GATE-05
センベロイが協会の資料を開き、出張所の所在地を順番に読み上げていく。ナルシャは地図に印を付け、地名を書き込んでいく。30分ほどで数年以内に設けられた全場所の印を付け終われば、その数は31カ所にも及んでいた。
「やっぱり、こんなにあるんだ……俺達でさえ行った事のない場所が殆ど」
「ラージ、ヤザン、その他の大陸や島にも点在している。瞬間移動しようにも、おおよそが行った事のない場所だな」
「僕が行った事のある場所なら、連れて行ってあげられるよ」
「ありがとう、助かるよ。まずはラージ大陸のリュデーリ村、南東のウナラス村、それからヤザン大陸のウトキア・クトヴィク集落、東岸のオニス市、ディウ……アラ……」
ふと目に入った島と村の名前が長過ぎた。初見ではなかなかに厳しいのか、キリムは思わず詰まってしまう。センベロイがフフッと笑みを零しつつ、正しく読み上げてくれる。
「分かります、私達も1度では覚えられませんでした。ディウィアランギルピ島の、センチカピティミヤンガ村ですね」
「ディウィ……ア? ディ……」
「都度読め、行けばいいだけの話だ」
「僕も覚えてないよ! でも行けるから大丈夫」
「自慢になんないよ。ディウィア……ランギ」
「後にしろ。手がかりを探したら次の村だ」
クラム2体は島名も村名も覚える事を諦めたようだ。キリムは地図をくれた2人に礼を言い、折り畳んで鞄にしまった。
「それで、村の外の調査は進んだのですか」
「そうですね……これといったものは特に何も」
環境の変化だけでは生まれない魔物が増えるとなれば、それは人が関係していると言っていい。ゴブリンやウーガが発生するような何かが起こっているのだ。
キリムは完了報告が出たクエリを見せてもらい、おかしな点がないかを確認していく。
「観光に来る客層が以前とは変わったり、人口が増えたり、町で事件が起こったり。そういった事は何かありますか」
「町の外じゃなく?」
「まあ、町の外に出ようとする人も含めて、全員です」
ナルシャとセンベロイは互いの顔を見合わせ、首をひねって考える。旅人協会は魔物の動きを追い、周囲の環境などを観察するだけだ。旅人の訪問数を確認する事はあっても、それ以外の人の流れは感覚でしか語れない。
「それだと、船着き場が一番早いと思います。この村に訪れるなら、必ず立ち寄ることになりますからね」
「船着き場か……個別にホテルを回るよりも手っ取り早いよね」
「観光客など役場も把握していないだろうからな」
キリムは立ち上がり、ナルシェとセンベロイに頭を下げる。見た目は青年でも、キリムは既に数百歳。2人は顔の前で手を振り、キリムよりも更に深く頭を下げた。
「また是非立ち寄って下さい! 急ぎでなければ、次は観光を。それから、クラムバベル。先日の戦いでは本当に助かりました、有難うございました」
「うん。召喚士がいてくれたら、僕はいつでも駆けつけるよ」
キリム達は出張所を後にし、船着き場へと歩いていく。人口1500人の村は広くない。海沿いを5分も歩けばすぐに船着き場に辿り着いた。
船着き場は黄金色に輝く砂浜の東に築かれていた。遠浅なため、港付近は海底を深く掘り下げて船が入れるようになっている。コンクリート製の護岸にはちょうど中型の貨物船が接岸していた。
その手前には木製のデッキが築かれており、白く塗られた桟橋には、入島の管理棟がある。しばらく船が来る予定がないのか、係の者が縁に腰かけて釣りを楽しんでいた。
釣りの邪魔をするのは憚れるも、おそらくは勤務時間中だ。キリムは深呼吸をしてから壮年の男に声を掛けた。
「あの、すみません」
「んあ? なんじゃ、船はまだ来んよ。乗船券は乗る時に確認するから待っとれ」
「いや……この島を訪れる人達の事を教えて頂きたいんです」
「人探しか? 悪いが誰が来ただどこから来ただなんて話は出来んよ」
当然のことではあるが、誰がいつ来た、どこから来たなどという個人情報は教えてもらえない。キリムはどうしようかと考え込む。ステアの不愛想は適さないし、バベルは何をどう聞くべきかを考えるスキルがない。
悩むキリムに対し、何か事情があると察した男は、釣り竿を引き上げて立ち上がった。白い船員帽に、クリーム色の半袖シャツの前ボタンを胸元まで開け、足にはサンドル。随分と開放的だ。
男は白い帽子を脱いで少し薄くなった白髪を撫でつけ、キリムと目線を合わせる。
「なんじゃ、何かあったんか。盗人でも出たか。これだから警戒心のない金持ち共は」
「貴様、我が主に対しその無礼な……」
男の言い草にステアがムッとして言い返す。キリムはまあまあとステアを宥め、再度用件を伝えた。
「この村の付近に、最近あまり見ない魔物が増えていると聞いてやってきました。不審な人物は見かけませんでしたか」
「魔物? 不審? なんの関係がある」
男は聞く気になったようで、キリム達に座れと手でジェスチャーをする。椅子がある訳でもないため、3人は仕方なくデッキに腰かけた。足元には海面を覗く事ができ、赤や黄色の魚が群れて通過していく。
「わあ、キリム魚だよ! 生きているね、いっぱい見えるよ」
「バベルくんは海を見るのが好きだね。落ちないように気を付けて。あ、えーっと、それで……魔物が湧くのは必ず理由があるんです。魔物をおびき寄せるような真似をした人がいないかと」
「魔物をおびき寄せる? そんな方法は見た事も聞いたこともないがの。ワシから言わせてもらうなら、お前さん達が不審者じゃな」
「え、俺達が?」
キリムはジロリと睨まれ、心当たりもないのにドキリとしてしまう。ステアは先程から男を憮然とした表情で見ており、眉をピクリとだけ動かした。
「ああ。あんたら、どうやって来た。ワシは船が来る度に世話をしとるが、あんたらは見かけておらんぞ。恰好が違ったって顔を忘れはせん、それが仕事だからの」
「あー……成程、おっしゃる通り、そう言われると確かに俺も不審者でした。俺はキリム・ジジと言います。召喚士です。こちらの2人はクラムで、ステアとバベルです」
ステアは表情を変えることなく、バベルは一言だけ「僕は何でも守るよ」と言い、再び海中へと視線を落とす。キリムはクラムの瞬間移動能力を説明し、バベルが数日前にここで戦ったと告げた。
「……ウルズラだ。皆はワシをウル爺と呼んどる。船を使わず来られちゃあ商売上がったりだが、まあいい。他所では魔物で大変な目に遭うとるようだがの、ここはこれまで魔物なんぞ猛獣と変わらなんだ」
「人の姿に似た魔物が出た話、ご存じないですか」
「変なのが出たという噂は聞いたがの、ワシは船便を待っとったから様子までは見に行っとらん。それがどうした」
「その原因を探っているんです。人型の魔物は、人が何かをしたり、悪い感情をため込んだ際に発生しやすいんです。急に現れ始めたのなら、何か原因となる人がいた事になります」
ウルズラはそれまでの気怠そうな表情をやめ、真面目な顔で少し先の海面に目を落した。何故キリムが訪ねてきたのか、ようやく分かったのだ。
同時に、ウルズラはキリムが自身を訪ねてくれた事に嬉しくも思っていた。
ウルズラは入島客の管理を誇りに思っている。怪しい奴が入って来たかどうか、自分なら何でも分かるつもりでいた。キリムが頼る内容は、ウルズラの仕事を認められたも同然だ。
「フン、そういう事ならワシを訪ねて正解だの。ワシは何十年も前じゃなきゃ大抵のもんは覚えとる。少し待っとれ」
そう告げ、ウルズラはよいせと立ち上がる。それから別の若い男の係員に「少し外すぞ」と声を掛けた。若い男は釣り竿の先を見つめたまま、振り向かずに片手を上げて返事をする。
ウルズラは木の小屋のような管理棟から1冊のノートを取り出し、ページを捲り始めた。






