166.古き記憶
1月5日
ランウォーカー辺境伯領
レガリア軍
「くそっ! どうして剣聖が出て来た! 奴はこの時期はいないはずでは無いのか!? それにあなたの奇襲は必ず成功すると言っていたではないか!」
グレゴリウス将軍が机をドンッ! と叩き、ガルガンテに向かって怒鳴る。周りにいる他の副将軍たちもガルガンテを睨んでいる。テントの中は物凄く張り詰めた雰囲気をしているな。
今テントの中には、伊集院と獅童、遠藤さんに麻里ちゃんと香奈ちゃんに俺。それからグレゴリウス将軍を筆頭にレガリア軍の代表たち。それとガルガンテだ。
……斑目たちは帰って来なかった。ガルガンテと一緒にランウォーカー領の街に奇襲を仕掛けたのだが、敵に防がれたらしい。そして斑目たちは捕縛されたか、殺されたとガルガンテは言うのだ。
しかもそれが俺たち勇者組より年齢が低い少年にって言うから、グレゴリウス将軍たちもふざけるなと怒っているのだ。
俺たちの方も、途中までは上手くいっていた。雲梯も砦につけて味方兵士が登って来られたし。だけど、そこに先ほどの話があった剣聖の乱入のおかげで、レガリア軍の隊列は乱れて引く羽目になったのだ。
俺と伊集院も何とか退却する事が出来た。途中で獅童や香奈ちゃんたちが助けに来てくれなかったらヤバかったかもしれない。
「そんな事を言われても僕は知らないよ。僕も予想外だったんだから」
ガルガンテもグレゴリウス将軍の言葉に怒気を含めて返す。確かにガルガンテも予想外だったんだろう。今日の作戦を始める前は自信満々だったからな。
こんな張り詰めた会議の中
「失礼致します!」
1人の兵士が入って来る。みんなが一斉にそっちの方を見ると、入って来た兵士はヒィッと怯えた声を上げる。
「何の用だ!?」
「は、はい。ナノール側から使者が来ております。いかが致しましょうか?」
「ナノール軍から使者だと!?」
その事にグレゴリウス将軍が大声を上げる。確かにこの戦争が始まって使者が来るなんて初めての事だ。何の用なのだろうか。グレゴリウス将軍はここに通せと言う。
そして入って来た使者の言葉に勇者組である俺たちは顔を青くして、グレゴリウス将軍は怒りに震えていた。
使者から伝えられた内容は、レガリア軍の即時撤退。これが受け入れられなければ、レガリア軍の目の前で、捕縛した斑目たちの死刑を行うというものだった。
◇◇◇
「……ん! と……さん! ……てください!」
何か声が聞こえる。とても懐かしい声。
「はや……に……ん! 隼人従兄さん! 起きて下さい!」
「う、うぅん? ……うわっ!」
俺は誰かに起こされて目を覚ますと、目の前には黒髮のストレートで、可愛らしい顔立ちをした俺の従妹の顔が目の前にあった。
「うわっ! って酷いですよ! 隼人従兄さん! せっかく私が起こしに来たのに!」
「ははは、悪かったよ香奈。香奈みたいな可愛らしい顔が目の前にあったら、そりゃあ驚くだろ?」
「か、か、か、可愛いですか!? え、えへへ、隼人従兄さんに可愛いって。も、もう、そんな事より早く起きて下さい。学校に遅れますよ! えへへ」
そう言って部屋を出て行く香奈。俺は服を制服に着替えて、一階に降りる。洗面所で顔を洗ってからリビングへ。既にみんなが待っていた。
「おはよう、父さん、母さん」
「ああ、おはよう。隼人も早く食べろよ。遅刻するぞ」
「はい、おはよう。弁当はいつものところに置いてあるからね」
「うん。わかったよ。いただきます」
朝、香奈に起こされて、みんなで朝を食べるのが日課だ。それから俺と香奈は一緒に登校する。だって同じ高校だからな。
「隼人従兄さん! 傘を忘れています! 今日の帰る頃には雨が降るみたいですから持って行ってください!」
「おっ、そうなのか。サンキュー香奈。香奈は可愛いし、家事は得意だし、気配りは出来るし、香奈と結婚する男は幸せだな」
「な、な、な、な、な、何言っているんですか! も、もう! 隼人従兄さんの馬鹿!」
香奈は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そしてそこに
「カーナミッン! おっはよー!」
「ひゃあぁっ!」
後ろから香奈の胸を鷲掴みする女の子、麻里ちゃんがやって来た。おぉぅ。Dぐらいある胸がむにゅっと
「な、何するのよ、麻里!」
「何って朝の挨拶だよ、あ・い・さ・つ! ですよね隼人さん!」
「ははは。なんとも言えないけど、おはよう麻里ちゃん」
2人は中学の頃からの同級生。仲が良いため、何度か家にも遊びに来た事がある。そのため、俺とも知り合いだ。学校の後輩だし。
それから3人で学校まで行き、校舎で別れる。途中でこの学校一のイケメン君とモデルをしている女の子が香奈たちに、挨拶をしたりしていたな。
俺は教室に入ると、友人たちと話をしたりする。毎日退屈な授業を受けて、友人たち駄弁りながら昼ご飯を食べる。
そして終わりのチャイムが鳴ると、みんなそれぞれの場所へ行く。帰る人もいれば、部活に行く人もいる。俺は帰宅部なので当然帰るが。
「あっ、雨降ってる」
香奈の傘が無駄にならなくて済んだな。俺は傘をさして学校を出る。今日は香奈と麻里ちゃんはどこかに買い物してから帰るって言っていたから、今日は1人だ。
いつも一緒に帰らないと香奈が怒るんだよなぁ。母さんたちも安全の為に一緒にって言うし。だけど、香奈と麻里ちゃんはかなり可愛いから周りの男子たちからの嫉妬が半端ないのだけはやめて欲しい。イケメン君も俺の事を時折睨んでくるから。
おっと信号が赤だ。それにしても今日は何をしようか。家に帰って漫画でも読もうかな。それとも俺もどこかの店に行こうかな。
そう考えていたら信号が青になった。俺は渡り始める。ゲームも良いけど、どうしようか。そんな風に悩んでいたら
「いやぁぁぁああああ!」
と女性の叫び声が後ろから聞こえる。後ろを見ると立ったまま固まる女性。そこに信号を無視して突っ込んでくる車。女性はあまりの恐怖に動かないようだ。
周りの人も見ているだけ。誰も助けに行かない。このままだと! 気がついたら体を動かしていた。そして女性を突き飛ばして、俺は……
◇◇◇
1月6日
ランウォーカー辺境伯領
屋敷
「はっ! ……はぁはぁ」
俺は体を勢い良く起き上がらせる。周りを見ると見覚えのある部屋だ。ランウォーカー領にある屋敷の俺の部屋だ。左側にはフェリス、右側にはクロナが寝ている。エクラは俺の腹の上から転がり落ちたがまだ目を覚まさない。
「……なんであの時の記憶を今更」
俺がこの世界に転生するきっかけになったあの日の事。転生した当時は時折思い出していたが、ここ数年は全く思い出さなかったのに。何でだろうか。
「昨日の事で疲れているのかな?」
昨日の事とは、クロナとお風呂に入った後の事だ。お風呂から出た後リビングに向かうと、俺たちを見つけたアレクシアたちに捕まったのだ。
理由はクロナが顔を赤くしてお風呂を出たからだ。その事に俺がクロナに手を出したんじゃないかと疑われてしまった。
まだ、10歳の女の子に手を出すわけ無いと話しても信じて貰えず、2時間ぐらい正座させられて説教されてしまった。それから何故かみんなでお風呂に入ってクロナと同じ事をさせられたのだ。
1人ずつ、俺のあぐらの上に乗せて、愛を囁くっていう事を。そのため、俺は長時間お風呂に入る羽目になって、半分意識が朦朧とする程だった。ちゃっかり、クロナも入っていたしな。
でも、そのおかげでみんなの機嫌も治り、めでたしめでたしとなると思いきや、今度は誰が俺と一緒に寝るかという取り合いをしだしたのだ。性的な意味でなく、一緒のベッドに寝るのを取り合っていた。
最終的に勝ったのはフェリスとクロナの獣人コンビだ。あ、エクラが俺の腹の上という特別枠を手に入れていたな。
右手にクロナ、左手にフェリス、腹の上にエクラと、動けない上に、女性特有の甘い良い香りのせいで、中々眠れなかったけど、2人の耳をもふもふするのは気持ちよかった。2人も嬉しそうだったしな。
「ふぅ。何であんな懐かしい夢を思い出したのかはわからないけど、起きるか」
今日から俺も戦争に参戦する。朝から気合を入れていかないとな。
……この時はまさか再会するなんて微塵も思っていなかったが。
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