TRAVELER‐02(030)
「キリム、どうした」
「え? いや……あそこ、小さい子が何か売ってるから何だろうと思って」
買えるようなものがあるのかは分からないが、少し覗きたくなったキリムは、ステアに行ってみようと声をかけて近寄った。
「いらっしゃいませ! おひとついかがですか!」
売り子はどうやら3人。まだ10歳にもなっていないような男の子、それに、その妹にしては雰囲気の違うおかっぱの女の子が2人。
寝癖がついたまま、お揃いの青い半そでシャツを着ていて、お客さんであるキリムに満面の笑みを向けてくれる。
キリムは目線を合わす為にしゃがみ、地面に敷かれた麻布の上の商品を見た。ステアは腕組みをして立っている。目線を合わせるなどという配慮は期待できそうにない。
「こんにちは。えっと……これは貝殻?」
「紅貝! 綺麗でしょ!」
男の子が作り笑いではなく、本当に嬉しそうに手の平に乗せ、キリムに見せようとしてくれる。僅か2、3セルテの幅しかない小さなピンク色の貝は、半透明で宝石のように美しく見えた。
「綺麗な貝だけ選んだの!」
「あたしが拾った!」
まだ幼い女の子2人が、籠の中に沢山入った貝殻を見せてくれる。近くの砂浜で貝殻が沢山拾えるのだという。
この周辺では珍しくはないが、お土産品としてアクセサリーが人気だ。砕いて粉にし、糊を塗った部分に貼れば、キラキラ輝く装飾にもなる。
何も買わずに立ち去るのは可哀想だと思い、キリムは出来るだけラインナップの中で高そうなものを選んだ。
「じゃあ、そこのネックレスを1つ下さい」
「ほんと!? 兄ちゃん買ってくれるの!?」
「高過ぎたらお金が足りないけどね」
「えっとね、えっと……これね、一番綺麗なの集めたんだ! お店とかでも売ってたりする」
「うん」
子供たちは自分達の値付けに自信がないのか、幾らで売ればいいのかを相談し始める。売る事しか考えていなかったのか、10マーニ、30マーニという声が聞こえる。いくらなんでも安過ぎだ。
価値など知らずに並べていて、思いついた金額で売り渡していたのだろう。
「ステア、通りの店で売ってたやつ、結構高かったよね。ちゃんと金具とかついてたし、しっかりしたものだろうけど」
「そうだな。お前が幾らでなら買えるのかを伝えてやればいい」
「そっか、そうだね」
キリムは過大評価も過小評価もしない妥当な金額がいくらかしばらく悩み、そして店の金額より少し下をくぐった値段を提案した。
「それじゃあ……150マーニでどうかな。お店のより10マーニ安くして貰えたら」
「150マーニ!? そんなにいっぱいくれるの!?」
子供たちにとっては大金だ。もちろん旅立ち前には全財産が200マーニだったキリムだって、はした金だとは思っていない。
男の子に150マーニを渡し、ネックレスを受け取ると、キリムは大切に鞄にしまった。
「やった! あのね、俺達ね、お金が貯まったら家を買うの!」
「えっ、家?」
「うん! 俺達の家! 古くて危ないから、新しい家を……」
「こら! ノア、ポーラ、スカーレット! こんな所で何をしてるの!」
男の子が嬉しそうに自分の夢を語っていると、背後から女性の声がした。呼ばれたのはこの子供達の名前だろうか。
振り返ると、先程討伐部門の受付に並んでいた女性が立っていた。周囲には4人の幼い子供がまとわりついている。女性はまだ20代半ばほどに見えるが、4人とも自分の子供だろうか。
「シェリーさん!」
「おうち貰えそう?」
「まだ大会は明日よ。お店ごっこ? まったく……」
女性が子供達を叱り、そしてキリム達の存在にようやく気付いた。旅人が声を掛けているというシチュエーションを誤解したのか、シェリーと呼ばれた女性はキリムとステアに頭を下げた。
「申し訳ございません! 何か粗相を……」
「え? いや、綺麗な貝殻を売って貰ったんです」
「貝殻を? 申し訳ございません、買ってくれと言われて断れなかったのであれば、お金は返します」
「違います、本当に綺麗だったので。俺、海のない村で生まれたから、貝殻のアクセサリーなんて珍しくて」
子供達が押し売りを掛けたのではないと分かり、シェリーは安心したようにため息をついた。けれど、今度はキリムが気になる番だった。
子供が母ではなく「シェリーさん」と言う事、そしてこの年の近い子供の数だ。
「すみません、えっと……この子達は? あ、俺は旅人のキリムと言います。キリム・ジジです」
「私はシェリー・ガルシアです。この子達は孤児院の子供達」
「孤児院……」
親がいない子供達だ。長いプラチナの髪をうしろに束ね、色黒で優しそうだが表情が疲れた女性、つまり子供達を引き連れたシェリーは孤児院のお世話係なのだろう。
自身も親がいないキリムは、どこか子供に同情している部分があった。
「俺も……両親を亡くした身なので、子供達の気持ちは少し分かります」
「まあ、あなたも……ずいぶんと立派になったのね」
「なるほど、親がいない者は珍しくない、か。この世界にはキリムと同じような者が大勢いるのだな」
「ん? 何?」
「何でもない」
ステアはキリムの父親の言葉を思い出し、そして人の現実を思い知っていた。家族の絆など皆無のステアも、親子が仲良く揃っている事が望ましいという感覚はあった。
「この子達、家を買うそうですけど」
「まあ、聞かれちゃったのね。今の孤児院が嵐で所々壊れていて。町の人の善意で成り立っているから、贅沢も言えなくて」
「もしかして、それで今、討伐部門の受付を?」
「見られていたんですね。ええ、そうです。賞金と家が貰えるから」
女性は勝てる見込みは全くないと笑い、子供達にそろそろ店じまいしなさいと声を掛ける。
「お兄ちゃん、買ってくれてありがとう!」
「シェリーさんの応援してね!」
「うん」
子供達に笑顔で手を振られ、キリムは複雑な気持ちだった。討伐部門には自分もエントリーしている。勿論、家は要らない。けれど、できれば旅の資金は欲しい。あわよくば程度の気持ちだった。
「ねえ、ステア。俺ちょっと考えがあるんだけど」
「お前が考えそうな事は分かる。あの連中に賞を譲りたいのだろう」
「あー……半分正解。パーティーを組むのはどうかなって」
「なるほど。施しではなく、自身で掴み取った事にさせるのだな」
キリムはステアが思惑に気づいていた事に驚き、そして頷いた。3万マーニは欲しいが、今欲しい金ではない。家も要らない。
キリムはそれを施しとして与えた時、自分ならどう思うかを考えていた。
親を亡くして可哀想だから、お金がなくて可哀想だから、そんな哀れみで恵んで貰う事を、子供達に後ろめたく思ってほしくなかった。
慕うシェリーが優勝すれば、子供達はきっとシェリーに育てられている事を誇りに思う。そんな期待もあった。
「宿屋より、先に孤児院に行ってもいいかな。実はすっごい豪邸だったりしたら手伝う気なくなるし」
「好きにしろ。戦う相手が魔物なら、俺は理由など求めん」
「有難う、ステア」
「俺は何もしていない」
遠回しに手伝うと言ってくれるステアに、キリムは直球で感謝を告げる。ステアはムスッとしているが、感謝されてまんざらでもない時は大抵ムスッとしている。
町民に孤児院の場所を訊ね、キリムとステアは海沿いにある古い建物に向かった。
倉庫か納屋を改造したのか、赤いトタンの屋根に隙間のありそうな木板の壁。何か所も当て板で補修されて、そろそろ人が住まうには限界が来ている。
「孤児院? スカイポート夢の、家……。傷み過ぎて家というか」
「悪夢だな」
「な、中は快適なのかも」
キリムが扉をノックすると、暫くして中から駆けてくる足音が聞こえ、内側に開いた扉からは先程の男の子が顔を出した。






