GATE-07
「呼び込んでいる奴がいると言うのか」
「可能性の1つだけど。バベル君の戦闘から数日経っているのに、出張所では昨日今日の魔物の出現情報がなかった。魔物が大量に湧いて、倒しても倒しても終わらなかった場所にも関わらず」
「そう、だな。確かにそれだけ押し寄せた島にしては、町も森も長閑過ぎる」
「魔物なんか本来殆ど見かけんのだ。クマなんかの方がよほど恐ろしい。大抵のもんは、魔物と動物の区別もついとらん。ワシらはサハギンやらを知っとるがの」
湧かないのであれば、どこからか連れて来るしかない。町の中に運んだとは考え辛いため、島の南などの人目に付かない場所に接岸し、運んだと考えられる。
「魔物を呼び出しているかもしれんな。かつてのデルのような方法も出来なくはない」
「デルと同じことをしてる奴がいるとは思えないけど……」
魔物襲来の前に来て、終わった後に帰った者など何百人といる。この島に留まっている可能性もあるが、森へ向かっていたとしたらすぐにバレてしまうだろう。出張所の者達も目を光らせているからだ。
「僕、もう一度町の外を見て来るよ。少し探す範囲を広げてみる」
「もしかしたら俺達の考え過ぎかもしれないけど。お願いしていいかな」
「うん!」
「あんまり詮索していることを知られんようにな」
バベルが瞬間移動で森へと向かい、キリム達は報告を待つ。
「この島への定期便は、大陸のグランドンからしか来ておらん。ゼムとの連絡船もあるが、ジュピテ以外の海岸は岩場ばかりじゃ。おかげでゼムの釣り客は多いがの」
「ジュビテとゼム、どちらの住民も島の北側には行かないんでしょうか」
「森は危険じゃし、船釣りでもわざわざ回り込む必要がない。落雷で火事にでもならん限り、何が起こっても分かりゃせんよ」
「この前の魔物の襲来の後、島を離れた住民はいるんですか」
「いや、町の中は無事だったからの」
ウルズラはこの町の事を色々と話してくれた後、釣りをやめて竿を片付け、立ち上がった。
「さて、あのクラムらしくないボウズが帰ってきたらお喋りも終わりだ。ワシも仕事に戻らにゃならん」
そう言い、ウルズラは名簿の一番最後の行を人差し指でトントンと叩く。
「はい?」
「はい? じゃなかろう。入島した以上はちゃんと書いてもらわにゃならん」
「あ……そうですね、分かりました」
「魔術使いにゃ本名を名乗らん風習があるそうだが、偽名は困るでの」
「はい、大丈夫です」
キリムは旅人証を取り出し、本名、住所、生年月日を書いていく。ステアとバベルはどうすればよいのかと尋ねると「あくまでも人だけ」との事だった。
「そういやあ、あんたが人かクラムか、ワシには判断する手段がない」
「俺もバベルのように瞬間移動をしてみせるか」
「まあ、好きにせい。ワシはもうお前さんらの顔を覚えた。一度覚えたら10年後でも忘れはせんよ」
ウルズラはキリムから名簿を受け取り、身分証代わりの旅人証をチェックする。そこに書いてある生年月日は、当然200年以上前のものだ。ウルズラはようやくキリムが何者かを把握した。
「あんた……こりゃ、本物か?」
「はい……本物です」
「こりゃたまげた。噂には聞いておったが、そうか、キリム・ジジ……はぇー本当におったとはの。この島にお前さんより不審な者などおらんじゃろて」
「ハハハ……そうかもしれませんね」
ウルズラはニッコリ笑って握手を求め、胸ポケットから別の手帳を取り出す。
「えっと……?」
「えっと? じゃないわい。サインじゃ、ウル爺へと書いとくれ。孫が帰って来た時に自慢するわい」
キリムは苦笑いしつつ、手帳に自分の名前を書き、ウル爺へと付け足す。ウルズラは写真機も取り出し、バベルが戻ると誇らしげに全員で写真を撮った。
* * * * * * * * *
月が綺麗な夜。海には月明かりが白い筋を作って揺れ動いている。波は穏やかで、遥か遠くの浜からは笑い声が響いてくる。
キリム達は宿に戻っていた。海辺に建ってはいるものの、部屋から海は見えず、はずれにあるせいか観光客らしき者の姿もない。観光客は殆どが桟橋近くの浜沿いに泊まり、それ以外の場所は護衛や使用人などが宿泊するのだという。
キリムは金持ちの高笑いが響くホテルより、質素なこちらを選んだ。あちらは居心地が悪かったらしい。
建物は木造で、吹き抜けのない2階建てだ。保温材など一切なく、壁は板を打ち付けただけ。覗けば板の隙間から外が見える。それでもキリムはこちらの宿に不満はない。
「ウルズラさんに教えてもらった監視のパーティーって、バベルくんを呼び出した人たちだったんだね」
「僕も驚いたよ、そんな事は全然言ってなかったし。でもあの人達は不審じゃないよ、僕を頼ってくれた」
「召喚士に悪者はいないという前提で、あの者らは魔物を殲滅した。何か狙いがあるのなら、わざわざ呼び寄せた魔物を退治はせん」
旅人は5人。これからは出張所とも連携を取ってくれるという。有事の際はバベルを呼べば、余程の事がない限り安全だ。
「さて……行くか」
「うん、そろそろだね」
キリム達は装備に着替え、瞬間移動で部屋から音もなく森へと向かった。ジュビテで武器防具を携えて行動するのは目立ちすぎる。なるべくなら装備姿を見られたくなかった。
「ウルズラさんの話しぶりからして、町から見えない場所にはみんな興味がない。森の中に出ていく人も殆どいない」
「元々の魔物は少なく、秘密裏に何か事を運ぶにはこの上ない環境だな。旅人ならクマ如きで怯みはせん」
「明かりは付けないの? 見つかっちゃう?」
「うん、もう少し町から離れよう。悪人にここにいるよと知らせるようなものだからね」
キリムの推理通りであれば、黒幕は町以外の場所から上陸するだろう。ゼムとジュビテの連絡船は南の海を行き来し、ゼムニャー島と北東のグランドンを行き来する船も、島の北を回ったりはしない。
「でも、島の中をむやみに歩いても時間が掛かるだけだよ? どこから探すの?」
「そうだなあ……」
キリムは頭の中で島の地図を思い浮かべる。南東のジュビテに、西のゼム。両町は徒歩で行き来出来ない距離ではないが、道などはない。
「……ねえ、観光客や荷物を積んだ船は、島の北東から島の東を通って南東に着くよね」
「ああ。ジュビテとゼムの連絡船の航路は南の海上を通ると言っていた」
「そうなった時、島の真ん中の細くなった部分の北側の海辺って……特に東側が死角になるよね」
キリムは木々の隙間から月明かりが差し込む場所を探し、地面に薄く島の形を描く。船の航路からは、確かに中央部が死角になってしまう。ひし形が2つ東西に並んだ島の形は、悪党が潜むのにちょうどいい。
「魔物を運んで来れるとすれば、それなりに戦える旅人だろう。金持ちは自分で動きはせん。警戒しながら向かうぞ」
「うん。まだいるかは分からないけど、痕跡くらいは見つかるかも」
真っ暗な森の中、キリム達は月明かりを頼りに島の中央部へと向かう。やはり魔物の姿はなく、動物も襲ってこない。
「……幾らなんでも静かすぎる。魔物が全くいないなんて事、ある?」
「島には人が数千人おり、それを良く思わない動植物があるものだ。環境にも何かしら影響があるだろう。大量発生は不自然だとしても、数日も経てば魔物の数体くらい湧く」
「じゃあ、誰かが倒しているって事かな」
バベルの疑問によって、キリムは確信した。魔物は狩られるか縄張り争いで共倒れしない限り、姿を消すことはない。
「どうやらそのようだね。誰かがこの森の中に潜んでいる。用意した魔物以外がうろついていると邪魔なんだろう」






