12:ノンノ、夜会に参加する
なんか凄いドレスがアンタレスから贈られてきた。
まるで光を溶かして糸にしたみたいなキラキラ輝く黄金のレース地に、エメラルドが星のように縫い付けられている。私の儚い外見に合わせて胸元の露出はまったくないが、背中から腰にかけてフルオープンである。私のスケベ心をくすぐるニクいデザインに、思わず満面の困り笑顔をしてしまう。
嬉しいなぁ~、これなら儚い私でもお色気お姉さんに近付けるドレスじゃん~、さすがアンタレス~、私の心の声を聞きまくって十年という年月は伊達じゃないねぇ。
私はドレスの隠れエッチ度にニヤニヤしていたが、一緒にドレスを見ていた母と姉と侍女たちの反応は違った。
「まぁまぁまぁ、アンタレス様ったら、独占欲の強いドレスをお選びになったのねぇ」
「淡い金色にエメラルドがこんなにたくさん。ノンノは僕のものだと全面的に主張されていらっしゃるわ」
「ノンノお嬢様を本当に愛していらっしゃるのですね!」
背中が丸出しですごくエッチ~♡って喜んでいたのに、皆からそんなふうに言われると途端に恥ずかしくなってしまう。
僕の女とか……、まぁ、アンタレスの女ですけども。アンタレスが独占欲とか……、それに近いことは言われたけれども。
全部事実なのに恥ずかしくて堪らないのは、やっぱり私の恋愛経験値が低いからなのだろうか?
途端にモジモジし出す私に、母は声をかけた。
「さぁノンノ、すぐに支度に移りなさい。夕暮れ時にはアンタレス様が迎えにいらっしゃるのだから、とびっきり綺麗なあなたを見せて差し上げなければね」
「はい、お母様」
というわけで私は侍女たちの手を借りて、夜会の支度をするためにまずは浴室へ向かった。
▽
夜会の支度という貴族女子の戦争については割愛するが、侍女たちの手によって私の身だしなみは完璧に整えられた。
アンタレスからドレスと共に贈られた靴やアクセサリーや扇も装備し、背中開きドレス用の下着に抵抗虚しくパッドを大量に詰め込まれ、髪も化粧も整えられた私は当社比で儚げ度が120%アップした。外見だけなら穢れを知らぬ純情可憐な乙女であった。ほんとに詐欺。
「お嬢様、バギンズ様がいらっしゃいましたよ。玄関ホールにてお待ちです」
侍女にアンタレスの来訪を告げられた途端、心臓が大きく鼓動する。
急に先程の恥ずかしさがぶり返し、侍女に答える声も小さくなってしまう。
みんなが言うとおり、『僕の彼女』って主張のドレスなのかな、これ……。お城の夜会のパートナーになるだけで十分恋人宣言なんですけどね。
ああぁぁ、恥ずかしいぃぃ。逃げたりしないけど彼女面するの恥ずかしいぃぃぃぃ。
アンタレスに対面する前から赤面しつつ、玄関へ向かう。
そこには私の髪や瞳と同じヘーゼルナッツ色を基調とした衣装のアンタレスが居てーーーなんだよ~、アンタレスも完全に彼氏面じゃん~! めちゃくちゃ似合っているし!
アンタレスは一瞬エメラルドの瞳を見開いたあと、頬を薔薇色に染めて私を甘く見つめた。
「すごく綺麗だよ、ノンノ。妖精みたいだ」
こそばゆいぃぃ。こそばゆいよ~、アンタレスぅ。
順調に恋人の形になっていく私たちの関係が、恥ずかしくてこそばゆくて、でも大事にしたくて。自分の暴れまわる心に振り回されて、つらい。
「……ありがとうございます、アンタレス様。素敵なドレスを贈っていただけて嬉しいですわ」
「やっぱりそのドレス、よく似合ってるね」
「アンタレス様もとても素敵ですわ」
私の荒ぶる心の声が聞こえているくせに、アンタレスは平然としている。むしろデレデレに笑っている。
どうして最近のアンタレスはこんなにも悪い男なのか!
私はただ黙ってアンタレスの手を取った。
アンタレスは私の母と姉に挨拶をし、母から「まだ夫が仕事から帰っておりませんので、もしかしたら王城でお会い出来るかもしれませんわねぇ」と言われると「ぜひご挨拶がしたいですね」と返していた。
みんなに見送られてバギンズ伯爵家の馬車に乗り、ようやく本音が言える。
「……このドレスってやっぱり『ノンノは僕の女だぜ☆』ってやつですか?」
「きみの独特の好みに合わせて背中の露出は許してあげたんだから、それくらいは笑って許してよね」
「……そちらのお召し物も『あなたはノンノのマイダーリン♡』って感じです?」
「僕たち恋人だから」
「うわぁぁぁぁん! 恥ずかしいっ! 付き合うってなんでこんなに心臓がバクバクすることの連続なの!?」
「ノンノがそうやって僕を男としてちゃんと意識しているのを見ると、本当に気分がいいよ」
アンタレス、浮かれてやがる……!
いつも私のスケベな言動にうろたえていた可愛いアンタレスは、どこに行ってしまったのだろう。帰っておいで。悪い男になってしまったアンタレスはとても心臓に悪いよ。
だいたい告白した側のアンタレスの方が余裕を醸し出していて、告白された側の私がうろたえてばかりって、どういうことなんだ。
「余裕って訳じゃないけどさ、ノンノが僕のこと、結婚前提の恋人っていう特等席に座らせてくれて、いつでも『僕の恋心ごと大事にしたい』って思っていてくれるから。その気持ちだけでも充分満たされるんだ。僕はすごく幸せな片思いをしているんだと思う」
「アンタレスのことを雑に扱うわけないでしょ」
「……うん、ありがとう」
ふにゃっと笑ったアンタレスが、私の髪に手を伸ばす。セットが乱れないように優しく触れると、そのまま髪に口付けを落とした。
顔を真っ赤にして、池の鯉みたいに口をパクパクさせることしか出来ない私に、アンタレスは熱い眼差しを向ける。
「僕は幸せだよ、ノンノ。きみに出会えて、幼馴染みとして過ごせて、そしてきみの全部を愛しいと心からそう思える。そしてノンノはそんな僕をまるごと受け入れて、一生懸命応えようとしてくれている。これがどれだけ幸運なことか、僕はちゃんと理解しているんだ。ーーー大好きだよ、ノンノ」
……私も。
私もアンタレスが大好きだよ。
ここで同じ熱量を持ってあなたの言葉に返せたら、どれほどいいだろう。
でもこれが恋愛感情なのかどうか自信がないよ。だってずっとずっと一緒に居て、ずっとずっとアンタレスが大好きなまま成長してしまった。この”大好き“を恋と認めてもいいのか、全然わかんないよ。
しょんぼりしてアンタレスを見上げれば、アンタレスは本当に幸せそうに微笑んでいた。
▽
王城の中はシャンデリアや蝋燭でキラキラと光り輝いていた。
私にとってはデビュタント以来の場所なので、周囲のご婦人の胸元の開いたドレスに目を奪われる余裕もないくらい緊張している。足元に敷かれた絨毯とかめちゃくちゃ高級そうなんだが、この上をヒールで歩く罪悪感が前世日本人として消えない。せめてスリッパとか履きたいですね。
アンタレスと共に夜会が開かれる大ホールへ向かっていると。途中の廊下で、我が打ち勝つべき敵である父を見つけた。
「お父様!」
「おや、ちょうど会えたね、ノンノ、アンタレス君」
「こんばんは、お義父様」
父は両腕に大量の書類を抱えていた。
なんの書類だろう、と私が視線を落とすと、父の表情が般若のようになった。
「市民団体から届いた署名だよ。このまま暖炉の焚き付け用のクズ紙に出来ればどれほどいいか……っ!」
ああ、編集長が動いてくれているやつか。なるほど。
隣に立っているアンタレスは父の心の声を読んでとても青ざめている。嫁と義父のどちらを味方すべきか悩んでいるかのようだ。
もちろん嫁の私だよね、アンタレス? 愛してるって言っただろアァン?
私がアンタレスに愛の恐喝をしていると、背後から大量の足音が響いてくる。
夜会の参加者だろうと思って振り返れば、そこにいたのはベガ様、リリエンタール公爵令息、モンタギュー侯爵令息、侯爵家三男坊といった上級貴族のクラスメート達であり、最終兵器『モンスターペアレンツ』を伴って集まっていた。
集団の先頭にはリリエンタール公爵様が立ち、我が父に相対する。
「おやおやこれはこれは、ジルベスト子爵殿……いや、王立品質監察局局長ではありませんか? 実にいい夜ですなぁ」
「……リリエンタール公爵様、ご機嫌よう。本日の夜会に出席されるのですね。どうぞお楽しみください」
「我々は夜会には少し遅れる予定なのですよ、局長。国王陛下にもすでに話は通してあります」
「……しがない子爵家の私にいったいなんのご用があるのでしょう、公爵様。貴方様がその富と権力で手に入れられないものなど、ありませんでしょうに」
「それがねぇ、あるのですよ。局長にしか叶えられないことが。……部屋を用意させております。少しばかり話し合いましょう?」
「話し合いになるのならば」
「おや、手厳しい。ちょっとした芸術の話ですよ。耽美で心踊る素晴らしき芸術の話を」
「耽美で? 心踊る? ……まさかそれは女性性を小馬鹿にするような人間の屑が書いた小説のことではないでしょうね?」
「……さぁ、局長。こちらにいらしてください」
リリエンタール公爵は絶対零度の眼差しで父を見下ろし、父もまたどす黒い怒りの炎を瞳の奥に燃やしながら見返した。
わーお。
今日が父VS上級貴族の日だったのかぁ!
生で見たいな~と思ったけれど、父が私とアンタレスに声をかけた。
「さぁ、ノンノとアンタレス君は夜会に出席しなさい。いいね?」
「……はい、お父様」
そして父はリリエンタール公爵たちのもとに歩み寄る。
ベガ様がこっそり私に向かって「悪く思わないでくださいね、ノンノ様」というように視線を投げ掛けたのを最後に、全員去って行った。
「ああ、お義父様……、子供の頃から良くしてくださったのに、不甲斐ない僕を許してください……」
「さぁ、夜会に行こうよアンタレス!」
罪悪感に項垂れてそのまま床にしゃがみこみそうなアンタレスを引きずり、私は緊張の吹き飛んだ明るい気持ちで大ホールへと向かった。
▽
意気揚々と大ホールに突入した途端、夜会のあまりのきらびやかさに緊張がぶり返した。所詮びびりなんてこんなものである。
国王陛下が現れる時間までアンタレスの傍にぴっとりとはべり、儚げな表情をしながら棒立ちだった。
会場内でスピカちゃんとプロキオンを見かける。
彼女は本当に下級貴族なのか疑問になるほどの気品に満ち溢れ、プロキオンの傍で幸せそうな笑みを浮かべていた。きっと彼女の心の中はすっっっごくプラトニックで清らかで可憐な恋の花が咲いているのだろう。
時間になると、国王陛下が壇上に現れた。
「今宵は素晴らしき客賓がおる。隣国との同盟締結から十五年を記念して、第二王子ウラジミール・ウェセックス殿下がいらしてくださった。皆のもの、ウラジミール王子に礼を尽くすように」
「国王陛下より紹介いただきました、ウラジミール・ウェセックスです。二か国の間にさらにより良き関係が築かれることを願っております」
国王陛下の傍に現れた隣国の王子に、私の目は釘付けになった。
アンタレスの淡い金髪とはまた違う、ウェーブがかった黄色味の濃い金髪が肩まで垂れている。隣国の民族衣装らしい広く開いた胸元からは、褐色の肌が覗いている。凛々しく整った顔に大きなタレ目、その瞳はペリドットのような薄黄緑色でーーーエロい。
存在そのものが非常にえろい。少し首を傾けるだけでウェセックス第二王子から色気がムンムン垂れ流されている……!
噂の女たらし王子だこの人ーーー!!!
理想のハーレム王子そのものといったウェセックス第二王子にうっとりと目を奪われる私は、まったく気付かなかった。
アンタレスが暗い眼差しで私を凝視していたことに。




