰らないともっと痛い目に合わせるぞ？」

　俺がそういうと、チャラい男は歯をギリッと食い縛り、気絶した男を担ぎながら去っていった。

「お、覚えていろよ〜！」

　と捨て台詞を吐きながら。

　俺は男たちが去ったのを確認して後ろにいるプリシアさんたちの方へと向く。プリシアさんは泣き出してしまった子供たちを宥めながらも俺を見てくる。辛そうな顔をして。

「……申し訳ございません。無関係のあなたを巻き込んでしまって」

「別にいいんだけど……ん？　怪我してるよ？」

　俺がプリシアさんを見ると、右腕から血が出ていた。プリシアさんはその腕を隠そうとするが、俺はプリシアさんの腕を掴む。

「あっ」

「隠さず見せて下さい」

　俺が右腕を見ると……うわ、これは酷い。右腕に何かが刺さった様に穴が空いて血が止まらない。子供たちはそれを見てより大声で泣き出してしまった。周りもさっきから見てくるし。

　俺が屋台の方を見ると、チャラい男が蹴った時なのか、プリシアさんがぶつかった時なのかわからないが、屋台の一部が壊れて、釘が剥き出しになっていた。

　釘にも血が付いているので、それが刺さったのだろう。かなり痛かったはずなのにこの人は叫びもせずに俺の心配までしてくれて。

「だ、大丈夫ですから」

　その上まだ隠そうとする。そんなわけ無いだろうに。プリシアさんの顔色が悪いのが物語っている。

「いいから腕を出して。普通のヒールだと傷跡が残りそうだから。水魔法ハイヒーリング」

　俺は水魔法でプリシアさんの腕を治療する。俺の手のひらから青い光が出るのが不思議に思ったのか、子供たちも泣き止んでじっと見ている。……よし、これで傷は塞がったので

「ウォーター」

　血を洗い流す。

「他に傷は……無いね、綺麗な肌に戻ったよ」

　俺はリングから清潔な布を出しプリシアさんの濡れた腕を拭く。

「す、すみません。助けていただいた上に、治療までしていただき。……あの、その、治療費などですが」

「治療費？　ああ、別にいいよ。俺が勝手にやっただけだし」

「でも、それじゃあ、私の気が済みません！」

　とプリシアさんは言う。う〜ん、どうしようかな。本当に勝手にやっただけだし。

「それなら、屋台の野菜を貰おうかな？　これでどう？」

　俺がそう言うと、プリシアさんは何か言いたそうだったが、俺がこれ以上言わないのが伝わったのか、渋々ながら了承してくれた。

「本当にありがとうございます。みんな、袋に野菜詰めて」

「「「はーい！」」」

　そして子供たちが元気に野菜を詰めるのを見ながらさっきの奴らの話を聞いた。

　プリシアさんはこの道の裏にある小さな教会のシスター見習いとして働いているらしく、この子供たちは孤児だそうだ。プリシアさん自身も元々孤児だったらしく、その教会のシスターに育てて貰い、その恩を返すために教会を手伝っているとの事。

　元々小さな教会の上に、道の裏にあるので誰もこないため、孤児たちの食費だけでも何とか稼ぐ毎日を過ごしていたのだけど、教会そのものが古くなってしまっい雨漏れなども酷かったため、直すことにしたそうだ。その為シスターさんは金貸しにお金を借りたみたい。それがさっきの奴ら。

　そのシスターは安い金利で借りれると聞いていたので、その金貸しから30万ベルほど借り、月々返済していくという契約だったのだが、次に払いに行った時にはとんでもない金額に膨らんでいたらしい。

　シスターはおかしいと金貸しに言ったらしいが、金貸しはそんな事を聞いてくれるわけもなく、ただ返せとしか言ってこない。

　そして、契約書を見せられるとそこには、最初の契約の時には無かった、利子の増加の旨が書かれていたらしい。その為、借金は300万ほどまで膨れ上がり、毎月利子を払うだけで精一杯らしい。

　シスターも頑張って働いていたのだが、今は体調を壊し寝込んでいるそうだ。

「何でそんなところから借りたんです？　それに騎士には言わなかったので？」

「お金は他に貸してくれるところが無かったそうなんです。どこも渋られて最終的にそこしかなくて……。騎士には言ったのですが、全然対応してくれないんです」

　そう言い悲しそうに伏せるプリシアさん。うーん。いくら何でも怪し過ぎるぞ。金を貸してくれない金貸したち。唯一貸してくれた金貸しがヤミ金。騎士はなぜか相手してくれない。誰かにはめられたようだな。俺がそんな事を考えていたら、プリシアさんは

「……ごめんなさい。今日会ったばかりのあなたにこんな事を話してしまって。今のは全て忘れてください。すみません」

　と謝ってくる。俺は何か言った方がいいのか考えていると、

「お兄ちゃん、出来たよ！」

　と笑顔でメイちゃんが野菜を入れた袋を見せてくれる。この子たちを見ているとフィーリアを思い出すな。元気にしているだろうか。

「お兄ちゃん？」

「ああ、ありがとうね」

　俺がメイちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。そんな風に和んでいると

「レイ〜。そろそろ集合だってよぉ〜！」

　と少し離れたところからダグリスが呼ぶ。もうそんな時間か。

「わかった、すぐに行く！　プリシアさん、申し訳ないのですがもう行かなくては」

「あっ、いえ、こちらこそ無駄な話ばかりして申し訳ございませんでした。それと助けて頂きありがとうございました」

「「「ありがとうございました！」」」

　プリシアさんが礼を言うと、子供たちも揃って礼を言ってくる。偉いな。

「それじゃあ俺はこれで」

「あ、お、お名前を教えてください！」

　……そういえば言ってなかったな。

「失礼しました。俺の名前はレイ、レイヴェルト・ランウォーカーと言います。レイと呼んでください」

「はい、本当にありがとうございました、レイさん！」

　何とかしてあげたいけど、ここはナノール王国ではなくてアルカディア教皇国だ。他国の人間が余り出しゃばっても駄目だろう。俺はそんな事を考えながら、みんなが集まっている場所へと向かった。

「……レイさんかぁ」

　そんな呟きは聞こえないまま。

　◇◇◇

「それで、てめえらは、ソソクサと逃げてきたのかぁ！」

「ヒィ！　すみません兄貴。でもあいつ強くて！」

「ッチ、まあいい。どうせ今日だけだろう。そういえばあのシスターの教会には若い女とガキどもがいたな？」

「へい、いますがそれが？」

「てめえらで攫って来い。金が用意できねえんだったら、俺らで作ってやるよ」

「わ、わかりやした！」

　全く、上納金を納める日が近いっていうのに、役に立たねぇな。