117.寂しがり屋
朝食を終えた俺たちは、久し振りに学園へと来ていた。アレクシアが送ってくれた手紙以外でやりとりしていなかったからな。師匠に挨拶しておかないと。授業も全然出てないし。だけど
「まさか、あそこまで駄々をこねられるとは思わなかった」
俺がそう呟くとフェリスとエアリスが苦笑いする。その理由は、俺たちが家を出るときに起きた。
◇◇◇
「それじゃあプリシア。俺たちは学園に行ってくるから申し訳ないけど家のことお願いするね。それから3人は何も持って来ていなかったから必要な物を買いに行くと良い。お金は置いてあるから」
「何から何までありがどうございます、レイさん」
そう言い頭を下げるプリシア。うーん、恋仲になったのに何か距離があるというか。遠慮しているというか。このままじゃあダメだな。だから俺はプリシアの側により、耳元で頭を下げる代わりにあるお願いをする。すると
「えっ!? そ、そんな、みなさんが見ている前で!」
あたふたし始めた。フェリスたちは怪訝な顔をするが、俺はそれを無視して右頬を突き出す。プリシアはアワアワしていたけど、フェリスとエアリスの方を見てから、何かブツブツ言った後に意を決して
「あ、ありがと、レ、レイ!」
と俺の右頬にチュッとキスをしてくれる。それを見たフェリスとエアリスが「ああぁ〜!」と指差しながら叫び、プリシアは真っ赤にした顔を手で隠す。湯気が出そうなくらい赤くなっている。
他のみんなに比べて少し遠慮しているプリシアにはこれくらいが良いのだろう。俺も役得だし。すると両サイドからフェリスとエアリスが挟むように立つ。な、なんだ?
「プリシアだけずるいんだから!」
2人はそう言いながらフェリスが右頬に、エアリスが左頬にチュッとキスをしてくれる。今までフェリスは発表をしていなかったので、人前では出来なかったし、エアリスとも、そういう仲では無かったのでしなかったが、昨日の発表で吹っ切れたのだろう。俺はもちろん嬉しい。顔が緩んでしまう。
そんな事もありながらも家を出ようとすると
「あっ、ダメだよエクラちゃん!」
とメイちゃんの声が聞こえる。俺が振り向くと目の前には白い物体が飛んで来て、俺の顔面にへばりつく。これは
「キュル! キュルル!」
エクラが家から飛び出して来たのか。絶対離さないぞ! って感じで顔に力一杯しがみ付いてくる。甘えられるのは嬉しいが、息が……。俺は頭にしがみ付くエクラを何とか引き剝がす。
「プハッ! はぁ、はぁ。どうしたんだエクラ? メイちゃんたちとお留守番してくれないか?」
俺がエクラにそう言うが、エクラはイヤイヤ! と首を振る。終いには俺の腕を噛んでまで嫌がる。痛くはないのだが……。
「エクラちゃん! お兄ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ!」
そこにエクラを追いかけて来たのかメイちゃんがやって来てエクラを叱る。
「キュウゥ、キュルゥ」
「寂しいのはわかるけど、お兄ちゃんに言われた事を守らないと嫌われちゃうよ!」
「キュルルゥ! キュルゥ!」
「もうっ! そんな我儘言って!」
そして再び俺の方を見るエクラ。うっ。そんなうるうるとした目で見ないでくれ。連れて行きたくなるじゃないか。
「……エクラ。申し訳ないけど今日は家でメイちゃんと一緒にお留守番してくれないか? 師匠に学園に連れて行っても良いか聞いてくるから、な?」
俺がそう言うとエクラは渋々ながら「キュウ」と頷いてくれた。
「エクラちゃん、今日は私といっぱい遊んで寂しさを忘れよう!」
「キュルル〜」
「なっ! 仕方ないなぁ〜、って。流石の私も怒るよ!」
……俺は自分の目がおかしいのかわからなかったため目を擦ってみる。……えっ? どう言う事だ?
「なあ、メイちゃん。メイちゃんってもしかしてエクラの言葉が理解出来るのか?」
そう。先程から不思議に思っていたのだが、メイちゃんとエクラが会話をしているように見えたのだ。エクラが鳴き声をあげるたびにメイちゃんが話をして、メイちゃんの話を聞いた後にエクラが再び鳴き出す。まるで会話しているかのように。
「ん? そうだよ! 最近なんだけどエクラちゃんの声がわかるようになったの! エクラちゃんだけでなくて、ワンちゃんやネコちゃんもわかるよ!」
俺たちはメイちゃんの言葉に驚きが隠せなかった。まさかのメイちゃんの予想外の才能がわかった瞬間だった。
◇◇◇
「まさか動物の言葉が理解出来るなんてね」
「獣人族は、同種の動物の声なら何となくならわかるけど、内容までわかるなんて凄いわね」
エアリスとフェリスも驚いているようだ。俺もびっくりした。多分男爵領にいた頃に開花したのだろう。あの頃からエクラとメイちゃんは仲良しだったからな。
そんな驚きの事もありながら俺たちは学園に辿り着いたのだが。
「……なんだろう、この視線は」
「確実に昨日のせいよね。あれだけ大々的に発表したんだから、生徒たちが知らないはずは無いもの」
俺が周りの生徒の視線に気にしていると、エアリスがそう言う。やっぱり気のせいでは無かったか。街を歩いている時からこの視線はあったのだが、学園に入ってから露骨に増えた。
周りからはヒソヒソと声が聞こえるし。
「ちっ、なんであんな野郎とアレクシア様が婚約なんだよ。絶対俺の方がいいし」
「あのでかい乳を自由にしているんだよな。羨ましい」
男たちからはそんな声が聞こえ、
「カッコいいわよね〜。姫を助けるために自分から腕を切り落としたんだって」
「羨ましい〜。私も、私のために命を張ってくれる彼氏が欲しいわ」
「……えっ、俺はどうなるの?」
女性からはそんな声が聞こえる。……頑張れ彼氏よ。そして
「よく見れば可愛い顔してるじゃないのぉ〜! ああぁ〜掘ってあげたいぃぃ!」
「あちしは掘られたいわぁぁあ!」
……俺には聞こえない! 全く聞こえない! どうか同じ学年でありませんように。絶対に会いたくない!
俺は少しお尻を守りながらも校内を進み、学園長室へとやって来た。しかし少し様子がおかしい。扉をノックしても返事が無いのだ。何時もなら師匠が返事をするか、メロディ副学長が開けてくれるのだが、何も反応が無い。
「いないのかしら?」
「どうだろうか。師匠がいないといつもメロディ副学長がこの部屋を使っていたんだが。フェリス、匂いでわからないか?」
「うーん。元々が学園長の部屋だからね。いるかいないかまでは判断がつかないわ」
……仕方ない。このままじゃあ、らちがあかないので扉を開ける事にした。これで師匠が部屋の中にいたりしたら殺されるな俺……。
しかし、そんな予想とは別に、部屋の中は全くの無人だった。どこに行ったんだろうか。
「一体どこに行ったんだろうか」
そのまま部屋の中へ入った瞬間
「っ!」
喉元に強烈な殺気が突きつけられたのだ。俺は直様、体を後ろに逸らすと、目の前には銀色に輝くナイフが通り過ぎる。
そしてそのまま目の前に現れたのは、白髪赤目の少女だった。肌の色もかなり白い。しかも、服装はメイド服で。俺は不思議に思いながらも構えると部屋の奥から
「はい、そこまで。避けられた時点でハクの負けだよ」
と師匠が笑いながら出て来た。横ではプリプリと怒っているメロディ副学長もいた。……なんだこれ。
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