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126.少女の過去

「ハクちゃん。熱いのでゆっくり食べて下さいね」


 そう言いプリシアはハクに熱々のおかゆを渡す。ハクはおかゆをスプーンで掬い、プリシアが熱いと言うので恐る恐る口に運び、そしてパクッと食べる。熱そうにしているが食べれるみたいだな。


「……おいし」


 ハクが感想を言うとプリシアはパァアと花が咲いたように微笑む。そしてハクの着替えを取りに行くと部屋を出て行った。汗もかいているだろうから、体を拭けるものと一緒にと。


 俺はその間、はふはふとおかゆを食べるハクを見ている。顔は無表情なのだが、美味しそうに食べている。さっきからスプーンが止まらないしな。そして


「おおっ、綺麗に食べたな。お腹空いてたのか?」


「ん」


 器の中は綺麗に食べ切っていた。プリシアは足りないよりかは、残っても良いように作っていたみたいだが全て食べ切ってしまった。こんな小さな体によく入ったな。着替えを持って帰ってきたプリシアはそれを見て物凄く嬉しそうだった。


 それから、ハクは服を着替えると言うので、俺は外に出た。プリシアも手伝うために部屋に残っている。流石に俺も中に残って手伝うわけにはいかないので、その間俺は、リビングで待つ事にした。エクラがいればじゃれ合ったり出来るんだがな。


 そんなこんなで待つ事1時間ほど。2階からプリシアとハクが降りてきた。ハクは昨日キャロが買った内の一つの白いワンピースを着ている。


「おっ、可愛らしい格好じゃないか」


「……んっ」


 俺がそう言うとハクは、少し顔を俯かせて恥ずかしそうにワンピースの裾をぎゅっと握る。プリシアはそれを見て微笑んでいる。可愛らしいな。それからハクは席に着いて、プリシアが飲み物を用意してくれている間にハクは


「……おにぃ、助けて、くれて、ありがと」


 とお礼を言ってくる。だけど


「そんなお礼を言われる事じゃ無い。家族を助けるのは当たり前だろ? これからはハクも遠慮するなよ」


「……ん」


 俺の中では家族とはそういうものだと思っている。みんなで助け合い支え合ってこそ、家族という家が立つのだから。


「体の調子はどうだ?」


「大丈夫、痛いの、無くなった」


「そうか。それは良かった」


 俺もハクが寝ている間にヒールをかけたりしたからな。効果があって良かった。体の傷はもちろん、頭痛も治まっているみたいだ。


 それからプリシアも戻ってきて、みんなに飲み物を配ってくれて、それを飲みながらまったりと過ごしていると


「……おにぃ……聞いて、欲しい……話ある」


 ハクは物凄く真剣な顔をして俺を見てくる。


「重要な話か?」


 ハクはコクっと頷き


「私の……事」


 と言う。ハクの事といえば、帝国にいた時の事か? だけど、それはハクのトラウマの筈。現に今も微かにハクの体は震えていて、プリシアが抱き締めている。


「……ハク。無理して話そうとしなくても良いんだぞ。辛いなら俺たちは無理に聞こうとは思わないし」


 だけどハクは首を横に振る。


「……話す。家族……なる為……必要……思う」


 そう言い決意を秘めた目で俺を見てくる。……仕方ない。そこまで決めているなら俺に言う事は無いだろう。


「わかった。だけど辛かったらやめても良いからな」


 俺がそう言うと、ハクは再び頷く。横でプリシアが物凄く心配そうにハクを見つめている。その中でハクはぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。それは俺たちの想像を絶する様な信じられない話だった。


 ◇◇◇


 私は物心がついた頃からそこにいた。周りは壁に囲まれて陽の光も当たらない様な場所。ジメジメとしていて虫も湧いている。そんな場所が私の全てだった。


 そこでは何百という子供たちが集められて、毎日格闘の訓練や他の技術を身につけるための訓練をさせられていた。負けると大人の人に殴られる。訓練に失敗すれば殴られる。そんな日々が続いた。


 そしてある日、その子供の中で数名ずつ私たちは集められた。


「お前たちには、次の訓練に入ってもらう。持ってこい」


 大人の人がそう言うと、他の人がどこからか籠のようなものを持ってくる。そして中を開けるとそこには、動物が入っていた。こんな可愛い動物をどう訓練に使うのだろうと思っていたら


「お前たちには、それらを躊躇いなく殺せるかやってもらう」


 そして次に渡されたのはナイフだった。その時の私にはそんな事は出来なかった。まだ、可哀想だと思う気持ちがあったから。でも、大人たちはそんな事は見逃してくれない。


 動物を直ぐに殺せた子たちは訓練に戻り、殺したけど、時間がかかった子は殴られ、私みたいに動物を殺せなかった子は殴られた上に


「きゃっ!」


 とある部屋へ連れてこられた。そして


「お前にはここで1日反省してもらう。こいつと一緒にな」


 目の前で私が殺せなかった動物にナイフを刺して、部屋に放置された。動物はまだ生きているのかか細い声を上げている。私がそんな動物を見ていると、大人の人は出て行き部屋を閉めた。その瞬間辺り一面が暗闇に包まれた。


 何も見えない中、聞こえるのは動物の小さな鳴き声だけ。私は何度も何度も扉を叩き、助けを求めたけど誰も来ない。真っ暗な中、私は泣き叫んでいた。


 ……次の日。私が部屋を出る時は、動物は全く動かなかった。


 そんな事を何度も何度も繰り返す内に私は動物を殺すのに躊躇いが無くなっていた。だって、もうあの部屋には戻りたく無かったから。


 それから対象が動物から魔物へ、そして人に変わるのにそう時間はかからなかった。


 どこから連れてきたのかわからないけど、ゴブリンたちを殺したり、今まで一緒に訓練してきた子供たちを殺したりと、毎日毎日色々な物を殺していった。


 だって、ゴブリンを殺さなければ、捕まって犯されるか食べられるだけだし、相手を殺さなければ自分が殺される。


 そんな事を続けていたある日、とある子供が私たちを集めてその場所から逃げ出そうと言い出したのだ。自分たちならここから逃げられる。そう言って。


 その言葉に子供たちはみんな賛成した。もうこんな生活は嫌だったから。


 そしてその計画は実行された。逃げようとする子供たちは今までの訓練を発揮し、次々と大人の人たちを殺して進んで行く。子供たちは喜び突き進んだ。ここを出れば自由になれる。そう信じて。


 だけど、そう甘くは無かった。そこに現れたのは


「ダメじゃないか、逃げ出そうとしたら」


 そう言い笑いながら子供たちを殺す若い男だった。子供たちが泣き喚いて懇願しても、それらを無視して笑いながら子供たちを殺していく。私たちは手も足も出ないまま、押さえ込まれたのだった。


「お手を煩わせて申し訳ありません、ガルガンテ様。しかしさすがはSランクですな」


「はは、別に構わないよ。お金はもらっているしね。ただもうすぐ別の依頼で行かないといけないから今日が最後だね」


「それはそれは。では最後に楽しんで行ってください」


 そしてその男は、私たちの前で、今回の作戦を考えた子供を笑顔で剣で刺し始めた。その子は何度も泣き叫んで助けを求めても止めずに、それどころか傷を治して、何度も何度も刺した。死なないように、でも苦しませるようにと。


 最後は子供の方が殺してと懇願するまでそれは続いた。私はこの時、最後の心が壊れた気がした。


 それから、大人たちはより厳しくなった。何か不審な行動をすれば殴られ、何か失敗する度に真っ暗な部屋に閉じ込められる。


 そして、ある時はよくわからない薬を入れられて、何人もの子が死んで行った。それは私にも入れられた。体中痛くて、血が吹き出して、苦しくて、とても辛かった。でも、ああこれで私も死ねるんだと思う部分もあった。だけど


「おおっ! あの薬で生き延びたぞ!」


 私は生き延びてしまった。薬のせいか、体の動きは以前に比べて良くなり、感覚も鋭くなった。今まで使えなかった魔法も使える様になり、成長速度もかなりあがった。その代償として、茶色だった髪の毛は色が抜け落ち白くなり目も赤くなってしまったけど。


 それからは、私だけ外に出された。私は初めて見る外にワクワクや感動は……しなかった。だって全部が白黒に見えるのだから。今までの部屋と何も変わらない。もう私の心は壊れて何も感じなかったのだから。


 ◇◇◇


「それから……何人もの人……殺した。だけど……ここでは失敗。それで……捕まって、今に……なる」


「……」


「……」


 俺もプリシアも声を出す事は出来なかった。戦いの最中、ハクの呟きで酷い事をされていたのはわかった。だけど、これは余りにも酷すぎる。プリシアも涙を流しながらハクを抱き締める。


「あの頃……痛かった、辛かった、いっぱい泣いた……生きてる意味……わからなかった」


「……ハクちゃん」


「……何度も……死にたい……思った」


「……」


「でも……」


「ハク?」


「死ななくて良かった……生きてて良かった……だって、おにぃ……会えた……から」


 気がつけば俺も涙を流していた。ハクも涙を流しながら俺を見てくる。


「さっき、目が覚めたら……景色……色……付いてた。綺麗……思った。いっぱい見たい……思った!」


「なら、色々な物をみんなで見よう! 俺たち家族で色々な物を見て色々な思い出を作って、これから一緒に生きて行こう!」


 俺とプリシアは、ハクを思いっきり抱き締める。俺たちはハクの心の傷を本当にわかってやる事は出来ない。ハクもそんな事は望んでいないだろう。


 それならその傷が少しでも癒せる様に、少しでもこれからの人生を楽しく生きれる様に、俺たちはハクの人生が色付く様に支えるだけだ。


 もう、ハクが嫌だって言っても、俺たちは離れてあげないからな。

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