Evangerist-09
かつてグラディウスだったと名乗る声は、バベルの中にいるという。バベルがグラディウスだった時の事を思い出したというのか。では、バベルとは一体何なのか。皆はグラディウスと呼ぶべきか、バベルと呼ぶべきかを悩んでいた。
「バベルくんは……グラディウスが記憶喪失だった時の人格?」
『生まれ変わりという言葉が相応しいと言っただろう。オレはクラムバベルに意志を託したのだ。バベルはようやく願われた。バベルは一人前のクラムになり、オレの力を使えるようになった』
「グラディウスになったのではなく、グラディウスそのものでもなく、グラディウスの力を使えるようになったという事だな」
『そういう事だ。オレはグラディウスではない、バベルの一部だ』
キリムはハッと気づいた。今のバベルはステアの暴走と似ている。暴走している時のステアはステアであって、ステアではない。バベルはグラディウスの存在に気付いているのか。
これは、バベルが望んだ結果なのか。
声も雰囲気もいつもものふわふわとしたバベルとは違う。魔物の死体が大量に転がる中、キリムは何故か墓標の前に立っているような感覚だった。
「この惨状はどういうことだ。一体どんな力を使った」
『バベルが防いだ攻撃を吸収し、解き放った』
「そりゃすげえ! でも、それなら俺達なんていらねえじゃん」
守りと攻撃を備えるクラムがいれば完璧だ。攻撃などしなくても、バベルに任せて時間が経てば戦いが終わる。けれどグラディウスの声はそれを否定した。
『バベルの結界が及ぶ範囲しか守れない。皆をそれぞれ結界で包むなら、その分バベルの周囲の結界は小さくなる。反撃能力はクラムに召喚されなければ発揮できない』
「自発的または召喚士に呼び出されている時は結界を張り、クラムに呼び出されたら蓄積されたものを解放するという事だな」
『そういう事だ』
「バベルくんは、あなたの存在に気付いているんですか? バベルくんは今……」
『案ずるな。オレはバベルの能力の1つ。彼がもし気付いていなかったら君達が教えてやってくれ』
そう告げ、バベルが目をゆっくり閉じる。それと同時に雰囲気が柔らかくなり、いつの間にか周囲の風の音が大きくなったような気がした。
『今度こそ……オレは、守りたい者達を死なせない。さあ、召喚を解いてくれ、俺の意志は全て引き継いだ』
ステアが「そうか」と呟き、召喚を解こうとする。
「グラディウスの核から芽が出ると思っていたけれど、違ったにゃ」
「オイラも芽が出るように気を送り続けていたんだけどね、もう出ていたなんて」
『あはは、オレの核を土に埋めていたのかい?』
束の間の再会は、ステアの解術によって終わる。その瞬間、キリムが頭を下げた。
「クラムグラディウス、ミスティを守ってくれて、有難うございました! おかげで俺はこうして生きています。ステアと巡り逢うことも出来ました! あなたはミスティの英雄です!」
グラディウスの声は少しだけ笑いを零し、嬉しそうに「有難う」とだけ言って消えていった。
「あの戦いで消えたクラムのうち、グラディウスだけが復活しなかった。そうか、あいつはようやく守り方を見つけたか」
ステアが空を見上げる。それと同時にバベルがゆっくりと目を開け、周囲を見渡した。
「バベルくん」
「ステアから召喚された時、グラディウスが僕の頭の中でやり方を教えてくれたんだ。人の霊力では足りないけど、クラムの霊力を使えば出来るって」
「グラディウスが話していた事、分かるんだね」
「うん。僕は、ようやく分かったんだ。バベルというクラムが何をしたかったのか」
見た目は子供のようだ。けれどその背には無念に散ったクラムの思いを背負っていた。キリムはようやくバベルが不完全な状態で生まれたのか、分かった気がした。
「きっと使命だから、守らなきゃいけないから、って考えて欲しくなかったんだね」
「えっ? どういうこと?」
「きっと、バベルくんがそうしたいと思って行動することを望んでいたんだよ。人が何を守りたいのか、クラムが何を守りたいのか、それを知った上で力を発揮して欲しかったんだ」
人の無念、クラムの後悔、それらを背負って新しく発生したクラム。最初からその使命を把握していたなら、おそらく重圧を背負い、重苦しく、余裕のないクラムになっていただろう。
しかし、バベルは自身の名前以外の一切を知らなかった。おかげでのんびりしたキリムや、不愛想ながら世話焼きのステアに面倒を見てもらえた。
人の暮らしを見て回り、旅人の実情を知り、人に近い生活を送ることが出来た。
バベルは漠然とした自身の思いを、自分で築き上げて形にした。グラディウスはきっとそれが自身に足りなかったものだと考えたのだろう。
「他のクラムと何かが違うと思っていた。なるほど、そういうことか」
バベルの謎は解けた。バベル自身も己を把握した事で、より焦りなく力を発揮できるだろう。
「召喚士が呼んでくれたら、僕は絶対にみんなを守る。だけど僕は攻撃する事は出来ない。だから……」
「俺達の出番ということだな。お前が呼ばれた時、必ず他のクラムを伴うのはそこに理由があった」
「必ず守る、そのために攻撃できるクラムも一緒に連れていく。その不思議に気付いた誰かが協力する必要もあった。なるほどねえ」
「それが俺とステアだったんだね。ステアはバベルくんの固有術も知ってるから。……いや、知るように最初から俺達を頼った」
「環境が整った、だからバベルという存在が発生できたという事なのだろう」
キリムが魔物の死骸を魔法で焼き始める。このまま放置し、アンデッドにでも取り憑かれたらたまらない。ノームが土に還し、2時間もすれば戦いの痕跡は殆どなくなった。
「吾輩、いったん町に寄ってから戻るにゃ。みんな有難うである」
「俺ももう血は貰ったからな。あーあ、ビール飲みてえな。ニキータ、奢ってくれ!」
町の門が開き、ディンがニキータの背中を押して町の中へ入っていく。ノームも棲み処へと戻り、その場にはキリムとステア、バベルだけが残った。
「戻るか」
「うん」
「キリム、ステア、有難う。僕はようやく一人前になれた」
「己を磨く事は怠るな、俺達は弱くあることを許されんからな」
風がそよぐ草原は、先ほどまでの戦いが嘘のように静かだ。魔物が大勢湧いた事は気になるが、ひとまず危機は去った。
「あんな量の魔物が湧くなんて……」
「どうした」
「いや、あんなに大量に魔物が湧くなんて、最近ずっとなかったよね」
「ああ。バベルがいる事で楽に終わったが、そうでなければまだ終わっていなかっただろう」
キリムは何かを考え込んでいる。バベルについての検証、バベルの覚醒と新たな能力、そしてグラディウスの願いの成就、そして魔物の大群。
全てが偶然にしてはタイミングが良過ぎる。
「クラムは……求められて発生する。その時代に必要とされて……。ねえ、バベルくんがたまたまこの時代に発生したと思う?」
「何か、今である理由があるというのか」
「俺が……ステアを召喚して、カーズになった。エンキはそんな俺を支えてくれる存在になった。デル、いやデルが年老いて、制御が効かなくなりつつあったガーゴイルを倒すため」
「バベルが発生し、覚醒したのは、これから大きな戦いがあるから、と」
キリムとステアは顔を見合わせ、何かの前兆ではないかと心配する。バベルはそんな2人に構わず、何があっても守ると固く決意を口にしていた。






