24:ノンノ、裏山伝説を作る①
ちょうど私が選択科目の美術を受けているときのこと。
突然校舎が揺れだし、ゴゴゴゴゴゴゴ……ッと大きな地響きが聞こえてきた。大変だ、地震である!
書き途中の木炭画がイーゼルごと揺れて倒れ、あちらこちらの教室から生徒たちの悲鳴が聞こえだし、私もとっさにテーブルの上にあったデッサン用の果物籠を防災頭巾代わりに被るなどしてビビりながら揺れが収まるのを待った。
時間にして五分ほども揺れが続いただろうか。
その間まったく生きた心地がしなかったが、揺れが収まるとすぐに美術教師の指示で校舎から避難する。
「他の人を押さないように、気を付けて進んでください! そこっ、走らないで!」
美術教師がきびきびと誘導してくれたお陰で、私たちは無事に校庭へ出ることができた。
そこでようやく気が付いたのだけれどーーー貴族学園の裏手に、高尾山ほどの標高の山が新たに出現していたのである。
なんたる不条理……!
先ほどの地震は、山が生まれるときの振動だったらしい。
こうして乙女ゲーム『レモンキッスをあなたに』の校外学習イベントの舞台が整い、来週末にハイキングが行われることになったのである。
▽
「私が前世で通っていた中学校の話なんだけどね……」
私が口を開いた途端、アンタレスは渋い表情で首を横に振る。
「ノンノが考えてることは筒抜けだから、言わなくてもいいよ」
学園が終わってから、私はバギンズ伯爵家を訪れていた。
婚約の細かい話し合いも徐々に進み、夏期休暇には国に婚約の申請をすることになっている。
たぶん秋頃には陛下から許可が降りるだろう、とのことで、その先にある婚約式についてバギンズ夫人も交えて打ち合わせするためにやって来たのである。
今日は一番急がなければならないドレスのデザインについての打ち合わせだ。さっさと依頼しないと、婚約式に間に合わなくなってしまう。
この世界、便利な部分もあるけれど被服に関してはまだ機械化しておらず、レースは手編みだし、刺繍も一針一針手作業だし、そもそも布や宝石などの材料集めから時間がかかるんだよねぇ。
バギンズ夫人がデザイナーと共にやって来るのを待っている間、私はアンタレスと今日学園に生まれた裏山とそこで行われる校外学習イベントに関して話をしながら、こうしてお茶を飲んでいたわけである。
「アンタレス君や、テレパシー能力に胡座をかいてはいけないよ。これから私が話す内容がすでに分かっているからと言って、会話することを放棄しちゃったら、人生の楽しみが減っちゃうでしょう」
「いや、『人生の楽しみ』とか響きの良い言葉を使うなら、もっと有意義な話をしてほしい。ノンノの考えてる企みは、かなりくだらない」
「くだらないことに全力で挑むのが、人生をより豊かにする秘訣です! でね? 前世の中学校の裏山に、歴代の先輩達が残したエロ本の山があるという噂が当時ありましてね……」
実際にあったのかどうかは知らないし、あったとしても野晒しにされた本など読める状態ではなかったと思うけれど、とにかくそういう噂がまことしやかに広がっていた。
同じクラスの男子生徒たちなどはわざわざ裏山に登って、本当にお宝があるのか捜索したけれど見つからなかったと教室で話していた。
クラスの女子たちは、そんな男子の笑い話を聞きながら「男子ってバカばっかり!」などと笑ったり、「やだー、男子ってサイテー」と気持ち悪がったりしていたけれど。当時の私はなにも言えず空気に徹していた。
正直、私も男子みたいに裏山にあるというお宝を探してみたかった。
でもそんな度胸、前世の私にはなかった。
まだ中学生の自分にエロ本は早すぎると思っていたし、なによりバレたときの周囲の反応が怖かったから。
きっとクラスの女子どころか男子にも笑われたり、引かれたり。最悪、教師にバレて両親にまで連絡されたら嫌だと思っていた。御宅の娘さん、学校の裏山でエロ本を探してましたよって。
今にして思えば、学校にエロ本を持ち込んだとかならともかく、裏山で探していたなんて連絡をわざわざするとも思えないけれど、どうなんだろう。
「今の私なら、学園の裏山にエロ本があるって言われたら喜んで探しに行くのになぁ。そもそもこの健全王国には、エロ本が存在しないわけでしてねぇ」
「……それで、今度の校外学習に行くときに自作した裸婦画を裏山のどこかに隠したい、と」
「エロ本を探す冒険者になれないのなら、エロ本伝説を作る側に私はなりたい。歴代の先輩達のように!」
「……本当に……くだらないね……」
アンタレスは呆れたように言ったが、山でなにかあるといけないのでエロ本を隠すのに同行してくれるとのこと。
登り下りはクラス行動だけど、山頂付近(探索した教師によると広々とした空き地があるらしい)についたら自由行動なので、そのときに落ち合うことにした。
とっても楽しみである。
▽
ところで私、エロ本を読んだことがない。
けれど男性アイドルや女性アイドルの写真集はいくつか持っていたので、たぶんそれの裸バージョンなのだろうと想像している。
そういうわけで、私は裸で寝そべっている美女の絵を描くことにした。
私は一年生の頃から選択科目で美術を選んでいる。
それは九割ないだろうとは思いつつも、残りの一割でもしかしたら『ヌードデッサン』を学ぶ機会があるかもしれない……という下心からである。
まぁ、今のところ球体や三角錐の置物、布や木やガラスの描き分け方とか、ガチなやつしか習ってないんですけども。
この健全世界、裸婦画と呼ばれるものが一応あるのだが、なぜか抽象的な描写ばかりだ。
写真かと思うほどディティールの細かい風景画もあるし、肖像画もきちんとしているのに、服を剥ぎ取った瞬間にモザイクのごとく抽象画になる不思議。いや、どう考えても強制力ですが。
なので私が抽象画ではないがっつりとした裸婦を描けば、そしてそれを裏山に隠せば、かなりの伝説になること間違いなしなのである。とても楽しみだ。
私はスケッチブックを広げ、前世で大好きだったお色気女怪盗キャラをモデルに絵を描くことにした。
上から99.9cmのバスト、55.5cmのくびれたウエスト、88.8cmのヒップ、かっこいい言動から男を裏切っても悪びれないチャーミングさのすべてが私の理想だわ……っ!
私もぴたぴたのライダースーツを着て颯爽とバイクに乗ったり、胸の谷間から宝石を取り出したり、武器を隠し持ってみたい~。
ただ、あまりにも女神過ぎて、なかなか納得のいく絵が描きあげられず、私の作業は校外学習の前日にまで及んだ。
どうにか妥協点まで仕上げることが出来たのは一枚だけで、冊子の状態にすることは出来なかったけれど。
絵を入れた封筒に『エロ本』と書いて、私は満足することにした。
※不法投棄は滅ぼされるべき悪です。




