11:ノンノ、夜会に誘われる
父が私の真の敵であったことを、テレパシー能力者のアンタレスなら最初から知っていたのでは? と思い、翌日学園で彼に尋ねてみた。
アンタレスは非常に驚いていた。
「お義父様は僕たちの前ではお仕事のことを考えていらっしゃらないから、気付かなかったよ……。ああ、そうか、お義父様が発禁命令を……なんて親不孝な娘なんだノンノは……」
アンタレスは頭を両手で抱えて唸る。
アンタレスは相手がリアルタイムで考えていることは諦めて聞き流しているが、深層心理や残留思念などをわざわざ探ったりしない。能力を使わずに済むのならそれが一番いいと思っているのだ。だから今回のことも本当に知らなかったのだろう。
「それで、私の本のために市民団体と上級貴族達が動いてくれるらしいの」
「どこまで親不孝を突き進むつもりなの。世論と権力まで動かされたら、お義父様もきみへの発禁命令を取り下げなきゃいけなくなるじゃないか……」
「それこそが狙いだって」
「これ以上お義父様にご迷惑をかけちゃダメだよ、ノンノ」
「うんうん、わかってるって。最悪、私がお父様を養うし」
「きみの稼いだお金で養われたら、お義父様が浮かばれない」
「どこの世界の父親も娘に甘いからきっと大丈夫」
どっちにしろ城勤めをやめても子爵なので、食う分には困らないのだけど。
「そんな重大な話のあとで悪いんだけどさ」
少し持ち直したアンタレスが顔を上げ、私に一通の封筒を差し出してきた。
「来月に王城で夜会が開かれるから、僕のパートナーとして参加して欲しい」
「なんですとっ?」
お城の夜会など、下級貴族である子爵令嬢の私はデビュタントの一度きりしか参加したことがない。
それを気軽に来月とか言われても、びびりの私はびびるのである。
「ドレスとか必要なものは一式贈るから」
「いや、でも、お城とかねぇ……? 気後れすると言いますか……」
「ノンノはもう僕の恋人だから、慣れて欲しい」
ゆくゆくは伯爵夫人になることをアンタレスに約束した。これがその第一歩だと言われてしまえば、出席しないわけにはいかないか。
「わかった。……頑張ってみる」
「ありがとう、ノンノ」
アンタレスが甘く瞳を細めて笑う。
その愛情たっぷりの笑みに、私は思わずたじろいでしまう。
そんな笑顔を向けてもらえて、嬉しいやら恥ずかしいやら、……なんだか申し訳ないやら。
こうやっていっぱい恋人としての日々を積み重ねていけば、私の心もちゃんと追い付いて、名実ともにアンタレスの恋人になれるのだろうか。早く同じだけの気持ちをアンタレスに返せたら良いのに。
「……ノンノがそう思ってくれるだけで、今は十分だよ」
アンタレスが優しくそう言った。
▽
「私も来月の夜会でデビュタントをすることになりました」
ヒロイン・スピカちゃんが言う。
一輪車で運んでもらって以来、私たちは廊下ですれ違えば軽くおしゃべりをしたり、たまにこうやって学食のカフェテラスでお茶をしたり、順調に知り合いから友人へのステップアップを踏んでいる。
「もうデビュタントをなされるのですね。エジャートン男爵様もお喜びでしょう」
「支えてくださった皆様のお陰です」
庶民から男爵令嬢にジョブチェンジしてからまだそれほど経っていないと言うのに、貴族常識やマナーをぐんぐん吸収していくヒロインチート、本当にすごいと思う。
「どのようなドレスになさいますの?」
デビュタントのドレスは白い色であることと生花を飾ることの二つを守れば、デザインは自由だ。
私のデビュタントのときは「この世界にもミニスカドレスを流行らせたい!」と暴れてアンタレスに叱られ、結局家族が決めてくれたっけ。懐かしいなぁ。まぁ去年の話なのだけれど。
「実は……ドレスをプロキオン様から贈っていただくことになっておりまして、どのようなデザインなのかまだ知りませんの」
スピカちゃんが愛らしく頬を染めながらそう答えた。
デビュタントのドレスを攻略対象者から贈られるとは、これはもうプロキオンルートに入っているのかもしれない。流石は乙女ゲームのヒロイン、恋愛ポテンシャルはただ事ではない。
「まぁ、それは楽しみですわね! 当日のエスコートはグレンヴィル様と……?」
「はい。男爵家の私なんかがプロキオン様と釣り合うわけがないとは分かっているのですが、お誘いされたとき、何故かどうしても断りたくなかったのです」
たくさんの星がキラキラ輝くような蒼い瞳で、スピカちゃんが目を細める。
「たった一夜だけでもあの御方のパートナーとして隣に立てたなら、私は生涯その幸福な記憶だけで生きていけるような気がするのです」
なんだかめちゃくちゃプラトニックなことを言い出したぞ、スピカちゃん。
「だから私、今、マナーやダンスの猛特訓中なんですよ。プロキオン様の隣に立っても恥ずかしくない自分になれるように。プロキオン様の記憶の中に、少しでも綺麗な私が残れたらと、そう思うのです」
スピカちゃんは身分をわきまえて、公爵令息のプロキオンと二人で生きていく未来を想像することさえしていない。もしかしたら恋の自覚もないまま、ただ、憧れの人の隣に立つ誇らしい思い出を作れたらと、いじらしく願っている。
ーーーなんて可愛くて清らかな想いなのだろう。
「……素敵ですわ、スピカ様」
「ありがとうございます」
私はきっと、スピカちゃんのような可愛い恋なんて出来ないのだろう。
アンタレスの視界に入るだけで喜び、名前を呼ばれただけでその日一日を胸を高鳴らせて過ごし、相手にふさわしい素敵な女の子に成長したいと努力するような経験、私には一度もない。
だってアンタレスはいつでも私の傍に居た。心の声が聞こえるアンタレスの前では、破廉恥神ノンノどころか暗黒神ノンノだって隠しようがなかった。外側だけ素敵な女の子を装ってもなんの意味もなかった。
アンタレスと幼馴染みとして面白おかしく過ごした日々を、後悔するわけじゃない。後悔なんて絶対しない。
それでも、スピカちゃんのように可愛らしい恋心を、アンタレスにあげられない自分にモヤモヤしてしまうのだ。
「ノンノ様も楽しみですね。バギンズ様と夜会へご一緒されるのは初めてなのですよね?」
「はい、初めてです」
「素敵な夜になるといいですね。お互いに頑張りましょうね、ノンノ様」
「ええ。頑張りましょう、スピカ様」
ちょっとでも、アンタレスの好意に同じ種類の好意を返したい。長々と返せなくてアンタレスを傷付けるような真似はしたくない。
私はただ、そう思うのだ。




