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エンテの鷹 -震電、異世界の空を征く-  作者: 神風 翼
第壱章 異世界の空へ
3/8

空の島

敵機を撃墜した鷹山はスロットルを落としながら墜落現場付近を旋回する。


二機目は三〇ミリの集中砲火で真っ二つになり操作不能のまま雲へと消えていったからまだいい。

問題は直撃と同時に雲の中に姿を消した一機目だ。


もし操縦士が生存していれば再度攻勢をかけられかねない。

だからと雲の中に入って確かめようにもあの視界の悪さ、まともに確認など出来るはずもない。


彼は再攻勢を警戒し何度か墜落現場付近を周回し、墜落したんだろうと判断すると視線を別方向へと向けた。


その視線の先には先程攻撃を受けていた陸攻の姿。

彼はある程度の距離を開けたその機を追いかける形でスロットルを押し出した。


発動機エンジンが唸り回転数を上げる。

プロペラピッチを加速に合わせ調節し加速する。


高度三〇〇〇で発動機エンジン自体が完璧ではないが加速性はまずまず。

機動性も先程の空戦では十分とも感じるが、やはり粗自体は無くなっていなかった。


カウンタートルクによる傾きは最大加速時以外でも強く感じる。

高揚力装置フラップの位置が未だに悪く戦闘位置でも機首下げの動作発生。

噴射燃料濃度の調整不足に、全力稼動による油温過昇。


飛べた事に感動してはいたが、やはり試作機の域を出ないな、等と思いつつ陸攻の横へと向かう。


スロットルを落とし並ぶ形で速度を落とす。

が、追い越しそうになった所で追い越さないギリギリの速度に調節すると機首が落ち始めた。


前翼失速。

震電の揚力構造として主翼と前翼両方で揚力を得ており、前翼の揚力は主翼と比べて小さいが故に先に失速する。

こうする事で機首を先に降下させる事で加速を得ながら復帰できるように設計されている。


彼は前翼が失速した事を知ると速度計を見ながらスロットルを少し上げ速度を上げ安定させた。

速度の上昇と共に機首が上がるのを見てホッとしながら、そこまで低速な陸攻に驚きつつ既に通り過ぎた機に視線を向ける。


主翼には大した被害は無く発動機エンジン自体も問題なく回ってる。

それに対して胴体中央部は余りにも酷い。


上部旋回機銃座は破壊されボロボロ。

集中砲火を受けて銃痕だらけで痛々しく飛んでいるのがやっとの様にも感じられた。



よくこんな被弾と速度で飛んでいられるなぁ等と感心する傍ら、それ以上に彼には違和感を感じずにはいられなかった。



機体形状は本来の陸攻通り葉巻型の胴体に中翼配置の主翼、前方のガラス配置の機首と陸攻のそれである。

だが本来二〇ミリ機銃が単装の筈なのだが何故か尾部機銃座は三連装化されている。

壊れた上部旋回機銃座の位置もだいぶ後ろで前方銃座も連装化がされており、さらに不思議なのは国籍章である円形章。


おや、と思った鷹山は通り過ぎてしまった震電の操縦桿とスロットルを操作し大きく旋回。

陸攻の上を通り過ぎる形で周り、さらに後方三〇〇メートル前後から並走する形でゆっくりと距離をつめる。


本来の円形章国籍マークは国旗を円状にした物。

日本は赤い円の縁に白というのが基本だったはずだ、と鷹山は思い出す。


だがこの陸攻の国籍マークは少し違っていた。


白の縁取りはほぼそのままだからまだいい。

だが赤い円の外円部は円の部分から八つに分割され、まるで旭日旗を簡単に円形章にしたようであった。



今思えば、とスロットルを下げながら先程戦った敵機を思い出す。


遠目から見てP‐38だと確信していたが、あの機体に機銃座などあっただろうか、と。

いや資料には単座戦闘機だったと思いながら、もしかしたら仕様が変更された機体もあったんじゃないか、と。

半信半疑ながら、今更ながら本当にP‐38だったんだろうかと不安になってくる。


所詮テストパイロットでしかない。

実戦を経験していないが故にそういう点での知識に自信が無かったのもあったのだろう。


何かがおかしい。

降伏したはずなのに敵機と交戦している。

陸攻だと思えば少し違う。



あっているようで間違っているかのような不思議な現象に頭をかしげながら、また機首が落ち気味なのを悟り彼はスロットルを再度上げた。






 ―――






もはや人の形をしていないかつての機銃手に飛行用の厚手の上着を被せ手を合わせ、黙祷をささげる。

自分を、自分たちを守る為に命がけで戦った彼に感謝しながら。


黙祷を終え後ろに居た云峡に目を向ける。

怪我はハンカチによって止血され、むしろこちらを不安そうに見ている彼を見てもっと自分を大事にしろと叫びそうになり、その言葉を飲み込んだ。


同時に所々にある窓と開けられた銃痕から外をちらりと見やる。

そこには本機横を並走するあの機の姿があった。



「あの機はやはり……」

「間違いないかと」



独り言のつもりで呟いたその言葉に云峡は律儀に返してきた。

外政補佐官として優秀なのはいいが、優秀すぎるのも考え物ではないかなんて考えてしまう。


だがそんな彼と内政補佐官の亜峡あきょうのおかげで、両親の死後ここまで国を支えられてきたのも事実。

悪い事を考えてしまった、と首を小さく振りながら云峡へと向き返り声をかける。



「云峡、ありがとうございます」

「当然の事をしているまでです、どうぞお気になさらず」



が、云峡にそう無表情気味に返されてしまう。

視線を前に戻しまたもや顔をしかめてしまった。


ただそんな云峡の怪我が大丈夫なのを見て、彼の先にある操縦席へと顔を向けた。

彼もその視線を察し体を片方へと寄せ私に手を貸してくれた。

それに合わせ側面に付けられている網状のつり革に手を掛けながら不安定な機内をゆっくりと歩を進める。


そんなに距離は無いはずなのに狭く動いているとここまで歩きづらい物なのか、と思いつつ操縦席付近の壁に手をかけた。

上面ガラス張りであるが一部カーテンがかけられ、その下で方位磁石を片手に机に地図を広げていた一人は直ぐにこちらに気づく。


操縦手ではないが故に前以外を見れるからか、こちらを見て飛び上がるように立ち上がり頭を打ち付けて苦悶の表情を浮かべる。


その光景に操縦席にいる操縦手二人はクスクスと笑い私もくすり、と笑みを浮かべる。

私は「あわてる必要は無いぞ」と言うと彼は小さく「ハイ…」と返し顔を赤くしつつ申し訳なさそうな表情を浮かべた。


合わせるように窓ガラスの外――機体の真横を飛んでいる機がゆっくりとこちらを追い越した。



今まで見てきた飛行機と違い、主翼とプロペラが後ろにある不思議な機体。

そして機体の胴体側面に描かれた円形章は、見紛う事無くあの『ヒノマル』。


ここでまた異世界の、しかも同じ国の飛行機がこうも現れた事に何とも言えない運命のような物を感じる。


そんな中、頭を未だに押さえている兵士に通信機の送信マイクを借りてあの機体に目を向けた。

対して彼は通信機械を弄りイヤホンを外しスピーカーへと切り替えこちらに視線を向ける。


私はそれを見てマイクに言葉を向けた。



「大和乃国、みかど神代彩音かみしろあやねと申す、そちらの所属を答えよ」

≪…こ………?……ら…………機!……と…………!≫

「…っ!」



が、帰ってきたのは大音量のノイズと爆音とも取れる途切れ途切れの言葉であった。

その音に云峡も通信機を前にした兵士の彼も目を点にしながら耳を押さえる。



「っ何だこの出力!?…失礼しました…!」



彼はそう言うと機械を再度弄り調節を始めた。

最初はノイズばかりの言葉であったが、徐々に機器を調節するに辺りノイズは徐々に小さくなっていく。


再度彼がこちらを向き直ると共に先程と同じ言葉を繰り返す。

相手はその行動に合点がいったのか、相手は…恐らくではあるが同じ言葉を返してきた。



≪失礼しました、こちら海軍所属機の鷹山と言います≫



その声に兵士たちは「海軍?」と疑問符を上げる。



それもその筈。


現在大和乃国において海軍籍たる浮遊戦艦群はその殆どが航空機に駆逐されてしまっている。

残された僅かな戦艦は各浮遊船湾口部での防衛についている数隻と建造途中で航空機に対抗できないとされ中止された弩級戦艦の船体のみ。

他は戦闘が主任務ではない輸送艦ばかりが現状である。


第一戦闘機の所属は空軍の所属であり海軍部の航空機は一機もいないのだ。



だがその言葉に私と云峡はやはり、という表情になる。

すぐさま操縦席にいる兵士たち全員に他言無用である事を伝え通信機に普段とは柔らかな口調で再度言葉を投げかけた。



「海軍…ということは大日本帝国海軍籍と見てよろしいでしょうか?」

≪…とりあえずそうだが……逆に聞かせてもらいたい≫

「なんでしょう」

≪…『ヤマトノクニ』…とはどういう事でしょうか?≫



その質問に彼女は数年前、実の父親が通信機片手に『かの英雄』に話をした内容を鮮明に思い出しながら言葉を継げた。



「そのままの意味です。

我が国『大和』……貴方の居た世界には存在しない国の名です」

≪世界?存在しない……?いったいどういう………≫

「ここは貴方にとって異世界とでも言うべき場所なのです」



その言葉に操縦席に居る兵士達も、相手である彼からも困惑とも混乱とも取れる空気を受け取る。


それもそうだろう。

私だって突然相手に「ここは異世界だ」と言われて混乱する自身はない。


そんな中、戸惑う相手を他所に通信機のスピーカーから別の声が割り込んだ。



≪…ちら四〇二〇二、飛行呼称『オオワシ弐』、応答せよ≫

「あっ…みっ帝様、通信機の方を……」



その通信を前に、兵士は自らの職務を全うするべく通信機のマイクを使おうと手を差し出した。


それを前に操縦席正面を見ると、上空に一機とその遠方に無数の機影が見える。

恐らく本土からやってきた防空戦闘機隊が到着したのだろう。


まだ話が終わっていないが故に、兵士に対して「少々待て」と手を前に待つよう指示した。

同時に他の機に聞こえるのも問題だと思ったのか、云峡に耳元で口調を直すよう告げられる。



「申し訳ない、事情説明は本土でいたす。

今は指示に従ってくれまいか?」

≪…分かりました、本機の燃料も心許ありませんので………≫

「うむ……ではよろしく頼む」



相手はその言葉に納得がいっていない様ではあったが、それでも答えが得られると言うこともあり潔く従った。


またオオワシ弐は大和航空史初期より事情を知る機の一つである事を知っていた私は手短に説明をする。

最初は内容に戸惑ったようだが、事情を理解するとその大任を喜んで受けてくれた。


その言葉を聞き、私は目の前の兵士の手に通信機のマイクを渡す。

あの機体は極秘に開発された戦闘機とし、先程の事は他言無用である事を念押しして。


その言葉を聞き入れるとマイクを受け取った兵士は青い顔をしながらぶんぶんと首を縦に振った。

おそらく背後の威圧感から云峡が彼に無言の圧力をかけているのだろう。



相変わらずの圧力に私は苦笑せざる終えなかった。






 ―――






目の前の偵察双発機の先導の元、機首を時折落としながら付いていく。


最初は異世界と言われ何の冗談かと思った。

だがこうして搭乗員の話を聞くと自分の居た世界とは違うという事をまざまざと理解させられた。



神威基地より大和航空基地に救難信号が来たのはおおよそ一時間程前の出来事。


基地が敵の攻撃を受けていること。

この攻撃が基地制圧を目的とした本格攻勢であること。

視察に向かった帝の乗機である山峡が逃走、現在本土に向けて飛行中であること。


この短長符モールス通信を受け、哨戒待機中だった四〇二偵察飛行隊所属の双発偵察機「天地」の二番機ことオオワシ弐は先行偵察に離陸。

同時に帝の搭乗機である山峡護衛に本来本土防空を担う三大隊の一つである精鋭、六〇一防空戦闘大隊にもスクランブルがかけられる。


しかし離陸後数十分、山峡は所属不明機と共に飛行している所をオオワシ弐が目撃、通信の後その不明機が味方機である事が告げられた。


帝の乗機であった山峡は極秘に開発された(という建前の)機体により無事である。

このような内容の通信が六〇一防空戦闘大隊には高出力の音声通信機で、大和航空基地には天地にのみ搭載されている短長符モールス通信機によって通達された。


通信により六〇一防空戦闘機隊は即座に山峡の護衛任務に付き大和航空基地へ。

それに対し偵察機天地は震電と共に一足先に先行して大和航空基地へと向かう……



…これがオオワシ弐の乗員が自分に告げた今回の事情と自機――震電に関する報告書シナリオらしい。


彼は帝と名乗る少女の乗る陸攻…もとい山峡と戦闘機隊(彼曰く六〇一防空戦闘大隊)と数キロの距離を置くと、音声通信機でそう語った。

異世界から来たという事を他言する訳にも行かず、また震電を捨て置くわけにもいかないということだそうだ。



聞けば聞くほど頭がくらくらしてくる。


日本には大和なる基地も神威なる基地も存在しない。

山峡、天地なる機も日本軍には(末期に試作されていなければ)存在していない。

偵察飛行隊と語るが日本軍では四〇二の四は水上偵察機航空隊、六〇一の六も艦載機航空隊を意味していたはずだ。



態々命令違反の俺を嘘で担いでいるのかと思うも、こんな大掛かりな事はするはずも無い。

だが「事実は小説よりも奇なり」。


実際に間近で見た事の無い偵察機をこう見ると異世界という気がしなくもない。

護衛戦闘機としてやってきた戦闘機部隊の機影も見た目は完全に零式艦上戦闘機にしか見えなかったが、この機は日本海軍偵察機と比べるとだいぶ陸攻寄りの設計がしてある。


双発機なるも陸攻ほど大きくは無いが葉巻型胴体に機体上部の風防内に三人――内約として操縦手、通信手、後部機銃手が乗り、機体下面後方にも機銃座がある。

見たところ機首にも全面ガラス張りの機銃座があり全域の視界の確保し、見た目は小型で機銃配置と風防キャノピーを改修した陸攻とも言える見た目に見える。

話によると偵察機であるが故に加速性もいいらしく、発動機エンジン上面に過給機を搭載し高高度偵察も出来るように設計されているとの事だ。



…しかしその話に比べて、震電は相変わらず失速しそうになりながら天地の後ろを付いていっているのが現状だった。



あの陸攻モドキ…山峡もそうだったがこの異世界の航空機は巡航速度が余りにも低い。


本来震電は高高度迎撃を目的とした局地戦闘機。

長距離の巡航を目的とした設計になってないが故に失速限界が従来機と比べて悪い。

なおかつ縦安定の低いこの機でフラフラと飛び続けるのはやはり精神的にきつい。

最悪その場で一八〇度宙返りでもしかねない、と余計に気を使うからかさらに精神をすり減らしている。


一時間も飛んでいない筈なのに喉がもうカラカラになりつつあった。

それ程に体力を使ったんだろうと言い聞かせ、再度操縦桿を握りなおし前を見る。


すると天地より先の向こう、積乱雲の隙間から山頂のような物が見えた。

こんな高度に山が出ている事に不思議に思うも、富士山だって三〇〇〇以上あると思い直しその光景をよく見直す。



雲の上だというのに山より下には陸がありいくつもの建物や森、川に道路や線路のような物まで見て取れる。

その島の周囲には雲海の上を金属製らしき船がごく当然のごとく黒煙を煙突から吹きながら往来している。

都市部外縁付近には港は無く軍施設の外縁部に飛行艇らしき機影が浜のような場所で駐機している姿までも見て取れた。


余りにも異世界染みた光景。

上空三〇〇〇に島がある光景に今まで混乱もあり半信半疑だった思考がかつての世界じゃない事を理解する。



≪見えましたよ、大和本島です≫

「凄いな…こちらでも確認できた」

≪そりゃよかった、じきに大和航空基地です≫

「了解、管制塔へはそちらに任せる」

≪あいよ、帝様から直々の大任ですからね!≫



そうオオワシ弐はハッハと笑いながら積乱雲を迂回するように航空基地のあるであろう方角へと方向を変えた。

自分はそれの後をゆっくりと、そして失速しないように追跡する。


そして積乱雲を越えた先に、巨大な飛行場が現れた。


二つの巨大滑走路を持った施設。

幾つかの輸送機や旅客機と思われる白い塗装の機体が幾つか駐機して作業を続ける。

恐らく民間空港なんだと思われる光景に「あそこに着陸するんじゃないだろうな?」と不安になってくる。


だが積乱雲をさらに迂回しながら進むと、その空港の端に一面の塀。

そして塀を挟んだ先にはさらに巨大な施設の姿。


いくつもの軍用機らしき緑塗装の単発機や双発機に飛行艇の姿。

大量の格納庫と燃料設備に高射砲陣地の数々。

大小いくつもの滑走路が並び、まるで地上絵のように見える大設備がそこにあった。


なるほど、民間と軍用の飛行場が併設しているのか。

そうすれば燃料も共有できるし輸送機もどちらに着陸する事もできる。


最悪敵の攻撃を分散できる、なんて邪な考えをしてしまい少し自己嫌悪に陥りながらも軍用設備に視線を移す。


短めの滑走路が施設から一番遠くに五と非常に多く、さらに中型機用とも思える滑走路が二本。

さらに大型機用の滑走路が管制塔付近、逆に言えば民間空港側の塀から一番遠くに島の端から端を貫くように二本配置されている。


幾つか露天駐機されている機体は見覚えのある機ばかり。

先程の陸攻こと山峡、単発戦闘機零戦のそっくりさん、双発偵察機天地。

それ以外にも逆ガル配置型の単発機の姿も幾つか見かける。

さらに沿岸部の飛行艇は上翼配置型の双発機…ぱっと見は二式大艇(二式飛行艇)に見えなくもない機体の姿も見受けられた。


そんな塗装や形状から日本軍機にしか見えないのに、日本軍機にはない形状の機体の姿に一技師であり一テストパイロットである自身の心に響く。



≪管制塔と基地指令に話はつけた≫



通信機よりオオワシ弐のそんな言葉がノイズ交じりに聞こえる。

視線を前に戻すとオオワシ弐の天地は無く、左右上と移すと震電のはるか上空に待機している姿が見えた。



≪一番左のデカイ滑走路…わかるか?≫

「了解、『01』と書いてあるやつだな?」

≪そうだ、そこに着陸しろとの事だ、後は誘導員の指示に従って格納庫に入れればいい≫

「態々ありがとう」

≪いいって事、コレも仕事の内さ、じゃあな!≫



そう軽い礼と会話を終えると、彼の天地は旋回し進路を逆方向へと変えた。

きっと後方の帝の乗る山峡へと向かったのだろう。


彼の姿を目で追っていると通信機から別の声が聞こえる。

内容は第一滑走路へ着陸するような指示…きっと基地管制塔だろう。


その指示に短く了解と返すと進路を滑走路正面へと調整をする。


着陸してから方向を調整しようとすれば後方二輪前一輪のこの機では転倒しかねない…きっと泣きを見る。

先に方向舵ラダーペダルを蹴り機首を滑走路と水平に合わせ、速度を見直しスロットル位置を固定した。


さっきまで天地の速度に合わせて失速ギリギリだったのだ、今更速度を落とす必要もあるまい。

だが同時に速度はおおよそ一〇〇ノット(約一八〇キロ毎時)、落としすぎると機首から着陸しかねない。


サッと着陸脚を下ろし空気抵抗で落ちるであろう速度と機首を考慮しほんの少しだけスロットルと操縦桿を弄る。

機首は…落ちない。


高揚力装置フラップを着陸位置に下げようかと考え手を伸ばし、機首下げ動作になる事を思い出し慌てて触るのを止める。

どうにも少し混乱でもしているのか、慌ててしまっている。


自分らしくないと思うもテストパイロットの意地で手を操縦桿に戻しながら高度計と外の風景に目を交互に移しながらタイミングを計る。


高揚力装置フラップが働かない今揚力を増やす事はできない。

速度を落とせば容易に失速して滑走路と接吻しかねないだろう。


ゆっくりと前脚のタイヤが地面に接するか接しないかの位置を感覚で感じとり操縦桿を引きスロットルを下げる。

操縦桿の動作に合わせて震電の機首がクンッ、と少し上を向き速度を落とした。


当然だろう。

スロットルも落とし機首も上げれば加速なんて生まれる訳も無い。


半ば零戦の空母着艦の基本でもある「三点着陸」のような形で機首を少し上にしながら降下し、ゆっくりと速度を落とす。

機首が一〇度程上がると共にキュパッとでも言うようなゴムがこすれる音と衝撃が体を揺さぶり、それに合わせ機首も速度に合わせ揚力も落ちゆっくりと下がり、同様に衝撃を感じた。


着陸成功。


ふぅと息を吐きながら風防キャノピーを後ろへと下げる。

開放に合わせ風が勢いよく流れ込むもこの程度はいつもの事だと気にせず後輪ブレーキを働かし速度を落としつつ左右へと視界を動かした。


すると途中で駐機中の機の整備をしていたであろう整備士と搭乗員がこちらを物珍しそうに見てくる様子が見て取れる。

奇妙な形状である事に関する物か、それとも帝の乗機を救出した事からの興味だろうか?


だが自分はその観客の思考とは別にその中にあった女性の姿に驚きを隠せなかった。


髪を後ろに束ねスパナを片手にこちらをいぶかしむかのような視線で睨みつけてきた。

服装から整備員や誘導員ではなく操縦手、しかも作業中なのかすす汚れた操縦手のズボンにタンクトップという出で立ちで。



日本に居なかった女性搭乗員に驚き、大和がここまで追い詰められている事に少なからず恐怖を抱き、また同時に末期日本と同じ感覚を味わってしまった事に困惑を覚えた。



そんな姿も通り過ぎ誘導員の声が聞こえ始めると彼女の事は思考の彼方へと追いやった。

顔を開け放った風防キャノピーから出し誘導員の動作で何処に向かえばいいかを見ながら方向舵ラダーペダルを弄り向きを変える。


発動機エンジンの回転とプロペラピッチを地上移動タキシング動作位置にしてゆっくりと格納庫へと誘導される。

大型機用の震電と比べると大きめな格納庫の出入り口に差し掛かると同時に電灯がつき室内を照らす。


そろそろかとスロットルをゼロにまで落としブレーキで格納庫内で停止、発動機エンジンの電源も一緒に落とした。

轟々と音を上げていた発動機エンジンから音が消え、それに合わせて整備員達がさも当然のように後輪に車止めを掛け始め、声を上げてしまう。



「待った!こいつは前輪にも車止めをしてくれ!」



その言葉に整備員達は了解しました!と発動機エンジンの音に負けないぐらいの声で予備の車止めを取りに駆け出した。

そんな中、右から「お疲れさまです」という一言と共に整備員が顔を出した。

どうやら脚立を使っているのか顔の位置が少し低い。


彼は命令あるまでコクピットにて待機するようにとの命令を伝えると食べ物の入ったバケットと飲み物の入ったビンを渡しさっさと作業に戻っていった。

まるで自分の機体がこの基地の機体であるかのような従順な反応にキョトンとしてしまうぐらいにキビキビと。


ガラガラと格納庫の扉が閉められる中、ふと視線をひざの上に置いたバケットに落とすと自分の本当の反応を知った。



足が震えている。



…確かに初めての実戦で敵機を撃墜したんだ。

最初は『守る』為に全力をかけていたが…実際は守る為に敵を『殺した』事になる。


初めての殺し…とも言える行為が、今になって震えになり返ってきたのかもしれない。



だがあの行動に後悔は―――一切なかった。



日本語を使っていたり日本人のように見えるが、確かに日本じゃない。

相手もあれほど恨んでいた鬼畜米英でもなければ、この地は地上どころか上空三〇〇〇メートルの大陸。


でも彼らを守る事ができて本当によかった、と心の底から思う。



とりあえず今は考えるのを止めよう。

今この場所で生きて震電と共に居る事を喜ぼう。



そう思いながら、バケットに詰まっていた肉や野菜を挟んだパンを手にした。




「…旨いなぁ……」




大和乃国一式偵察機『天地』

型式番号YT1


大和が採用した現用の高高度双発偵察機であり、大和の早期警戒網を担う空の目。

過給機付き双発エンジンは大和製の他の機体と比べ高高度性能、速度共に非常に高い。

高度六〇〇〇前後で前後下方の広範囲な視界を得る為にガラス張りの機首と後方下面の機銃座を備えている。

なお、本機はこの世界で始めて短長符モールス通信機を搭載した機体でもある。

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