31:侍女はたいして見ていない
私の名前はセレスティ。ジルベスト子爵家の侍女です。現在は主に、次女のノンノお嬢様の身の回りのお世話を担当しております。
ノンノお嬢様は本日貴族学園から帰宅後、バギンズ伯爵家へとお出掛けになりました。ご婚約を結ばれるアンタレス様の婚約式の衣装決めとのことでした。
夕食前には帰宅するとのことでしたが、ノンノお嬢様は予定を一時間も早く切り上げて屋敷にお戻りになると、私に告げました。
「セレスティ、私は生まれ変わりました。アンタレス様に相応しい淑女になります。というわけでイメチェンをします! クローゼットの大掃除よ!」
「はぁ、かしこまりました」
ノンノお嬢様は決意に満ちた眼差しで、自室に突入していきます。
バギンズ伯爵家でなにがあったのかはわかりませんが、アンタレス様に相応しい淑女ということは、きっとノンノお嬢様の恋心が燃え上がるようなラブロマンスがあったのかもしれませんね。
私は出来る侍女として畏まった顔をして、ノンノお嬢様のあとに続きました。
▽
「このスケスケのベビードールもいらないわ。こっちのほぼ紐の下着もいらない! 大切にし過ぎて一度も着たことがないこの超弩級のセクシー下着も捨てます!」
「まぁ、ノンノお嬢様、あれほどかたくなに下着の系統を変えようとされませんでしたのに……。本当によろしいのですか?」
「ええ。私は本気です。全部捨ててちょうだい、セレスティ!」
シルクオーガンジーで作られた黒の下着や、お腹を冷やしそうなほど小さな小さな下着、乳房を支える気などまったくなさそうな総レースのブラジャー。王宮御用達のデザイナーがランジェリーショップとコラボしたときの貴重な限定品から、春季デザインのミモザの刺繍が気に入って全色購入したときの下着一式、ノンノお嬢様が取り分け丁寧に扱っていた雪国シルクのシュミーズに、隣国から輸入された特殊な染色のガーターベルトなど。すべての下着が絨毯の上にこんもりと山になっております。
私はそれを見て、ついにノンノお嬢様も人として大人になるのだな、と感慨深い気持ちになりました。
ノンノお嬢様はお小さい頃から服のセンスがまったくありませんでした。
ご自分の儚げな容姿に合うものを選べず、大人用の真っ赤な夜会服を選ぼうとされたり、派手な紫色のドレスを買い求めようとされるのを、夫人や姉のマーガレットお嬢様といっしょにお止めしたことが何度もありました。
その頃からノンノお嬢様は、出来るだけ布面積の狭いものを身に付けたがる傾向がありました。
九歳の頃にはもはや衣類を着るのも嫌になってしまわれたご様子で、私たちに内緒で裸でベッドに眠り、次の日には厄介な風邪を引かれたことがありました。
高熱が三日三晩つづき、アンタレス様がお見舞いに来たときには、ノンノお嬢様はあまりの体調の悪さに泣きながら、
「も゛ぉ絶゛対゛に゛、伝説゛の女優ざんみた゛いに『寝るときにまとうのは香水だけ』な゛んでじま゛ぜんンン……」
とかなんとか、ガラガラに掠れた声でおっしゃいました。
そんなノンノお嬢様に、アンタレス様は「もう喋らなくていいですよ、ノンノ嬢。だけど絶っっっ対に、この約束は破らないでください」と念を押されておりました。
それ以来、入浴以外で裸になることはなくなったノンノお嬢様ですが、やはり衣類を纏うのがわずらわしいらしく、せめて下着だけでもと薄い生地を好むようになってしまわれました。
ただ、それも春から夏の暖かい季節だけで、肌寒くなれば私お手製の毛糸のパンツや腹巻きをご用意しておりますけれど。
ノンノお嬢様は寒さに大変弱く、お腹を壊して風邪を引かれるので、腹巻きがないと生きていけないのです。
ご本人もそのことは自覚されていらっしゃるので、毎年「ありがとう、セレスティ」と感激の涙を流しながら腹巻きを身に付けてくださいます。ふふ、作った甲斐がありますね。
まぁそんなこんなで、私はずっと、ノンノお嬢様はふつうの人間ではないのだろうと思っていました。
そう、ノンノお嬢様は妖精の血が強いのではないかと疑っていたのです。
ノンノお嬢様の母親であるフローラ・ジルベスト夫人は、元はローズモンド子爵家の出身です。
かの家には祖先に妖精が嫁入りしたという逸話があり、血縁者はみなその美貌を継承するという噂がありました。実際、夫人もマーガレット様も、そしてその娘のアシュリー様も妖精に見まがうばかりのお美しさです。
ローズモンド子爵家には他にも逸話があり、祖先返りで妖精の血が濃い者は、人間をやめて妖精の世界へと去ってしまうという話もありました。実際に夫人の御従兄弟様に一人、妖精の世界に去った方がいらっしゃるそうです。
妖精は自由気ままに飛翔する生き物です。
彼らが身に付けるのは花びらのスカートや、葉っぱで出来たベスト、どんぐりの帽子など。重たい衣類など、翔ぶためには邪魔にしかなりません。
だから私はずっと、妖精の血を引くノンノお嬢様は遺伝子レベルで衣類を身に纏うのがお嫌なのだと思っておりました(そういえば小さい頃からよく野菜を集めて部屋に飾っておりましたし。王都の暮らしのなかでも少しでも大自然を感じたい一心だったのかもしれません)。
ノンノお嬢様はいつの日か人間の文明を捨て、妖精として生きることを選んでしまうかもしれない。
私はずっとそんな気がしていました。
ですが最近ではアンタレス様と婚約の話が進み、そして今日ようやくノンノお嬢様が人の世界に適応しようと前進を始めたのです。
これは全身全霊で応援してさしあげなければなりません。
私はノンノお嬢様の決意に動かされ、大量の下着を空き箱に詰めました。
「ではノンノお嬢様、庭の焼却炉で燃やしてまいりますね」
「よろしくお願いね、セレスティ!」
ノンノお嬢様のお部屋から退室し、私は大きな箱を抱えたまま次の行動を考えます。
今から街に出れば、まだギリギリお店が開いているでしょう。ノンノお嬢様の明日からの下着がないので、調達して来なくては。オーダーメイドの下着は今日は無理ですが、既製品なら手に入るはずです。
儚げなノンノお嬢様にとびきり似合う清楚な下着を選んでまいりましょう。冷えは大敵なので、お腹まですっぽりと隠れるような深ばきの大きな下着がいいかもしれません。
私は張り切って焼却炉に向かいました。
妖精の血が強いのはノンノのお姉ちゃんの方。




