56.力の差
俺たちの目の前にいる男。この男の容姿が、ヘレンさんから聞いていたある種族の容姿にそっくりだ。間違いで無ければ、この男は……魔族だ。
魔族の住む国、魔国テンペスト。アルカディア教皇国の西、レガリア帝国の北にある国。そして魔王が治める国。人数は他の種族に比べると少ないが、一人一人の能力がかなり高く、子供の時にある程度の能力を持ち、エルフには及ばないが、かなりの長寿をもつ種族らしい。
しかし、今はアルカディア教皇国やレガリア帝国と戦争をしているはず。なんでナノール王国に? しかも1人で。そう思うものの、俺たちは、魔族の男を見たまま動けない。この魔族の目的がわからない為、どうすれば良いか。そんな事を考えていると魔族の男が、
「う〜ん、困りましたねぇ。まさか見られるとは。あのお方からは見られないように行動するように言われていたのですが。う〜ん、どうしましょうか」
と、1人で考え込む。こちらとしてもどうすれば良いのかわからない。何故ここにいるか理由を聞きたいところだが、みんなを危険に晒すわけにはいかない。みんなも少しずつだが離れて行っている。直ぐに武器を出せるように構えながら。
俺も魔族の男から目を離さないように、少しずつだが、1番近くにいたエレアの元へ行く。そしてエレアの方を少し見ると……ん? 物凄く驚いた顔をしている。魔族を見たのが初めてだからか? 俺も初めてだが、ここまでの驚きは無かったな。どうしたのだろうか。
「エレア大丈夫か?」
「……」
「エレア! 大丈夫か!」
「……あ、レイ。うん大丈夫」
エレアはそう返すが、明らか大丈夫ではない。顔色が青くなっている。一体どうしたんだ?
「本当に大丈夫か? 顔色がかなり悪いぞ」
とエレアと話していると、
「よし、こうしましょう。あなたたちにはここで死んでもらいます。見られた人がいなければ問題が無いでしょうから」
と笑顔でこちらを見てくる魔族の男。その瞬間周りの空気が一気に変わる。まるで別の空間に移動したみたいに全く違う雰囲気だ。そんな風に感じる程、あの男から放たれる殺気。
ぐぅっ、なんて殺気だ。俺は師匠の殺気を今まで受けていた為、何とか耐えれるが、他のみんながやばい。この殺気に当てられて、みんな立つ事が出来ない。エマやレーネは過呼吸を起こしている。とにかくここから離れさせないと!
「みんな早く逃げるんだ! ダグリス、ケイト! 早くレーネとエマを連れて退がれ!」
と俺は叫ぶ。しかし
「ふふふ、そんなことさせると思っているので?」
と気がつくとエマの目の前にいる、魔族の男。手には禍々しい形をしたナイフを持っている。そしてそれをエマに振り下ろそうとする。そんな事をさせてたまるか! 俺は直様、身体強化を使い、魔族の男にロウガを振り払う。ロウガはナイフに止められたが、その内にケイトがエマを下がらせてくれた。
「中々やりますねぇ。しかし」
魔族の男がそう言った瞬間。
ぐはっ! 腹に鈍い痛みが走り、吹き飛ばされる。いつの間にか蹴られていたみたいだ。俺は木にぶつかり倒れ込む。ぐぅぅ、口の中に鉄の味が広がる。俺はそれを吐き出し、立ち上がる。身体付与でハイヒーリングをかけておく。これで腹の痛みも引いていくだろう。
直ぐに魔族の男を見ると、魔族の男がダグリスたちを追わせないために、エレアとバードン、シズクがそれぞれ、構えて対峙している。
「はぁあああ!」
そしてエレアが魔族の男にバルバトスを振り下ろす。岩を砕くような一撃を振り下ろすが、魔族の男はニコニコとしながら余裕で避ける。しかし、エレアは避けるのがわかっていたのか、直様手元に引き寄せて横薙ぎを放つ。しかしそれも軽々と避ける。だが、男の避けた先にシズクが移動し、腰に携える刀を一気に振り抜く。居合だ。神速の居合を魔族の男に放つ。
「なっ!」
しかし、その居合ですらも、魔族の男は軽々とナイフで受け止める。
「ふふふ、これは将来有望な子たちですねぇ。しかし残念ですねぇ」
と、シズクの右腕を掴んで、そしてナイフを
「やめろぉぉ!」
俺、エレア、バードンが向かうが間に合わない。そのまま魔族の男は、シズクの右腕に向かってナイフを振り下ろした。
「あ、あぁぁぁぁ!」
シズクはあまりの激痛に蹲り叫んでしまう。俺は雷魔法と風魔法を身体付与し、魔族の男に突っ込む。
「てめぇ!」
そして俺はロウガを叩きつける。男は少し驚いた顔をするが、これもナイフで受け止める。くそ、俺はかなりの力を入れているが、ビクともしない。そして男が腕を振るだけで、弾かれる。歴然とした力の差。まるで師匠と対峙しているようだ。
俺がそんなことを考えていると、魔族の男が俺を見ながら笑い出す。
「ふふふ、そんなに怒らなくても大丈夫ですよ。彼女の腕は切れていませんから」
と言い出す。俺は直ぐにシズクの右腕をみると……なっ! 確かに繋がったままだ。じゃあさっきのシズクの叫び声は何だったんだ? そして今も痛むのか、切られたところを抑えて蹲っている。あの叫び声は尋常ではなかった。確実に切り落とされた様な声だった。不思議に思った俺は、男の持つナイフを見る。
「わかりましたか? このナイフは魔道具でしてね、生き物を切っても、実際の傷はできないのですが、痛みだけを感じさせる事ができる物なのです。主に拷問用に使われる物なのですが、私の愛用でして」
と笑ってやがる。気味の悪い物を持ち歩きやがって。いざとなれば、俺の水魔法で繋げることが出来るが、今魔力を減らすわけにはいかなかったからな。
しかし、どうするべきか。この男の強さは計り知れない。実力は多分師匠に近いものを持っている。今は、遊んでいるが本気を出せば、太刀打ちは出来ないだろう。そんな事を思っていると、魔族の男が俺をじっと見てくる。なんだ?
「あなた。あなたから女神の気配がしますねぇ。もしかして女神の加護をお持ちでしょうか?」
と、聞いてくる。
「それがどうした?」
女神の気配っていうのはよくわからないが、バレているなら隠す必要もない。俺は正直に話す。するとまた男の雰囲気が変わる。さっきまでの殺気が、お遊びだった様に感じる程の物が放たれる。
「さっきまでは遊んでいましたが、あなただけは確実に殺しましょう。忌々しき女神の使徒よ。ここで消えるがいい!」
なんだよ女神の使徒って。そんな事を思いながらも魔族の男を見ていると、突然目の前から消えた。その瞬間首筋にゾクッと寒気がした為、俺は本能的に前に跳ぶ。
「ほう、避けますか」
と俺がいたところの背後から魔族の男の声がする。しかし、俺が振り向くと既に姿はなく、
「ぐはっ!」
俺は蹴り飛ばされる。蹴られた箇所はメキメキと骨が折れるのがわかる。ハイヒーリングを付与している為、回復はしていくが、痛いのには変わりがない。俺は直ぐに体勢を立て直すが、
「遅いですよ」
目の前に移動した男のナイフに左手を肩から切られる。
「がぁぁあ!」
あまりの激痛に叫びはするが、魔族の男から目が離せない。俺は痛みに我慢しながらロウガを振るうが、そんなものが当たるわけもなく、ロウガを持つ右手を切られる。
「……!」
最早声を出すことすら出来ないほどの痛み。そして首元を掴まれる。俺は地面から足が離れて持ち上げられる。
「これで終わりです」
そして、魔族の男のナイフが俺の心臓へと突き刺さった。
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