書籍化記念SS:ノンノ、発券されたい
本日、妄想転生令嬢が発売です!
書籍半分書き下ろしたお陰で、ノンノとアンタレスにとっての『レモンキッスをあなたに』がちゃんと書けたと思います。
ぜひぜひお手に取っていただけると幸いです!
アンタレスの部屋でのんびり過ごしていると、廊下側から扉をノックする音が聞こえてきた。
「アンタレス坊ちゃま、旦那様がお呼びです」
「分かった。いま行くよ」
バギンズ伯爵家の執事からの呼びかけに、私の隣で読書をしていたアンタレスが答えた。
彼は本に栞を挟み、そのままテーブルの端に置く。
「ノンノ、僕はお父様のところに行ってくるけど、いつも通り部屋で好きなように過ごしていていいから」
「うん、分かった。私は『トラブル学園桃色100%にようこそ』の次の巻の原稿がそろそろ締め切りだから、それを書いてるね。次巻ではなんと少年主人公が、仲間の美少女たちと力を合わせて、魔女の惑星からやって来た美魔女チューベローズ様と戦わなくちゃならないの! チューベローズ様は全宇宙から美少年を集めてハーレムを作り出そうと目論んでいてね、少年主人公を第一愛人にしようとしているんだよ。少年主人公を勝たせないといけないんだけれど、でも第一愛人になっちゃった展開も正直書きたいなー! ふはははは!」
「……ああ、うん。まぁ、(どうでも)いいけれど」
アンタレスは少し遠い目をしたが、そのまま退室していった。
というわけで、私はさっそく原稿に取り掛かることにした。
ソファセットのテーブルに原稿用紙を広げ、黙々とペンを動かし続ける。
『なんで俺を第一愛人にしようとするんだ、チューベローズ! 俺なんて、全宇宙のすべての言語がネイティブに喋れるだけの、ただの平凡な学生だぞ!?』
『うふふ♡ 自分のことを平凡だと思っているのは、きみだけよ♡ 私はきみが、だぁ~いすきなの♡』
『やめるのニャ、魔女チューベローズ! アイリスのご主人様に触ったら許さないのニャー!』
『トラブル学園の生徒に手を出すのならば、教師であるわたくしコーデリアが直々にお仕置きいたします!』
……いや、眼鏡巨乳美女教師コーデリアの台詞は、〝お仕置き〟より〝調教〟の方が過激でえっちだろうか? それとも〝教育〟の方が禁欲的で逆に色っぽいだろうか? 〝指導〟という選択肢もあるなぁ。呻れ、私のスケベイマジネーション……!
うん、駄目だ。全然分かんない。全部スケベな言葉だ。
こういう時は辞書でより格上のスケベな言葉を探した方がいいな。アンタレスの辞書を借りよう。
私はソファから立ち上がり、アンタレスの本棚に向かった。
壁一面を覆う本棚には、分厚い本がぎっちりと詰まっている。それなのにスケベな本は一冊もなく、なんならピーチパイ・ボインスキーの本さえない。私が毎回プレゼントしている新刊はどこに消えているんですかね、アンタレス君?
もちろん健全強制力の強いシトラス王国に十八禁が存在しないことは、私も骨の髄まで知っている。
だが、アンタレスはこの王国で一番の貿易港を持つ、バギンズ伯爵家の嫡男なのである。奴は舶来物のスケベなものを手に入れるチャンスがある男なのだ。
それなのに一冊も存在しないとは、本当に不思議だ。
もしかするとスケベな本はシトラス王国内に入った瞬間、蒸発しているのかもしれない。
私はアンタレスのお堅い内容の本の群れから、辞書を取り出した。
辞書よ、辞書、この世でもっともスケベな言葉は、なぁ~に?
大事なおまじないを唱えながら辞書を開くと、ページの間に挟まっていたらしい一通の封筒が、ひらりと床に舞い落ちた。
何の手紙だろう、これ?
私は床から封筒を拾いあげた。
宛先も送り主の名前も書かれていないけれど、とても上質で綺麗な封筒だ。
アンタレスったら、なんでこの封筒を人目から隠すように辞書の間に挟んでいるんだろう?
……まさかアンタレス、私に内緒で誰かからラブレターを貰っていたのだろうか。
ラブレターを貰っちゃうこと自体が嫌だけれど、アンタレスがそれを捨てずに大事に隠し持ってるのは、もっと嫌だ。
こんなの浮気だ! うわーん! アンタレスが他の女の子から貰ったものを大事にしてるなんて、浮気だぁぁぁ! ボインスキー様の本さえ本棚に置かないくせに、ひどいよぉぉぉ!
やだやだやだ! スケベなところ以外の悪いところなら直すから、私以外の女の子を大事にしないで、アンタレスぅぅぅ!
私は半泣き状態で封筒の中身を確認した。
――中に入っていたのは、薄ピンク色の紙で作られた『アンタレスのえっちなお願い事をなんでも叶える券♡』だった。
私がこの間アンタレスに献上した、お詫びのえっち券である。
アンタレスめ、紛らわしいことをしよって……。
私の涙は引っ込んだ。
それにしてもアンタレスったら、えっち券をわざわざ封筒に入れて、辞書の間に隠していたのか。へー。
そういえば前世でクラスの男子生徒が、参考書と参考書の間にエロ本を挟んでレジに持って行くって話を教室でしていたっけ。当時の私はこっそり聞き耳を立てながら、『こやつ、天才過ぎる』って衝撃を受けたんだよね。懐かしいなぁ。
でもその子は他の男子たちから「なんでネットで買わねーの?」「ダウンロードしろよ」とか言われてたな。前世の私の家では、ネット通販は十八歳になるまでは親の許可が必要というルールがあったから、他の子たちのお家はとてもフリーダムだなと思いました。
それはともかく、辞書の間にえっち券を隠しているアンタレスも、天才というわけである。
きっとアンタレスにとって、この券は大事に隠すに値するほどえっちな宝物になったのだ。なんだか照れちゃうね……♡
アンタレスはこの券で、将来私にどんなえっちな要求を突き付けてくる気なんだろう?
ファビュラスさんやマーベラスさんが教えてくれた■■■■■だろうか? それとも■■■■■だろうか?
え~♡ いや~ん♡ そんなえっちなこと、ちゃんと出来るのか、私自信ないよ~♡
それにアンタレスはムッツリだけれど、そこまで凄いことを私に要求出来る男だろうか?
アンタレスのことだから、一緒にお風呂に入ろうとか、そんな感じかもしれない。
いや、白バニーノンノちゃんをご所望の線もあるよね!
それはそれで、めちゃめちゃ恥ずかしいんだよなぁ……♡
このえっち券、使い道が夢いっぱいで、考えるのがとっても楽しいなぁ。
これは私からアンタレスにあげたものだから、『アンタレスがどう使うのか』考えるだけで胸がキュンキュンするのだけれど。
逆にアンタレスから『ノンノのえっちなお願い事をなんでも叶える券♡』を貰えたら、それもそれで楽しいだろうなぁ。
もしもアンタレスからえっち券を貰えたら、どうしよう~♡
やっぱりアンタレスに騎士服を着て貰っちゃおうかな♡ それとも白衣の方が格好良いかなぁ♡
『今日はどうされましたか、ノンノさん』
『アンタレス先生のことを想うと、胸がドキドキして苦しいんです。アンタレス先生、診て……♡』
『じゃあ、自分でボタンを外して脱いでごらん。聴診器で胸の音を聞いてみよう』
『そんな……っ! 脱ぐだなんて恥ずかしいです、アンタレス先生……!』
『恥ずかしがっている場合じゃないよ、ノンノさん。きみの症状は、僕と毎日キスをしないと治らない病かもしれないんだ』
きゃー! な~んちゃって!
アンタレスなら執事服も似合いそう~♡ 眼帯をした海賊も格好いいよね~! うへへへ!
俄然、アンタレスからえっち券を貰いたくなってきた。どうすれば貰えるのだろうか?
アンタレスが悪霊に襲われそうになったら身を挺して庇えば貰えるかもしれないが、そもそもそんな危機的状況になど遭ってほしくないし、遭いたくもない。
もうちょっと安全なピンチが良いよね。安全なピンチって、とても矛盾しているけれど。
例えばほら、野生のハムスターに襲われそうになったアンタレスを助けるとか、それくらいの危機で。
ハムスターは確か砂漠の生き物だったはず。
シトラス王国のどこの砂漠に野生のハムスターが棲息しているのか考えていると、アンタレスが戻って来た。
「ノンノ、野生のハムスターって一体どういうこと……」
そう言いながら室内に入って来たアンタレスは、私の手の中にあるえっち券にすぐさま気が付き、顔を真っ赤にした。
「ちょっと! それは僕の大事な物なんだから勝手に触らないでよ、ノンノ!」
「ごめんね、アンタレス。他の女の子からのラブレターかと思ったら、勘違いだったの」
「そんなもの受け取るわけないでしょ!」
アンタレスは慌てて私に駆け寄ると、えっち券を素早く回収していった。
えっち券が破れたり、シワになっていないか確認し、アンタレスは安堵の溜息を洩らした。そして「隠し場所を変えないと。ノンノが土壇場で撤回出来ないように……」などと呟いている。
新しい封筒に入れ直しているアンタレスの背後に、私は近付く。
「ねぇアンタレス、私もアンタレスから『えっちなお願い事をなんでも叶える券♡』がほしいんだけれど」
「はぁ? ノンノには必要ないでしょ。どうせその時になったら、きみの心を読めばいいだけなんだから……」
アンタレスはうわの空で答えるが、でもアンタレスサイズの騎士服と白衣と執事服と海賊の衣装を事前に用意しておかなければならないから、私の心を読んだだけでは私のえっちなお願い事は叶わない気がする。
「今夜は何が食べたい?」と聞かれて「ハンバーグ!」と意気揚々と答えたら、「材料がないからまた今度ね」と言われて湯豆腐が出てきた時のような、ガッカリ感を味わうと思う。
湯豆腐も美味しいんだけれどさ、植物性じゃなくて動物性タンパク質がどうしても食べたい日があるんだよ……。
私がそんなことを考えながらアンタレスをじーっと見つめていたら、アンタレスは耳や首まで真っ赤になって、手で顔を覆った。
「アンタレス!? コスプレするのがそんなに恥ずかしいの!?」
「……いや。僕はうっかり、とんでもないことをノンノに口走ってしまったと……」
「何が!?」
しばらくアンタレスはそのままフリーズしていたが、最後には『ノンノが望む衣装をなんでも着る券』を作ってくれた。
わーい!! 衣装だけじゃなく、アンタレスに似合う鞭とか聴診器とか手袋とか眼帯も用意しなくっちゃ!! 結婚したらアンタレスに最高にスケベな格好をさせよう!!
でもこれ、よく考えると、えっち券じゃなくてコスプレ券じゃない??
ちなみにアンタレスは、私があげたえっち券の次の隠し場所を、絶対に教えてくれなかった。
PV公開のお知らせです!!
Dノベルf1周年を記念して、声優の白井悠介様がヒーロー3役を演じてくださったスペシャルPVが公開されたのですが、なんと、アンタレスのことも演じてくださいました!!
ボイス付きアンタレスです!!!!(パワーワード)
集英社ダッシュエックス文庫公式YouTube(↓下の方にリンク貼りました)より視聴出来ますので、ぜひ「あのアンタレスがレーベルの紹介……?」という混乱に陥ってください。
ノンノのことも紹介してます。
それから別件ですが、10/13頃、GAノベル様より前世魔術師2巻が発売予定です。
こちらもご興味あれば……!




