101.簡単な作戦
馬車を走らせること30分ほど。馬にはかなり無理をさせてしまったが、そのおかげで何とかゴブリンがやって来る前に辿り着いた。
門の前では、この領地の兵士たちがてんやわんやと慌てていた。ゴブリンの大群は既に目の前に差し掛かっているのに、まだ防衛の準備もしていない。何をしていたんだ?
そして俺たちの馬車が門まで辿り着くと、兵士たちはびっくりして剣を抜き出す。そんな暇は無いだろうに。
「な、なんだ貴様らは!」
「剣を収めなさい! 今はそんな事をしている場合じゃ無いでしょう!」
剣を構え馬車を囲もうとする兵士たちに向かって、アレクシアが凛々しく一喝する。以前にアレクシアが来た時と同じ兵士だったのか、アレクシアの顔を見た瞬間、驚いた表情を浮かべ敬礼する。アレクシアを初めて見る周りの兵士は、戸惑いながらも敬礼をする。
「こ、これはアレクシア殿下。ここは危険です! 直ちに避難を……」
「そんな事は分かっているわ! だから来たのよ。マングス男爵はどこ?」
アレクシアが、マングス男爵の居場所を尋ねると兵士たちは表情を暗くする。まさか……。
「もしかして逃げたの?」
アレクシアが恐る恐る尋ねると、兵士たちはみんな一様に頷く。自分が招いた結果なのに、領民を置いて逃げるとは。
マングス男爵は、ゴブリンの集団が来たのがわかると、領民へ避難などの指示を出すことも無く、側近と愛人を連れて先に逃げたそうだ。指示を出す隊長もこれについて行ったらしい。だから、何も準備出来ていないのか。
屋敷に唯一残っているのは、病で床に伏せている夫人と、その母親を看病する娘。二人のために残った侍女たちに、牢屋に入れられている家令だけらしい。後継の息子は、今年15歳で学園にいるらしい。フェリスと同い年だな。
家令が牢屋に入れられているのは、マングス男爵が起こした問題を色々と指摘したために牢屋に入れられているそうだ。
「同じ男爵家の人間とは思いたく無いっスね」
男爵家の子息であるケイトも苛立ちの表情を浮かべる。俺も同じ貴族の人間として腹が立つ。
「わかったわ。これより私が指示を出すわ。時間が無いからテキパキと動いてちょうだい!」
アレクシアがそれぞれの兵士に指示を出していく。俺たちはそれを見ているだけだ。
「どうする、レイ?」
とエアリスが聞いてくる。ケイトとエレアもいるようだ。俺はここから見えるゴブリンの大群を見る。ここに来てわかったのだが、俺たちの予想していたよりもゴブリンの数が多い。2千近くと思っていたが3千ぐらいになる。
ここから魔法を放っても良いが、よっぽど強力な魔法で無いと、焼け石に水だろう。かといって籠城戦をするにしても、兵士の数が少ない上に、3メートルほどしか無い塀だ。直ぐに壊されるか、乗り越えられるだろう。
そんな事を考えていたら、兵士たちへの指示が終わったのか丁度アレクシアがやってくる。
「どうなったアレクシア?」
「……ここで迎え撃つことになるわ」
……まじかよ。俺もエアリスたちも驚きの表情を浮かべる。この塀じゃあ保たないぞ。
「理由は、領民たちが逃げている間に、ゴブリンたちを私たちに釘付けにする為よ。今、1千人近い領民たちを、反対側にあるもう1つの門から荷物も持たせずに避難させているところだけれど、完璧に避難するまでもう少し掛かるわ。その間、ゴブリンたちを止めないといけない」
確かに、ゴブリンたちを止めずに逃げても、領民たちの速度では、直ぐに追いつかれるだろう。しかしゴブリンたちは3千近く。それに比べて俺たちは100人ちょっとしかいない。……1人30体倒したらいけるか? 俺がそんな事を考えている間に、アレクシアの話は進んでいた。
「まずは、領民たちが避難出来るまで、ここで耐え切るの。ゴブリンたちもまず目に入った人間を襲おうとする筈だから。そして領民たちが逃げ切ると、男爵領の魔法師に土魔法が使える人がいたから、土魔法で反対側の門を閉めてもらうわ」
ふむふむ
「そしたら、別の魔法師に上空に魔法を打ち上げてもらうから、その合図が上がったら、全員領地の中に入るの」
ふむふむ
「兵士たちには男爵の屋敷に逃げてもらい、私、レイ、エアリスで塀の上から1番強い魔法を放ちゴブリンたちを殲滅させる。ケイト君とエレアちゃんは逃げる兵士の援護を。屋敷の地下に逃げれば大丈夫だから」
アレクシアがそう言うとケイトたちも頷く。確かに今出来るのはこのぐらいだろう。色々と不安な事はあるが、何も無いよりかはましか。
屋敷に残っていた夫人たちには、俺たちが乗ってきた馬車を貸すことになった。これなら病で動けない夫人も避難出来る。
「でも、そんな魔法を放ったらこの街は壊滅状態になるぞ?」
「仕方ないわ。人の命には変えられないもの」
まあ、確かにな。この街も、人がいれば建て直せる。その人を守るために犠牲になるなら、建物も本望だろう。
「その方法で、全部のゴブリンは倒せると思うか?」
「全部は無理かもしれないけど、半分以上を倒せれば、あとは逃げるだけだと思うの。今日はなんとか耐え切り、逃げた分は後で討伐隊を組んで殲滅する。それがいいと思う」
「そうだな。無理して失敗するよりかはそっちの方がいいな」
俺がそう言うと、エアリスたちも頷く。俺たちが話しているうちに、門の前に兵士たちが集まっている。20人ほどは避難の方に行っているため、残りは90人ほどらしい。30人近くが塀の上に登り、弓や杖を構える。残りは、剣を構えて緊張した面持ちでゴブリンたちを見ている。
「ふふ、みんなそんな緊張しなくていいわよ。ここには8歳の時にオークの軍団100体近くを蹴散らした男がいるのだから」
そう言い俺の肩に手を置くアレクシア。エアリスも頷き、ケイトたちも同じような感じだ。そう言えば、アルカディア教皇国の時に、エアリスたちに暴露されたな。
俺はジロッとエアリスの方を見ると、エアリスその時の事を思い出したのか眼を逸らす。俺がそんなエアリスのほっぺを引っ張ると
「っ! いひゃい! いひゃい!」
と俺の手をパシパシと叩く。おお、もちもちしててよく伸びる。これはなんとも言えぬ感触。
「ちょっ、やめっ、はなしなしゃい! やめなさい!」
そう言い、エアリスは俺の頭にチョップをかます。痛っ! そんな思いっきり叩かなくても。エアリスは両頬をさすりながら俺を睨んでくる。
その横でアレクシアはクスクスと笑っており、ケイトは邪念を送ってくる。お前はいい加減エマと引っ付け。エレアはその間ずっとエクラの事を撫でていた。何気に可愛いのが好きだからなエレアは。
そんな様子を、周りの兵士たちは少し怒った表情で見ている。まあ、自分たちの命もかかっている戦いの前なのに、自分たちより年下の子供がふざけていたら怒りもするだろう。ただ、アレクシアの手前、怒ることが出来ないようだ。そんな風にじゃれていると
「アレクシア殿下! ゴブリンたちがやってきました!」
塀の上から兵士がそう叫ぶ。そう言われた俺たちは表情を変え、ゴブリンたちがやって来る方を見る。やっぱり多いな。先頭はゴブリンだが後方には色々といる。
横ではアレクシアがアイテムリングからツインベルを出し、エアリスは腰に下げているカゲロウを抜く。ケイトも二刀のナイフを抜き、エレアも背負っていたバルバトスを構える。俺もアイテムリングからロウガを出す。
ゴブリンども。ここから先は通さないぞ。
気が付けば昨日の投稿で本編だけで100話でしたね。普通に投稿していました。
今後も頑張ります!
評価等もよろしくお願いします!




