失った記憶の戻し方 1
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貿易路の封鎖は解除されていないが、それ以外は比較的平和な日々が二週間ばかり続いたある日のことだった。
季節はすっかり夏になった。
夏場はほとんどの貴族が社交を休むので、お茶会のお誘いもめっきり来なくなった。
ラザフォード公爵領で暮らすお義母様からお手紙が届いて、近いうちに遊びに行ってもいいかしらと聞かれたのでもちろんですと返信しておく。
セイディとドロレスが秋からはじまる社交シーズンに合わせてドレスを作らなければと言い出して、仕立て屋を招くことになった。二人とも、公爵夫人としての威厳を見せつけるドレスを作ると意気込んでいる。
……ドレス一つとっても「格」に合わせないといけないから大変なのよね。
ただ、わたしは王妃様に次ぐ身分であるため、比較的配慮すべきことは少ないそうだ。
もっと爵位が下の貴族となると、王妃様は上級貴族の令嬢や夫人のドレスとデザインがかぶるのを避けなければならないが、けれども趣が違いすぎてもいけないそうで、誰がどこでどんなデザインのドレスを注文したのかというリサーチまでしなければならないそうだ。
ドレスに関してはわたしは去年までお義母様に頼っていたので深く考えなくてもすんだのだが、今年からはドロレスやセイディの力を借りながら自分で判断しなくてはならない。
……教養は叩き込まれたけど、この手の暗黙のルールみたいなものにはまだ疎いから、気をつけないとね。
手配した仕立て屋は、古参貴族の間で評判のデザイナーを抱える店だった。
四十歳ほどの女性店主と、見本のドレスや布を抱えた男性が二人サロンに案内される。
サロンの中に見本のドレスがトルソーにかけられて並べられ、テーブルの上に見本の布が見やすいように並べられた。
「本日はお招きいただき光栄でございます、ラザフォード公爵夫人」
店主が上品に微笑んで優雅に一礼した。お義母様とも面識のある店主だそうだ。代替わりしてもラザフォード公爵家とのつながりが絶たれないことが嬉しいと言われる。
「さっそくですが、今年の流行はこのようなパフスリーブでございます。未婚の女性は五分丈、既婚女性は七分丈くらいで作られると上品かと」
店主が並べられている見本のドレスを指しながら教えてくれる。
ドロレスとセイディがデザインを確認しながら、店主にいろいろと質問をはじめた。
わたしはその間、テーブルに並べられている布の見本を確かめる。
光沢のある布が多い。今年の社交界では光沢のある布が流行するのだろう。
布を見ていると、店主と一緒に来ていた男性の一人が近づいてきた。
「今年の流行色はこのあたりでございます」
「そうなの? どうもありが――」
親切な人だなと、わたしが笑みを浮かべて顔を上げた時だった。
男の手がすっとわたしの顔の前にかざされる。
「奥様に何をなさいます‼」
セイディがいち早く異変に気付いて慌てて駆けてきたが、一歩遅かった。
目の前が真っ白に染まったと思った瞬間、意識が保っていられなくてぐらりと体が傾ぐ。
そのままわたしは、深い闇に飲まれていった。
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