136.最強の店主
俺は先程までの怒りを忘れて厨房から現れた男性、レビンさんを見る。なぜこの店にレビンさんが? というよりレビンさんの格好が……。
服装はまあ、普通に休日のお父さんみたいにポロシャツに七分たけのズボンにサンダルとかなりラフな格好なのだが、その上にピンクのエプロンを着けている。そしてエプロンの真ん中あたりには、可愛らしいくまさんの刺繍がされている。
金髪のオールバックに筋骨隆々な男が、くまさんの刺繍がされたピンクのエプロンを着ているという事に少し驚いていると
「何だてめえは!? 黙って飯でも作ってれば良いんだよ!」
とプリシアを掴んでいる男が叫ぶ。その時にプリシアの掴んでいる腕を強く握ったのかプリシアの顔が痛みに歪む。
俺が再び男たちのところに行こうとすると
「てめえら、うちの従業員の手を離さねえとぶっ飛ばすぞ?」
とレビンさんが言い出す。その上、レビンさんの体から魔力が噴き出てバチバチと放電している。やばい、レビンさんもかなりキレている。そして次の瞬間
「ぐへぇっ!」
と男の気持ちの悪い声が聞こえる。レビンさんが一瞬で男の下に移動し、首を掴んだのだ。男は掴まれたレビンさんの腕を掴み、地面から浮いた足をバタバタと動かすが、レビンさんは微動だにしない。
男は少しずつ動きが鈍くなり口からは泡を吹き出す。顔は真っ青だ。そして
「ふんっ!」
とレビンさんに外へ投げ出された。……って自分の店の扉破壊してるんですけど!? レビンさんもやった後に気が付いたのか、あっ! て顔をしている。そして周りにいた取り巻きたちは「兄貴っ!」って叫びながら店を出て行った。
とりあえずは一件落着か? レビンさんがブツブツと何か言っているが。俺は先にプリシアの下へ行く。頭にはエクラも乗っている。
「大丈夫かプリシア?」
「レイさん。私は大丈夫です。でもフォナさんが」
そう言い、プリシアはフォナさんの方を見る。うわぁ、これは酷い。思いっきり殴られたようでフォナさんの頰が青紫に腫れている。
「フォナさん触りますね」
俺はフォナさんに一言言い頰に触れる。フォナさんは痛そうにするが、大人しくしてくれる。骨は折れてない様だ。歯も大丈夫だな。これなら普通のヒールでいけるか。
「少しひんやりしますけど、このままじっとして下さいね。ヒール」
「あっ」
俺はフォナさんの腫れている頰にヒールを使う。俺の手から青色の光が光っているのにフォナさんは少し驚いた様だが、そのままじっとしてくれる。そして数秒ほどで腫れが引いた。よし、綺麗な顔だ。
「これで大丈夫です」
俺がそう言うと、フォナさんは自分の頰をペタペタと触る。そして痛みがなく腫れもないのを確認する俺にお礼を言う。他のみんなは特に怪我をしてなさそうで良かった。プリシアの掴まれたところも少し手形がはいっているだけで、ヒールをすれば治った。
それからみんなは仕事に戻り、俺の隣にプリシアが立ったままで俺がレビンさんの方を見ると
「や、やべぇ。ヒルデに怒られる。どうすれば……」
と1人で扉の方を見てブツブツと言っている。そしてレビンさんは振り向きキョロキョロとする。何をしているんだ?
「おっ!」
「えっ?」
そして俺と目が合った瞬間声を上げる。な、何だ? レビンさんはそのまま俺の下まで来て、両手で頭の上のエクラを掴む。
「おおっ! エクラちゃん! 久しぶりに会って大きくなったなぁ! よしよし!」
レビンさんはエクラを抱え込む様に抱きしめうりうりとする。レビンさんは久しぶりにエクラに会えて嬉しそうだが、当のエクラは
「キュルッ! キュルルゥ!」
レビンさんの腕の中でじたばたと暴れる。まるでここから出せ! て言っている様だ。そして
「キュルル! ギュラァッ!」
……なんか初めて聞く鳴き声が聞こえた様な。その声に驚いたレビンさんはエクラを離してしまう。自由になったエクラは、レビンさんの方を向いて
「ギュラ!」
「うがっ!」
おおぅ! エクラが空中で一回転してレビンさんの顎に尻尾で攻撃した。モン◯ンに出てくる雌竜のサマーソルトの様な。
レビンさんは顎をさすりながら悲しい顔でエクラを見るが、エクラは無視しながら俺の頭に戻り、まるでレビンさんに触れられた痕跡を消すかの様に、俺の頭に体を擦り付けてくる。
その光景を見たレビンさんは、怖い顔をして俺の方に来て肩をガシッと掴む。ちょっ、痛いって!?
「よぉ、ボウズ。何でここにいるかは知らねえが、あの扉はお前が壊した」
急に何言い出してんのこの人は!? 自分がヒルデさんに怒られのが嫌だからって俺に罪をなすりつけようとして来た!
「いや、あれはレビンさんが……」
「お前がふざけた男をぶっ飛ばして扉を壊したんだ。いいな?」
と俺の方を力一杯掴んでくる。痛いって! 先程まで尊敬の眼差しで見ていた従業員たちも今では冷めた目で見ている。プリシアは苦笑いだ。
流石にこのままではらちが明かないので、実力行使に出ようかと思った時
「あ〜な〜た〜?」
とレビンさんの背後から冷め切った声が聞こえ、レビンさんの後頭部をガシッと掴む。その声にレビンさんは顔を真っ青にし、ぶるぶると震え出す。
「ひ、ヒルデ、帰って来ていたのか?」
「そうよ〜。それであれは何かしら? 私が店に入ろうとしたら突然男の人が扉を破って飛んで来て。何事かと思い中に入ってみれば、義息子でもあるレイ君に罪をなすりつけようとして。ねぇ?」
「いや、あの扉を壊したのはこのボ……「メリメリッ!」……お、俺がやりました!」
「ちょっと裏でお話しましょうか、あ・な・た? みなさんお騒がせして申し訳ございません。お詫びにみなさんに無料でパンケーキを一品提供させていただきます。レイ君もゆっくりしていってね」
ヒルデさんがそう言うと店の客は盛り上がる。そしてヒルデさんはレビンさんの後頭部をガッシリと掴んだまま、レビンさんを引きずり店の裏へと消えていった。プリシアも苦笑いしながら仕事に戻った。
……裏で物凄い音が聞こえるが俺は気にしない。エクラもそんな事は知らん! と言う風に無料で提供されたパンケーキをむしゃむしゃと食べているし。
今回はフルーツ盛り合わせではなく、ハチミツとバターという普通のパンケーキだ。エクラの口周りはハチミツでベタベタだけど。
エクラのベタベタになった顔を再び濡れタオルで拭きながら過ごしていると
「ごめんなさいねレイ君。迷惑かけて」
とヒルデさんがやって来た。隣にはプリシアもいる。
「いえ、大丈夫ですよ。それでこのお店は?」
ヒルデさんから話を聞くと、俺やエクラが王都にいるため、ヒルデさんたちも王都に住もうという事になったらしく、ただ住むのも面白く無いからと師匠協力の下、この店を建てたらしい。
レビンさんは調理担当で、ヒルデさんは食材調達や経理を取り仕切っているとの事。そして店も出来たので、従業員を探していたところに、丁度仕事を探していたプリシアと出会ったらしい。プリシアは知らない顔では無いし、即採用となったと言う。
従業員に女性が多いのもレビンさんのおかげらしい。まあ、あんな厳つい人がいればさっき見たいな馬鹿でなければ絡んでこないだろう。絡んで来たとしてもレビンさんが一蹴してしまうし。
裏では男もいるらしい。ただ、無理矢理女性に手を出そうとすればレビンさんの鉄拳が降るらしいので、付き合うとしても健全なお付き合いらしいが。
女性客が多いのもそれが理由と
「あの人料理が得意なんだけど、その中でもデザートが得意なのよ。それが女性には受けが良くてね」
だから客には女性が多いのか。昼の忙しい時には男性も来るらしいが、殆どはデザートを食べに来る女性らしい。
「キュルル! キュイ!」
そんな話をヒルデさんとしている間でも、ヒルデさんの柔らかそうな腕の中でエクラが嬉しそうに鳴いている。
「あら、エクラ。少し会わない間に大きくなった? 鱗の艶も良くなっているし。レイ君のところは楽しい?」
「キュルルン! キュッキュッ!」
「あら、メイちゃんとお話が出来るようになって、ハクちゃんって言うお友達も出来たの? 良かったわね!」
そんな風に親子の和やかな会話を聞きながらゆっくりとプリシアの終わる時間まで過ごしたのだった。
◇◇◇
「今度はみんなで来てね! エクラも余り我儘言っちゃダメよ?」
「はい、またみんなで来ます」
「キュル! キュルルウ!」
「店長お疲れ様でした」
「ええ、またねプリシアちゃん」
ヒルデさんに笑顔で見送られながら俺たちは光竜亭を後にした。……レビンさん壊れた扉のところから腫らした顔を覗かしていたが。
「しかし驚いたなぁ。レビンさんたちが店を作っているなんて」
「そうですよね。私も仕事を探しているところに丁度求人していたので、お店に入るとお2人がいたのでびっくりしましたよ」
そう言いクスクスと笑うプリシア。俺もつられて笑ってしまう。しかし、従業員のみんなは良さそうな人たちで良かった。プリシアも楽しそうに働いていたし。治安もレビンさんがいれば全く問題ないだろう。
「どうしたんですか?」
そんな風に考えていたら、プリシアが俺の顔を覗き込んで来る。
「いや、プリシアは可愛いなと思って」
「なっ!? なんで急にそんな事をっ!」
俺がそう言うとプリシアは顔を真っ赤にしてアワアワとする。俺はそんなプリシアの手を握って
「少し寒くなって来たから手を繋いで帰ろうか」
「……はぃ……」
消えそうな声で返事をするプリシア。それでもぎゅっと手を握り返してくれる。夜になりかけ星が出始める冬空の下。俺とプリシアは手を繋ぎながら帰路に着くのだった。
最強の店主は……。(笑)
評価等よろしくお願いします!




