表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シシシシ 〜あやかシこけシの目明かシばなシ〜  作者: 藍墨兄@リアクト
わらイ顔のしたイ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

その弍 文太、異界で枕返しを見つけるのこと

「……で、どこにいるんだよ、その枕返しは」

〝この神社が入り口になっとるんじゃがの……〟


 翌日。

 早朝に叩き起こされた文太は、腰に下げた大ぶりの根付にこけしを入れ、町はずれの廃れた神社にやってきていた。

 こけしは根付の中から、文太にしか聞こえない声で応えている。


〝文太、その手水場の裏に丸い石が転がっとるじゃろ〟

「ん? ……おぉ、あったあった」

〝それを両手で三回撫でて、そのまま手を手水に浸してみれ〟


 こけしの言う通りにすると、手水場の水が大きく波打ち始めた。


「おおお!?」

〝どやどや〟

「水の門みてえなのが出来たぞ、なんだこれすげぇ!」

〝その門をくぐってみれ〟

「まじかよ、濡れちまうじゃねえか……と、うおっ」


 門をくぐった文太を待っていたのは、さっきまでいた神社とは、いやむしろ現実とはかけ離れた景色だった。

 どこまでも続く薄暗い草原のところどころに、光り輝く大木が立っている。

 文太は大木や空を見上げながら呟いた。


「こいつぁ驚いた……」

「びっくりしたじゃろ」

「うおっ! こ、こけしかお前!?」


 視線を落とした彼の目の前にいたのは確かにこけし――ただし、だいぶ成長した姿の――であった。

 いつもの着物を着てはいるが、だいぶ丈が短く、脚などは膝が見えてしまっている。


「ここは異界(いかい)といっての。うちのような付喪神や妖怪が本来住んでおる世界じゃ。うちもここでは本来の姿になると、そういうわけでの。どうじゃ、美しかろうて」

「お、おう……」

「なんじゃ文太、ちょっと赤くなっとるじゃないか」

「うっ……。し、仕方ねえだろい、おめえがまさかそんないい女だったとはよぅ……」

「惚れてもよいぞ」


 突然自分好みの器量良しとなったこけしに、文太は赤面しっぱなしである。こけしもまた、そんな彼を見て満更でもない笑顔を浮かべて胸を張った。


「ま、異界(ここ)から出ればまた愛くるしい幼女の姿に戻るわけじゃが。……さて、では枕のヤツを探しにゆこうか」

「探しにって……何処にいるか知ってるんじゃねえのか?」

「知らん知らんそんなもん。ただ、この時間は人の世界にはおらんでのう、だとすればこっちにいるのが理屈じゃ。まぁ大体いつもいる場所は知っとるから、まずはそっちに行ってみようかの」


 そう言ってこけしが歩き始めると、文太は慌ててその後を追う。


「……しかし、ここはなんていうか、不思議な場所だなぁおい。薄暗いのに夜じゃねえ、あちこちの木が光ってる、それに」

「声はするのに姿が見えぬ、じゃろ?」

「それよ。さっきから誰かの声みてぇな、獣の唸りみてえなのが聞こえてくるんだが、こいつぁどこから来てんだ?」

「慣れれば視えてくるわい。目をこらすんじゃなく、心をこらしてみい。そうすれば目で見るよりも良く視えるようになる」

「心を? ……良くわかんねえな。まぁ慣れりゃいいって話か」

「そうそう、その大雑把なところが文太の良い所じゃよ」


 こけしはそう笑い、上機嫌で前を歩く。なんなら鼻歌も聞こえてきていた。

 文太はと言えば、初めて訪れる異界に興味津々な様子で、あたりをきょろきょろと見回しながらこけしの後を追う。

 そんな様子でおよそ半刻(一時間)、慣れない道で膝に疲れが溜まってきた頃、こけしがようやく足を止めた。

 それは光る大木のうちの一本だった。桜のように低い位置まで大きく枝が張っている。

 大木を見上げながら、こけしは懐に忍ばせた煎餅を取り出し、齧った。


「ボリ、このあたりだと思うんじゃがボリ」

「用意がいいなおい。俺にも一枚回してくれよ」

「ん、ほれ。……あ、ひとつ言っておくぞ」

「なんだ?」

「この異界では、うちが渡したもの以外は口にしてはならんぞ。すんごい美味そうな果物やら湧水やらそこらじゅうにあるが、直接手を出してはならん。いいな?」

「そりゃいいが、そいつぁ理由(わけ)があんのか?」

「〝ヨモツヘグイ〟と言ってな。ここは黄泉(よみ)の国というわけではないが、近いところではある。そういう世界のものを口にした者は、元の世界に戻れなくなるからのう」

「え、マジか。俺ぁさっきからちょいと喉が渇いてきてんだがよ、そうしたらどうすりゃいいんだ」

「うちが渡すものは大丈夫じゃ。ほれ、このひょうたんに水を入れてある」


 こけしは再び懐に手を入れ、今度はひょうたんを取り出すと、文太に手渡す。

 受け取り栓を外した文太は、中の水をうまそうに一口、二口と飲み込んだ。


「あぁ、うめぇ。ありがとよ、ちょいと飲み過ぎちまったか」

「気にするでない。このひょうたんに入れれば、その辺の水も飲めるからの」

「なるほどねぇ、こいつぁべらぼうだ」

「ふふ。……さて、とりあえず一服しておくか。ここで待っておればそのうち現れるじゃろ」


 大木の根に腰を下ろすこけしを見て、文太も空いた根に座る。

 と、文太がこけしに向かって口を開いた。


「なぁこけし、その、枕返しってなぁ、そもそもどういうあやかし(・・・・)なんだ」

「なんじゃ、知らんのか」

「名前は知ってらぁ。ただよ、枕を返すってのがなんだかわからねえんだよ」

「ふむ。……枕返しというのはな、古い妖怪なんじゃよ」

「どれくらいよ?」

「ざっと千年」

「せん……!」


 絶句する文太を、こけしは面白そうに眺める。


「妖怪なんてのはそういうもんじゃ。人が見つけるずーっと前から存在するもんじゃよ」

「はぁ……」

「枕返しというのはいたずらな妖怪での。人が寝て起きた時、枕が足の方に行ったりしてることがあるじゃろう」

「あぁ、ガキの頃によくあったな」

「あれをやる妖怪なんじゃ」

「そんな可愛いおいた(・・・)をする妖怪に、なんで殺しの件で会うことになるんだよ」

「……今は、じゃ」

「今は?」

「うむ。妖怪、物の怪と呼ばれる存在はの、長く生きればその性質(たち)が変わってくる。枕返しも然り、じゃ」

「じゃあ、その昔はどうだったってんだ?」

「〝返し鬼〟じゃよ」


 鬼、と聞いた途端、文太の背中にぞくりとしたものが走った。


「鬼、だと?」

「そう。元々は鬼の眷属だったんじゃ。それこそ、戦の世に生まれたという話もあっての、それでいくと千年どころではないんじゃが」

「戦? 枕を返す鬼がか?」

「その時返していたのは枕ではない。返し鬼はの、何でもひっくり返すんじゃ。……それこそ、人の命もな」

「なんだと……」

「なんだぁ、人のニオイがするなぁ?」


 唖然とする文太の背後から、ねっとりとした声が聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、そこには座っている文太と同じくらいの背の老人が立っていた。後頭部に残る長い白髪を風になびかせ、その体躯にそぐわぬ大きな濁った眼で睨んでいる。

 その緊迫した空気を破ったのは、こけしであった。


「ほほ、久しぶりじゃの、枕返し爺……いや、その姿は返し鬼、かの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ