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今はただ「この」己に掛けて −複数の加護と前世の「知識」を持つ俺は、親友勇者と離れアイデンティティを保つ−  作者: ダメ親父
第一章 追憶の中の旅立ち、秘密を共に

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出発に向けて

翌日。

特に酒が残る様なこともなく、スッキリと目覚めた。


湯を分けてもらい、部屋で頭と体を拭く。

今日は絶対に浴場に行く。

昨日、あれだけ歩いた上に戦闘をやったので、汗でベタついている。


人の汚れは皮脂って言うぐらいだから脂汚れ。

布で拭ってもあまり落ちない。

気分的にさっぱりはするけど、やっぱり石鹸で体を洗いたい。


アイツの知識の創作物では石鹸が高価だったりするが、俺達の世界ではそうでもない。

いい匂いがする硬い石鹸はやっぱりお高いが、ほぼ無臭のバターの様な硬さの石鹸は、普通に買えるお値段だ。

レンガサイズの物で銅貨二枚とかで売っている。


ちなみに材料は、タロウオックスという牛の脂だ。

ファットブルという魔物が普通の牛と交雑した種を、繁殖させて家畜化したものになる。


ファットブルは皮下脂肪がとんでもなく厚く、大きさも普通の牛より倍近くデカくて、雄しかいない。

ちなみに牛の癖に肉食。


単体で常に移動していて、牧場に侵入すると雄牛を食い殺し、雌に子どもを産ませ、雌と交わるとその場を縄張りにする様になる。

生まれた個体はファットブルと交雑種のほぼ半々で、雄はファットブルとして生まれる率がやや高い。


タロウオックスは、ファットブルとは違って普通に草食。

アイツの知識ではオックスとは去勢された雄牛だが、雌もまとめて同じ呼び名だ。

雌は乳牛として飼育されていて、雄は気が荒いため去勢され、食用の他に皮革製品にしたり、その分厚い皮下脂肪から油をとったりする。

肉質は普通の牛と比べて固いので、煮込み料理にされる事が多い。

油は獣油としては珍しく常温では固まらなくて、石鹸だけではなく、灯火用、食用と多用途に使われているメジャーな油だ。


話を戻す。

身支度を終えると、鞄にタオルに包んだ石鹸と着替え一式、折れた剣と歪んだナイフを放り込み、宿に併設されている食堂に降りて朝食を取った。

今朝のメニューは野菜と燻製肉のスープと麦粥。

ちなみに昨日は燻製肉ではなくて、腸詰めと野菜のスープと黒パン。


食事中の最初の話題は、姐さんとの飲み会の話。

夕べ、二杯目に手が付く頃にはアーネスも普通に飲んでいた。

「楽しかったな、今度は二人でも飲もうぜ。」

とか言っているので余程、酒の場が気に入ったのだろう。

多分だけど、酒そのものはどうでもよさそうだ。


食事をしながらワイワイって経験は、俺達にはほぼない。

強いて言うなら年二回の雨季明けのお祭りで、小遣いを貰って、皆で屋台を回るのと感覚がちょっと似てた気がする。

俺は父さんも母さんも、どちらも生きていた頃は誕生祝いをしてもらったけど、アーネスは生後間もなく院に引き取られたらしいから、ああいった場は初めての経験だっただろう。


一般的に成人の祝祭の前日は、お祝いとしてちょっと豪華な食事をするらしい。

けど院では母さんが食後に祝いの言葉をくれて、皆にお別れの挨拶をしただけだ。

祝祭の後に荷物を取りに戻るので、直ぐに顔を合わせるのがわかっているからちょっと気まずかった。


院では誕生祝いもしない。

母さんが新しい古着を上下一枚買って贈ってくれるけど、それだけだ。

それにそれだって、院の下の子達にお下がりとして渡って行くから、当然だが手元には残らない。

今着ている服と着替えが二枚。

祝祭の朝に渡された院の母さんからの贈り物。

その他は下着以外、自分達で稼いで買った物だ。

それが悲しい訳じゃない。

院にいる間、毎年見てわかっていた。


むしろ少しでも早めに冒険者に登録したり、街の清掃作業の手伝い等で金を稼ぐ事で、院を出た後に少しだけ楽が出来ると皆に示せたという、小さな誇りがある。

というか、何故今まで冒険者や小遣い稼ぎをやる人がいなかったのかが不思議だ。

母さんに冒険者に登録する許可を貰う時、前例がないって言われたけど、「許可を出した」前例なのだろうか。


アーネスの嬉しそうな顔を見ていて、ちょっとだけ感傷的になっていた。

その気分を切り替えて、今日の予定に話題を変えた。


今日はまず役所に出向き、マローダさんにムカデ退治に出る事を伝える事にした。

場合によっては、何日か泊まりになる可能性があるからだ。


その後、鍛冶屋に寄ってから協会に行き、報酬の受け取りと依頼の手続きだ。

それが終わったら公衆浴場に行って、依頼の為の買い出しをして、宿に戻ったら装備品の準備だ。


この辺りは一年を通して温かい。

年二回、一月近く続く雨季が来る。

新年直ぐの雨季が明けると気温が上がり、暑さが収まるとまた雨季がきて涼しくなる。

とはいえ汗だくになるほど暑くはならず、せいぜい汗ばむ程度。

防寒着が必要な程寒くはならず、せいぜい半袖が長袖に替わる位だ。

寒がりの人でも上に薄手の物を一枚羽織る程度。


今は年明けの雨季が終わって一月ほど。

暑くも寒くもない時期だが、野営は避けたい。

魔物はもちろん、虫系の魔物やそれ以外の毒虫も出るからだ。

虫除けは必須だな。


アイツの知識にあるカヤの木に性質がよく似た、ウーガという低木があって、それが防壁の内側に等間隔で植えられている。


燃やした煙が虫除けになるので、市街門や防壁の篝火にその枝を足して使われている。

冒険者も時折、数本枝を折って行く事がある。

俺達も少し折っておこう。


後はキアナの葉も買っていこうと思う。

これはミントに似た性質の草で、香りはアイツの知識の通りだが、食べると山わさびの様な辛味がある。

繁殖力の強さもミントと一緒。

ハチやアブ、アリ、カメムシ等を避けられる。


他の虫避けもあるのはある。

でもそれらは詳しくないし、ムカデを遠ざけるかもしれないから、討伐に行く俺たちは使えないだろう。


「後は何が必要かな。」

俺の問い掛けにアーネスはちょっと考えて、

「俺は思い付かないから、姐さんや協会の人に聞いてみよう。」

と返して来た。

なるほど、それが良さそうだ。


「それじゃ、行きますか。」

話しながら食べ終えた俺達は、先ずは役所に向かうべく席を立った。

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