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【書籍化】妄想好き転生令嬢と、他人の心が読める攻略対象者 ~ただの幼馴染のはずが、溺愛ルートに突入しちゃいました!?~(WEB版)  作者: 三日月さんかく
番外編:1学期

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25:ノンノ、裏山伝説を作る②



 エロ本(という名の一枚絵)をリュックに詰め、運動用の服に着替えた私は、校外学習に参加するために登校した。


 学園長のお話を聞くために校庭に集合とのことで移動していると、ちょうどサム・ポーション様と行き逢う。


「おはようございます、サム様。ハイキング日和のよい天気になりましたねぇ」

「ぉっ、はようございます、ジルベスト嬢……っ!」


 分厚い眼鏡のレンズの向こうで、サム様が照れたようにほにゃりと笑う。

 サム様の出で立ちはなぜか重装備で、パンパンに膨らんだリュックからは鶴嘴やロープなどが飛び出していた。

 気になって指摘すると、「ああ、これはですね……」とサム様が指で頬を掻く。


「新たに誕生した山で、新種の薬草を発見できるかもしれないと思いまして。自由時間になったら探索するつもりなんです」

「それで重装備なんですねぇ」

「もしかしたら、ジルベスト嬢がお望みの薬に使えるような薬草が見つかるかもしれません」

「それはとっても楽しみですっ!!!! 怪我にはお気を付けて、頑張ってくださいませ! 私も山で珍しい植物を見つけたら摘んでまいりますわ!」

「あ、いえ、毒があるといけないので、素手で触ってはいけません。あとで生育場所を報告していただければ、それで充分ですからっ」

「わかりましたっ。サム様に速攻でご報告に行きますね!」


 珍しい植物を見かけたらサム様にご報告、と頭の片隅にメモしておく。

 これで媚薬開発が一気に進んだら嬉しいなぁ~と、私はニコニコしてサム様と校庭で別れた。


 サム様がこの校外学習イベントで本当に新種の薬草を採取し、その薬草で作った試作品でまさかあんなことが起ころうとは、このときの私には知る由もなかったのである。





 クラス単位で校庭に並び、学園長のお話を聞いたあと、引率の教師の指示のもと裏山へと向かう。

 いくつかの登山口があり、一学年は登山初心者向けのコースを、三学年は上級者コースを、そして私たち二学年は中級者向けコースを登るとのことだ。

 正直、先週誕生した未知なる山に登るのだから、全員初心者向けコースでよくない? と思ったけれど、ご都合主義だろう。

 最終的に山頂付近の空き地で全校生徒が集合し、ランチを取るそうだ。


 中級者向けの登山道は西側にあり、Aクラスから順に登っていく。

 ちなみにAクラスには攻略対象のフォーマルハウト王太子殿下が在籍し、Bクラスにスピカちゃんと攻略対象の侯爵令息、Cクラスにアンタレス、私のいるDクラスが『レモンキッスをあなたに』のモブ詰め合わせセットである。

 Dクラスの順番が来て、二列に並んで私たちは山を登り始めた。


 木々が生い茂った山のなかは空気がひんやりとして、瑞々しい。獣道のような山道は小石や枝や葉っぱが落ちていたり、急な段差があったりして歩きにくいけれど、そもそも生まれたばかりの山の中になぜ道があるのだろうかと考えれば、整地されてなくても道があるだけ素晴らしいという気持ちになってくる。


 列の前後の令嬢たちと「わたくし、山登りって初めてですわ」「体調が悪くなったらおっしゃってくださいね」「時々糖分を取ると良いそうですわよ~」などとお互いを励まし合い、着実に登っていく。


 時折、木々の切れ間から王都の家々の屋根が見えたり、美しい山野草を発見したり、「白い猿がいるぞ!」と隣のザビニ・モンタギュー侯爵令息が目を輝かせて声をあげたりした。

 ちなみに彼はスピカちゃんと同じクラスに在籍する攻略対象者の友人という格上のモブで、栗色の髪の青年である。

 ピーチパイ・ボインスキー発禁問題のときに尽力してくれた方の一人なので、私はモンタギュー様にたいへん恩義を感じている。


 山頂付近の空き地までは約一時間ほどで着くということだが、我々全員温室育ちなので、一時間の山登りにも脱落しそうな子が出てくる。

 リリエンタール公爵令息やベガ様がこまめに皆の体調を確かめたり。


「無念……。拙者はもはやこれまででありまする……。皆の衆、拙者を置いてどうか先に……」


 と脱落しそうなスタンドレー侯爵三男坊を、


「なにを言っているのでありまするか! 最後の地まで共に行きましょうぞ!」

「『校舎裏の誓い』を忘れたのでありまするかっ!? 我らの熱き絆はこんなところで途切れたりはいたしませんぞ! さぁ、拙者の背におぶさるのです!」

「あと十分で空き地に辿り着くのですから、もう少し踏ん張るのですよっ、スタンドレー様!」


 と皆で励ましながら歩き続けた。


 私はスタンドレー三男坊にも恩義があるので、侍女のセレスティが作ってくれた蜂蜜レモンを分けてあげた。

 ちなみにうちのジルベスト領、訳あって国内どころか大陸一番の養蜂地である。スタンドレー侯爵家といえども気軽に食べられない高級蜂蜜なので、三男坊には「かたじけない、かたじけない……」と大変喜んでもらえた。


 そうして辿り着いた山頂付近の空き地は、広々とした原っぱで、青い空が視界いっぱいに広がっていた。

 涼しい風が吹き抜け、草花の良い香りがし、降り注ぐ陽射しも心地よい。とても素敵な場所だった。


 クラスの点呼が終わると、私はすぐにアンタレスのもとへ行く。

 先に空き地に到着していたアンタレスは、Dクラスの側で私を待ってくれていた。


「お疲れ、ノンノ」

「アンタレスもお疲れさま! そっちのクラスも脱落者が居なくて良かったねぇ~」

「うん」

「じゃあ、ふふふ、お昼を食べたら、さっそく人気のない場所を探して例のブツを……」


「ノンノ様ーー!」


 リュックに隠されたエロ本をぽんぽん叩いてニヤニヤしていた私へ、声をかけてくる女子生徒が遠くのほうに見える。

 ピンクブロンドの髪を揺らしながらこちらへやってくるのは、この世界のヒロイン・スピカちゃんだった。

 そしてスピカちゃんの背後から、二人の男子生徒がついてくる。

 一人は先程まで私の隣を歩いていたザビニ・モンタギュー侯爵令息で、もう一人はスピカちゃんと同じクラスの攻略対象者ベテルギウス・ロックベル侯爵令息だった。


「ノンノ様、バギンズ様。よろしければお昼を皆でご一緒しませんか? こちら、同じクラスのベテルギウス様と、ご友人のモンタギュー様ですっ」


 目の前にやって来たスピカちゃんが、そう言って私とアンタレスに二人を紹介した。


「お話しするのは初めてですね、バギンズ君、ジルベスト嬢。ベテルギウス・ロックベルです」

「俺はジルベスト嬢とは隣の席だが、バギンズはお初だな。モンタギュー侯爵家のザビニだ。よろしく」

「アンタレス・バギンズです。ロックベル様とモンタギュー様とお話しできて光栄です。こちらは僕の恋人のノンノ・ジルベスト子爵令嬢です」

「ロックベル様、モンタギュー様、どうぞよろしくお願い致します」


 ベテルギウス・ロックベルは、瑠璃色の髪とグレーの瞳を持つ、眼鏡キャラである。

 名前と名字の両方にベルが入っているので、ファンからは『ベルベル』の愛称で親しまれていた。


 ベルベルは元々分家の男爵家の生まれで、子供のいないロックベル侯爵家の養子になったという経歴を持つ。

 元来生真面目な性格と相まって、ロックベル侯爵家の跡継ぎにふさわしく、生家の両親にも誇ってもらえるような素晴らしい紳士になろうと努力し続けてきた青年だ。

 そのため、平民から突然男爵令嬢になったスピカちゃんにかつての自分を重ね、クラス内で彼女のフォローをしているのだ。

 そして素直でまっすぐな心のまま貴族令嬢としてどんどん成長するスピカちゃんに惹かれていく、というのがベルベルのルートである。


 モンタギュー様はベルベルが養子になった頃からの付き合いで、生真面目で肩肘張ったところのあるベルベルが、少しでも力を抜いて笑えるように、と支えてあげる役どころだ。

 スピカちゃんとの恋を応援するキャラでもあり、すでにその片鱗が見えているらしい。


 ……さて、どうしよう。一緒にランチを食べる流れになってしまったぞ。


 見晴らしのいい場所を選ぼうと、スピカちゃんとベルベル達が空き地の奥へと歩いていくのについていきながら、私は少々困っていた。エロ本の件である。

 ランチを食べたあとも皆で行動するのだろうか? エロ本を隠す暇があるだろうかと、そればかり考えていた。


 ちなみに現在この空き地には一学年と二学年しかおらず、上級者登山コースの三学年はまだ到着していない。

 優しいスピカちゃんのことだから、三年のプロキオンを見かけたら彼のことも仲間に入れると思うので、さらに人数が増えてしまうことが今から予想される。


 はたして私はスピカちゃん達を撒いて、エロ本を隠せるのだろうか。


「……ノンノ」


 アンタレスがこっそり声をかけてくる。


「あとで二人きりで景色を楽しみたいとか言って、エジャートン嬢達から離脱してあげるから」

「えっ。本当?」

「だから今は安心してお昼を楽しみなよ」

「うんっ、ありがとう、アンタレス!」


 アンタレスに任せていればなんとかなりそうな気がして、私はようやく気分が浮上した。


 ふぅ、世間に秘密を隠して生きるのって大変ね。まるでセクシー女怪盗みたいじゃない? 私って。

 でも秘密を抱えて生きるほうが色気が滲むって、前世で聞いたことがあるし。

 ランチを皆で楽しんだら、世を忍んでがんばろー!


 横でアンタレスが微妙な顔をして私を見ていたことに、私はまったく気付かなかった。


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