対立(1)
ペドロは、森の中に入っていく。その足取りは早く、公生は付いて行くのがやっとだ。それでも、どうにか後を追って歩く。
百目鬼らのいた草原から、かなり離れたところでペドロは立ち止まった。既に、他の者たちの姿が見えない位置にまで来ている。
振り向くと、公生に向かい口を開く。
「君は、俺と行動を共にする気なのかい?」
「だ、駄目ですか?」
不安そうな表情で尋ねた公生だったが、ペドロは首を横に振った。
「いいや、君の好きにすればいい。だがね、俺と仲良くしていると、他の者たちから反感を買うよ」
「そうなんですか?」
「気づかないのかい? この島にいる人間は、三つの派閥に分かれてしまった。百目鬼さん、沖田くん、そして俺と君だ」
その言葉に、公生は疑問を感じた。沖田とは、あのヤクザの井川と揉めていた青年だ。たったひとり、自分の割当であるレーションと水を持って去って行ってしまった。
「沖田さんも派閥なんですか? ひとりしかいないですよ?」
「そう、沖田くんの派閥は彼ひとりしかいない。だが、それでも派閥には違いないね。現在、もっとも人数が多いのは百目鬼さんのグループだよ。彼のところに行けば、多数派に所属できるよ。ある意味では安心だ」
そう言って、ペドロはニヤリと笑った。
「民主主義の国は、多数決による選挙により指導者を選んでいる。今、この島で指導者を決める選挙が行われれば、百目鬼さんが当選するだろうね」
「そんなの、僕は嫌です。あの人は、信用できません」
公生が言うと、ペドロの顔に不思議な表情が浮かぶ。面白いものを見つけた、そんな雰囲気だ。
「ほう。良かったら、その理由を聞かせてくれないかな?」
「百目鬼さんは、僕たちに嘘を吐きました」
「嘘、か。だがね、君は嘘を吐いたことがないのかい?」
「ありません。僕は嘘が嫌いです」
「本当かい? 君は、これまでの人生で、一度も嘘を吐いたことがないと断言できるのかい?」
その言葉に、公生は違うと言おうとした。だが、すぐに自分の誤りに気づく。
考えてみれば、これまで何度も嘘を吐いてきたではないか。子供同士の付き合いで、思ってもいないようなお世辞を言ったことは一度や二度では済まない。
さらに、場の空気を乱さないため、自分とは違う意見に賛成したこともあった。
「すみません。嘘を吐いたことはあります。でも……上手く言えないですが、あの人の嘘はなんか違う気がします」
「そう、君の嘘と彼の嘘は異なるものだ。しかしね、注意すべき点はそこではない。百目鬼さんは、我々と会った時に何の躊躇いもなく偽名を使った。これは、偽名を使い慣れている人間でなければ、できないことさ。つまりは、人を騙し慣れているということだ」
そこで、ペドロはクスリと笑った。
「君の感覚は正しいよ。君は、百目鬼さんに嫌悪感を覚えた。言葉にはできないが、何か嫌だ……その感覚は、大切にした方がいい。君を救うことになるかもしれないからね」
「は、はい」
答えた公生に、ペドロは笑みを浮かべ頷く。
「君は、本当に素直だね。ところで、腹は減っていないかい?」
「えっ?」
言われてみて、公生は初めて自分の空腹に気づいた。
「食べられるうちに食べておきたまえ。今後、何が起こるかわからないからね」
そう言うと、ペドロはレーションの袋を開け食べ始める。
つられて、公生も食べ始めた。
◆◆◆
ふたりが森の中で食事をとっていた頃、百目鬼らは危険な相談を始めていた──
「しかし、あのペドロという人にも困ったものですよ。彼は、確実に何かを知っています。我々が、この島に集められた秘密を」
「確かに、あいつだけ格好が違いますからね」
永井が追随するように言い、井川も頷いた。
「そうだな。公生とかいうガキは、あのガイジンに付けば出してもらえると思っていやがるんだよ。バカな奴だ。ガイジンなんか信用できるかっての」
その言葉を聞き、百目鬼は悲しげな表情で溜息を吐いた。
「哀れなものですね。意志を持たぬ人間は、表面的な得に流れる。ペドロさんを信用したら、どんなことになるか……利用されて終わりですよ」
すると、それまで黙っていた小林が立ち上がる。
「あのガイジンが、何か知ってるのは間違いないんだな?」
「もちろんです。彼は、我々とは違う。明らかに、この島の秘密を知っている。我々が集められた理由も、ペドロさんなら知っているはずです。にもかかわらず、我々には教えようとしないのですよ」
答えた百目鬼の前で、小林は思い切り土を踏みつける。ドスン、という音がした。
「じれってえなあ。だったらよぉ、あのガイジンを探し出してボコッちまえばいいじゃねえか。そうすりゃ、何でも教えてくれるぜ」
「やめた方がいい。君は、さっき痛めつけられたばかりじゃないですか。この状況で、無理は禁物ですよ」
たしなめる百目鬼だったが、その言葉は小林のプライドを傷つけたようだった。その目に、凶暴な光が宿った。
「おい、なんだよそれ!? どういう意味だ!?」
怒鳴った小林に、百目鬼は穏やかな表情で答える。
「君は、さっきヘリコプターから出てきた男に撃たれましたよね。ゴム弾とはいえ、あれは痛かったでしょう。しばらくは安静にしていた方がいいですよ」
「るせえ! あんなもん、全然効いてねえよ! だいたいなぁ、あんな武器さえなければ、俺があいつら全員ボコッてやったんだよ! クソがぁ!」
喚きながら、小林は足元の土を踏みつけた。しかも、一度では終わらない。何度も何度も踏みつけている。
まるで、癇癪を起こした幼児のようであった。もっとも、小林は百八十センチを超える長身であり、ガッチリした体格だ。顔も凶暴そうであり、幼児の可愛げはない。
小林がなおも土を踏みつけていた時だった。突然、森の木々が微かに揺れ始めた。風もないのに、ワサワサと音を立て揺れていたのだ。男たちは、パッとそちらに視線を向ける。
同時に、木々の揺れは収まった──
「なんだ今のは?」
井川が不思議そうな顔で言うと、百目鬼が答えた。
「ペドロさんでしょうか。あるいは、あの沖田とかいう青年かもしれないですね」
「あのボクシング野郎か!?」
言った井川は、不安そうな顔で周りを見回した。だが、それらしき人影はない。
「今の、人が揺らしていましたよね?」
永井の言葉に、百目鬼も頷いた。
「そうですね。おそらく、ペドロさんか沖田くんか。あるいは、公生くんが命令されてやったのかもしれません。我々を脅かすつもりでしょうか」
聞いた途端に、小林の表情がさらに凶暴なものになった。
「ふざけやがって……上等じゃねえか! ガイジンもボクシング野郎も、俺が全員ボコッてやるよ!」
吠えた直後、小林は荒々しい態度で森の中へと入って行く。先ほどペドロが消えていった方向へと進んでいった。
その後を追ったのは井川である。
「ひょっとしたら、ガイジンとボクシング野郎が手を組んでるかも知れねえ。だから、俺も手伝うぜ」
そんなことを言いながら、井川は小林の後ろから付いていく。さらに、百目鬼と永井もその後を追った。
「百目鬼さん、どうします?」
永井の問いに、百目鬼は困ったような表情を浮かべた。
「争いになるのは嫌ですが、いざとなったら私に小林くんを止められるかどうか……」
そんなことを言いつつ、チラリと先行する小林の背中を見つめる。
その瞳には、冷酷な光が宿っていた。
百目鬼らの少し後ろを、ずっと無言で話を聞いていた柳沢が追っていく。彼の顔には、諦めきったような感情が浮かんでいた。




