37:ノンノ、透明人間になる力を手に入れる①
『転生スケベ令嬢』が、集英社Web小説大賞の金賞を受賞しました! 書籍化決定です!
垢BANに怯えながらも書き続けることができたのは、皆様の応援のお陰です。本当にありがとうございました!
というわけで、ノンノとアンタレスをどうにか婚約させねばならない問題に取り組んでいこうと思います。
引き続きノンノとアンタレスをよろしくお願いいたします!
あとレビューくださった方、ありがとうございました!
ふはははは! 私、ノンノ・ジルベストは『一時間だけ透明人間になれるキャンディー』を手に入れた!
▽
私が清純になるという、世にも恐ろしいホラー現象をアンタレスに解決してもらったあと、すぐに一学期が終了した。
清純になって良かったことは、学期末試験の結果だけだったな。
『アンタレスに相応しい淑女にならなくっちゃ♡』とか凄くまともなことを考えていたので、全科目で過去最高得点を叩き出し、お父様に「よく頑張ったね、ノンノ」と褒めてもらえる結果となったのだ。わーい!
最近はどうやってお父様を王立品質監察局局長の座から失脚させるか考えてばかりだったから、こうして親子の情を温める機会があると嬉しくなるね。
この親子の情を大事にしたいから、お父様、ピーチパイ・ボインスキー様に二度と発禁命令を出すんじゃないぞ。こっちのバックには上級貴族様と市民団体様がついているんだからな!
因縁のお父様のことはさておき、夏季休暇である。
まるまるひと月あるので、グレンヴィル公爵家の別荘へ泊りがけで遊びに行くことになった。
初めてのお友達にルンルン気分なプロキオンが、スピカちゃんとアンタレス、そしておまけに私のことも誘ってくれたのだ。
「私、ほかの貴族のお宅にお泊りするのは初めてです。どのようなお泊りグッズを持参すれば失礼がないのでしょう?」
庶民出身のスピカちゃんが少々恥ずかし気な様子でそう言い、ぼっち歴の長いプロキオンが「友達を別荘へ招くのに、私はなにを用意すればいいんだ?」と首を右に傾げ、長年私しか友達の居なかったアンタレスも「男友達と泊りがけで遊ぶのに必要なものって何?」と首を左に傾げ、前世も現世もそんなに広くもなく深くもない交友関係を維持して生きる私が、「必要な荷物を洗い出すために、とりあえず別荘での予定を決めることから始めたらどうですか?」と助言することになった。
結果、昼間は別荘の周辺をピクニックしたりテニスをしたり、夜はボードゲームをしたりしたいという話になり、「ボードゲームというものを、私は一つも持っていないな」とプロキオンが言うので、皆で街へ買出しに行くことにした。
チェスとかトランプなら私もアンタレスも持っているけど、最新のボードゲームとかもあったら楽しいもの。
それで本日、買出し日である。
早々に出かける準備が終わった私は、いつものように馬車で迎えに来てくれるアンタレスを待つ間、玄関先に出ることにした。ごく最近、玄関の近くにお尻の形によく似た石を発見したので、すごく嬉しくて、暇が出来るとついつい見に行ってしまうのである。
今日もあのお尻石は艶々でキュートにご健在だろうか。庭師がどこかへ動かしたりしていないだろうか。あのお尻石に似合う下着はやっぱりTバッグ以外ないよねぇ、などと考えながら玄関先に出ると。
私は不思議な生き物を発見した。
薄桃色の蝶々だ。
蜘蛛の巣に引っかかって、羽をジタバタさせている。
へぇー、ピンク色の蝶々なんて初めて見た。健全乙女ゲームの世界だと、こんなにメルヘンチックな蝶々がいるんだね。
このまま蜘蛛に食べられちゃったら可哀そうだから、助けてあげよう。
一日一善を実行していたら、私の行いを見ていた神様がラッキースケベを引き起こしてくれるかもしれないしね。アンタレスが私の着替えをうっかり覗いちゃってイヤ~ン♡みたいな。
……絶対に起こらないな。あいつ、読心術持ってるから部屋の扉を開ける前に気付くわ。ちくしょう。
私はそんなことを考えながら、蜘蛛の巣から蝶々を逃がしてやる。
すると、薄桃色の蝶々は私の周囲をヒラヒラと舞った。
『親切な少女よ、わたしを助けてくれてありがとう』
「え? 蝶々が喋った!?」
『わたしは蝶々の姿をした精霊です』
「……あぁ、今回はそういうパターンなんですね」
健全乙女ゲームの世界だから、神様とか精霊とか割とうじゃうじゃ存在するんだった。
『助けてくれたお礼に、何か一つあなたの願いを叶えましょう。さぁ、親切な少女よ、あなたの望みは何ですか?』
「アンタレスの前でパンチラとか事故チューとか、すごくエッチでドキドキきゅんきゅんな展開を引き起こしてほしいです!!!! それが無理なら、世界中の人の服が透けて見える眼鏡をくださいっっっ!!!!」
私は欲望のままに蝶々にねだった。
正直、羅列したどの願いも叶えてくれないんだろうな、健全強制力のせいで、と思って高をくくっていたのだ。
蝶々はしばし黙り込むと、
『少女のお願いはどれも、この国の禁忌に触れるものばかりですね』
と言い出した。
ほら~、やっぱりね。
「じゃあ、代わりに私とアンタレスと家族と義家族と友達や知り合いの健康を……」
『代わりにこのキャンディーを一粒差し上げましょう。これを舐めれば、一時間だけ透明人間になることが出来ます。人の服を透けさせることは出来ませんが、あなた自身が透明になれますよ』
「ひゃっほーい!!」
蝶々がどこに隠し持っていたのか分からないが、透明人間になれるキャンディーを私にくれた。
すごい、すごーい! こんなにスケベなものを貰っちゃってもいいの? 返せって言われても絶対に返さないけど!
このキャンディーを使って、アンタレスの着替えとか入浴を見てやろう。アンタレスは絶対に私の着替えも入浴も覗こうとしてくれないから、私が覗く側に回ってやるんだ! ふはははは!
『それでは親切な少女よ、さようなら』
「さようなら蝶々さん! もう蜘蛛の巣に引っかかっちゃ駄目だよ~!」
私は最高の困り笑顔を浮かべて蝶々を見送った。
今日はなんて素晴らしい日なんだろう。出かける前からすっごく幸せだ!
▽
「ノンノが何を画策しようと、他人の心の声が聞こえる僕には全部筒抜けだって分かってるよね?」
迎えに来てくれたアンタレスが、馬車の中で呆れたように溜め息を吐く。
金髪にエメラルドのような瞳で、やや女顔の美貌を持つアンタレスは、たったそれだけの動作がすごく優雅だ。さすがはこの世界の攻略対象者。
「でも私が透明人間になっちゃったら、心の声が聞こえるアンタレスだって、私が部屋のどこにいるか分からなくて捕まえられないでしょ?」
「ノンノが透明人間になっている間、着替えや入浴をしなければいいだけでしょ。キャンディーの効果は一時間だけなんだから」
「なんてひどい男なんだ、アンタレス! 彼女に裸も見せてくれないなんて! さては攻略対象者のくせに腹筋が割れてないんでしょ」
「攻略対象者って腹筋が割れてることが必須条件なの?」
「知らない。だってゲーム内で脱いでるスチルなんかなかったもの。見たい! 見たい! アンタレスの全裸が見たーい!」
「……結婚したらどうせ見ることになるんでしょ。僕たち、夫婦になるんだから」
アンタレスがじわっと頬を赤く染め、照れ気味にボソッと呟いた。
や、やめてぇ! アンタレスが照れると、私もなんか芋づる式に照れちゃうじゃん! スケベなノリで『アンタレスの裸が見たい』コールが出来なくなっちゃうじゃん!
う、うわぁ……。一気に乙女モードになってきちゃったぞ。
アンタレスが私の手を取り、指を絡めてぎゅっと繋いでくる。私の指の股を通るアンタレスの指がとても熱くて、どちらの手のひらが汗ばんでいるのかもよく分からない。あああああ恥ずかしいぃぃぃ……。
……結婚したら、アンタレスとすごいことしちゃうのかな。
前世で読んだちょっとエッチな少女漫画では、たいていシーツにくるまっているヒロインに、ズボンのホックを外した状態のヒーローが覆いかぶさってすぐに場面転換していたから、すごいことの内容が具体的にはよく分からないんだけれども……。
常々疑問なのだが、男の人は最後までズボンを履いたままなのだろうか? アンタレスの全裸、見られなくない?
考え込む私に、アンタレスがとんでもないことを言った。
「……なら、一緒にお風呂入ればいいんじゃない? 僕の入浴を覗くよりマトモでしょ」
「はいぃぃ!?」
なんて破廉恥なことを言うんだ、アンタレスぅ!?
アンタレスは更に真っ赤な顔になって、怒ったように繋いだ手の力を強めた。
「ノンノに破廉恥とか言われたくない」
「だって破廉恥でしょ! 一緒にお風呂なんて!」
「覗きの方が不健全でしょ。犯罪行為だし」
「だってお風呂場って明るいよ!? アンタレスに私の体、隅々まで見られちゃうじゃん! 無理、むりぃ、恥ずかしすぎる……っ!!」
「いつも『ラッキースケベが起きるといいな~』って考えてるくせに、なんでそこまで恥ずかしがるわけ!?」
「ラッキースケベは精々五分ぐらいの奇跡の出来事なの! 五分じゃ髪も洗えないもん!」
無理むりムリ、恥ずかしすぎる。アンタレスの裸を見るどころじゃない。きっとお風呂場の隅っこでしゃがみ込んで動けなくなっちゃうよ……。
そんな自分の姿がありありと想像出来てしまい、体中がカッカッと熱くなるのを止めることが出来ない。
スケベなことと違ってね、お風呂の入り方は分かりますからね! 具体的に想像出来ちゃうんだよ! うわぁぁぁん……!
アンタレスのばかぁ、あほぉ、なんでそんな恥ずかしい提案をするんだ、さてはお前もムッツリだったのか!?
「……好きな子の体を見たいと思うことは、別にふつうのことでしょ。きみだってそうだろ」
アンタレスが私の心の声に反論した。
す、好きな子の体とか言われると、余計に恥ずかしいんですけど!?
ええぇぇ~、アンタレスってばいつも真面目な顔してるくせに、実は私の裸が見たいとか思ってたの……? 私のことが好きだから?
急にそんなすっごくエッチなこと言われても、どう反応したらいいのか分かんないよぉ……!! もう心臓がバックバクだよっ!! 私を殺す気なの、アンタレス!?
今なら頭の上にやかんを置けば一瞬でお湯を沸かせそうだと思うくらい恥ずかしい。
チラリとアンタレスの様子を確認すれば、耳たぶや首筋まで真っ赤に染まったアンタレスが、馬車窓の方に顔を背けていた。繋いだ手まで震えてる。
言った張本人が照れまくってるじゃん!
もうどうしたらいいの、この空気……!
私とアンタレスは茹だったような顔で放送事故みたいに黙り込んで、馬車内に暖炉でも仕込んだのかってくらい熱くて、それなのに繋いだ手を何度も握り直して放せやしない。
スピカちゃんとプロキオンと待ち合わせのお店に到着するまで、私たちはずっと死にかけていた。




